防衛費の増額は、いったい何に使うべきなのか?
政治・外交 安保・防衛- English
- 日本語
- 简体字
- 繁體字
- Français
- Español
- العربية
- Русский
継戦能力費と研究開発費
―もし防衛費が大幅に増額されるとすれば、どんな分野を強化、補てんすべきですか。
2022年度の防衛予算は約5.4兆円です。その4割を自衛隊員の人件糧食費が占めていて、護衛艦や戦闘機、戦車などの正面装備に充てられるのは2割ぐらいです。長年、正面装備の整備を優先してきたため、それらを稼働するのに必要な弾薬とか修理、燃料などは後回しになってきました。いわゆる「継戦能力」と呼ばれるものです。今、そのひずみが出てきています。もちろん正面装備は大事ですが、正面装備をきちんと動かすための継戦予算に、まずは重点を置いてもらいたいですね。
―後回しになってきたものは、他にもありますか。
航空機の格納庫や司令部、官舎などの施設もそうです。戦前からの施設を工夫して使っていたりして、老朽化が著しい。隊員の士気にも関わります。それと研究開発費にもっと予算をつけるべきです。米軍は16兆円もつぎ込んでいますが、防衛省は2千億円程度です。失敗を恐れずに果敢な挑戦をしないと発想が貧困になってしまう。研究開発費には1兆円、いや2兆円かけてもいい。
―西側諸国の手厚い支援もあり、ウクライナ戦争には最新兵器がどんどん投入されています。この最先端の戦いを目の当たりにして、自衛隊に今必要な正面装備は何だと思われますか。
これまで自衛隊の防衛力整備は専守防衛の下、攻撃的と解釈されるものは自制してきました。つまり国会で問題にならない防御的な装備品という制約がありました。たとえば、海上自衛隊は世界有数の海軍と言われますが、すごく強い部分は対潜水艦戦や機雷掃海だけ。打撃力、いわゆる反撃力となると、ほとんど持っていないに等しいアンバランスな海軍なのです。
また、日米同盟は盾(防御)と矛(攻撃)の関係と言われ、日本は攻撃力を米国に依存してきました。しかし、もはや米軍が圧倒的に強かった時代は過去のものです。これからは日本も矛の部分を持ち、日米がともに盾と矛を兼ね備えた同盟とならなければいけないと思います。
海上自衛隊に必要な装備
―海上自衛隊で言えば今後、どのような能力が必要になりますか。
専守防衛の考え方は、飛んできたものを振り払うだけで相手の国には手を出さないというものです。しかし現代は、相手の領土からミサイルが飛んでくる時代。対地ミサイルを備えるべきでしょう。できれば、戦術的に使える射程1千キロ超の中距離ミサイルを導入したい。あえてもう1つ言うならば、対地攻撃ができる爆撃機があるといいですね。
―わが国の防衛について、ウクライナ戦争から学ぶべきことは何でしょうか。
「素人は戦術を語り、専門家は兵站(へいたん)を語る」と言いますが、軍隊の後方支援や継戦能力が、いかに重要かが実証されました。ロシア軍は開戦当初、首都キーウを攻めて2、3日で陥落させるつもりでしたが、ウクライナ側の抵抗で弾薬や燃料などの後方支援が追い付かなくなり、撤退を強いられました。それに加えて、攻撃・防御のバランスの取れた防衛力でなければだめだということも再確認できました。NATO諸国は当初、防御兵器だけを供与していましたが、やがてウクライナ側は攻撃兵器を要求するようになりました。つまり装備としては、攻守ともにひと通り全部持っておくことが必要なのです。エスカレーション(段階的な拡大)を招く恐れがあると政治が判断すれば、軍に対する交戦規則(ROE)でコントロールすればいいだけの話です。
―ウクライナ戦争では、攻撃型や偵察型の無人機の活躍も目立ちます。
日本の場合、無人機は情報収集用のグローバル・ホーク(米ノースロップ・グラマン製)がようやく配備されたばかりです。攻撃・防御の両方を兼ね備えるためには、ウクライナでも効果が実証されているトルコのバイラクタルTB-2などは、比較的安価で購入を検討してもよいと思います。また、日本も無人機に攻撃力を持たせるための独自の研究開発が必要です。
台湾有事にはどう備えるべきか?
―ウクライナ戦争がアジアに波及して、台湾海峡有事が現実味を帯びる懸念が指摘されています。日本の防衛体制に欠けているものがあるとすれば、どんなことでしょうか。
台湾海峡で何かが起きれば、間違いなく制海権や制空権を巡る戦いが先行します。日本が台湾側に立って参戦することはないとしても、米軍基地を持つ日本への波及は避けられません。それに対応できる体制を構築し、自衛隊の防衛力をさらに強化する必要があります。たとえば、F35戦闘機の調達のスピードを速め、護衛艦の隻数をもっと増やさなければいけない。中国が相手だとすれば、海上での戦いが中心になります。護衛艦の保有数は現在、約50隻ですが、少なくとも60隻以上は必要になる。昭和に5個護衛隊群構想というものがありましたが、即応できる高練度の部隊を今の1個護衛隊群から2個護衛隊群に増やさないと、中国の大海軍にはとうてい太刀打ちできません。
―台湾海峡有事の際の日本の対米支援は、どのようなイメージになるでしょうか。
台湾有事になれば、米軍は当初から関与するでしょう。中国軍の上陸を阻止するとか、台湾に部隊を派遣するとか。日本の対応は法令上、重要影響事態、存立危機事態、武力攻撃事態の3つの事態を想定しています。重要影響事態に認定されれば、自衛隊は米軍の後方支援ができるようになり、あとの2つの事態では中国と正面切って戦う可能性が出てきます。しかし、これまでお話ししてきたように、日本の防衛力はまったく足りていません。中国に対抗するには、攻撃力と継戦能力を持つことが必須です。
―ミサイル攻撃への対処を巡る議論が盛んです。敵基地攻撃能力や反撃能力と呼ばれる能力の保持については、どのようにお考えですか。
敵基地攻撃能力を巡る国会での議論は、ミサイルの状態が屹立(きつりつ)した時か、燃料が入った時かなどと戦術的なことばかり。肝心なのは日本がどこまで攻撃力を保持すべきかなのです。そうした本質的な議論をしてもらいたい。どこを狙うかは自衛隊が判断する戦術的判断です。反撃能力は日本単独、米国単独ではなく、日米共同で攻撃するという前提で考えるべきです。たとえば、米国から情報をもらい、日本が撃ち込むようなことです。今は情報収集から撃ち込むことまですべて米軍に依存しています。そういうやり方はもはや通用しないのではないでしょうか。
反撃能力とサイバー攻撃能力の保持
―反撃能力の保持に向けて、とりわけ優先度が高いものは何ですか。
人工衛星などを使った情報収集能力の向上と対地ミサイルですね。たとえば北朝鮮のミサイル施設などは、攻撃目標が見つかったら米韓が先に攻撃するので日本には対地ミサイルは必要ないとの議論があります。しかし、それは米韓が先に撃ってくれるはずという期待に依拠しているだけで、何の確証もありません。大勢の日本人の命がかかっているのだから、手段だけは持っておくべきです。よく外交力を磨くべきだと言われますが、歴史的に見ても外交には失敗が付きもの。世界には力を信奉する指導者が現にいるわけで、やはり抑止力として持っておかなければならないと思います。
―国家間戦争でも、新しい領域の戦いが登場するようになりました。日本のサイバー戦の能力やミサイル防衛の将来についてはどうお考えですか。
自衛隊のサイバー戦能力は、増強するという方向でスタートしたばかりです。ただし、自衛隊自身のシステムを防御するためだけのものです。報復としてのサイバー攻撃であるとか、アトリビューション(攻撃者の特定)などの分野は、いまだに法律面で制約が多い。自衛隊のサイバー部隊の規模を大きくするだけでなく、法整備も含めた検討をしてほしいですね。
ミサイル防衛については、私が在任中の2017年に導入が決定したイージス・アショア(イージス弾道ミサイル防衛システムの陸上コンポーネント)が河野太郎防衛相時代にキャンセルされてしまい、行く末を案じています。弾道ミサイルの脅威は依然として存在している現状、断念したままでいるのには疑問を感じます。安倍晋三・元首相が「反撃力の保有が必要だ」と言われるようになったのは、イージス・アショアの配備停止の穴埋めをしようということでしょうから、そこはしっかりとやってもらいたいと思います。
―国民民主党の玉木雄一郎代表が6月に入って突然、日本の安全保障政策として原子力潜水艦の保有を検討すべきと言い出しました。どうお考えですか。
海上自衛隊の任務は、これまでシーレーン防衛や3海峡封鎖など日本周辺での活動が中心でしたので、潜水艦の動力は通常型のディーゼルエンジンでよかったのです。これが南シナ海などに拡大され、現地で長期間展開して活動するということになれば、原子力の方がいいということになるかもしれません。そこは入念に練り上げられた運用構想を作成した上で検討すべき課題だと思います。
バナー写真:NATO首脳会合のためスペイン・マドリードを訪問中の岸田文雄首相(右)とバイデン米国大統領(中央)、尹錫悦韓国大統領との間で行った日米韓首脳会談(AFP=時事)