ユーチューブの再生回数1億回:「真夜中のドア」はどのようにして生まれたのか?
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作曲のオーダーは「洋楽のポップスを」
1979年、新進の作曲家として売り出し中だった林哲司のもとに、レコード会社ポニーキャニオンのディレクター、金子陽彦からこんな制作依頼が舞い込んだ。
「女性の新人歌手向けの曲なんだけど、思いっきり洋楽のポップス風にしてほしいと。当時は『洋楽風に』と依頼されても、売るためには歌謡曲的な要素も加味するのが普通でしたが、この曲については、歌謡曲的な要素は一切無視していいと言われ、大胆なオーダーだなと感じましたね」
それが79年11月5日にリリースされることになる「真夜中のドア〜stay with me」。松原みきのデビュー曲だ。
「そのまま英語詞が乗るようなメロディで」と依頼を受けたのは、この曲が初めてだったという林。金子が林を指名したのは、歌詞がなくともメロディづくりに長け、ほとんどを「曲先(詞よりも先に曲をつくる)」で作曲してきた林の特性をも見込んでのことだった。
「事前に歌詞もなかったし、みきさんと会うこともなかった。彼女については、ジャズを歌っていたと伝え聞いただけで、写真も見た記憶がない。他のシンガーは写真を見て、歌声も聴いた上で曲をつくることが多かった。でもこの曲は、『洋楽風で』という指示だけが印象に残っているということは、事前に多くの情報を与えない方が、作家が自由に書いて、おもしろいものができるだろうと、金子さんは踏んでいたのかもしれませんね」
「真夜中のドア」を収録したアルバム『ポケットパーク』では、林は3曲の作曲・編曲を担ったが、シングル曲候補の一つとして、最初に提出したのが「真夜中のドア」だったと言う。
「言われたとおりに英語の歌詞を想定して作曲しました。金子さんには譜面と一緒に、デモテープもつくって渡しました。当時はリズム・ボックスを鳴らして、その上でギターを弾きながらラジカセに向かい、自分で歌って録音していました。ギターはセミ・アコースティックのエレキ・ギターをアンプを通さずに演奏していた。ボディの響きを生かしたカラカラしたカッティングの音で録音すると、空気感も合わさってカッコよく聞こえるんです」
「真夜中のドア」はオリコン調べで10万枚を超えるヒットとなった。
「あの時、何かしらの偶然と必然とが重なってできたのが『真夜中のドア』だったとしか言えないですね。僕がつくる曲は洋楽的な傾向があるのですが、曲を提出する際、譜面を書く必要があったので、その時に微調整をしていた。ここのメロディは日本語が乗らないから直そうとか、ユニークな響きになるからあえて残そうとか。けれど『真夜中のドア』は調整をしないで、英語に合うメロディのまま完成させたんです。良い曲ができたとは思いましたが、この曲に格別の自信があったという記憶はありません」
重視したのは16ビートのグルーブ感
「真夜中のドア」はAメロ→ Bメロ→ サビ(Cメロ)、間奏の後はまたサビと、シンプルな構成。歌謡曲ならではのDメロ、大サビがないのも洋楽的に聞こえる理由の一つだ。今、世界中で人気を博しているのは、英語詞に合うメロディに加えて曲の構成も洋楽的なのが要因だろう。ディレクターの金子は、この曲にすぐにOKを出し、手直しすることなく採用したという。林は次に歌詞のないまま、バック・トラック(歌のバックで演奏される伴奏)の編曲、制作を手がけた。メンバーは、この後多くのシティポップの名作に携わることになるドラムスの林立夫(たつお)、ベースの後藤次利(つぐとし)、ギターの松原正樹を始め、当時の若手スタジオ・ミュージシャンの精鋭たちだった。
「ポップスはクラシックと違って、全てが音符になっているわけではない。例えばコード名やブレイクの指示だけが譜面に書いてある場合もある。そこでどう演奏するかは個々の技量であり個性なんです。自分が編曲する曲で使いたいミュージシャンは、おおよそ決まっていて、この時も僕の馴染みのメンバーでした。いつものようにその場で初めて彼らに譜面を渡し、2、3回皆で音合わせをする。その上で僕からいくつかの要望を伝えたら、すぐに本番。だいたい2テイクか3テイクで完璧に仕上がり、レコーディング終了です」
スタジオでは、メンバーの合議制ではなく、編曲者の指示の下でレコーディングを進めたという。
「ただ、当時は、楽器の音色や、細かなフレーズなどは個々で工夫してもらったりしていました。一人の人間がPCを前にして、音色まで全て自分で選んで音楽をつくる今の時代と比べたら、多くの人のアイデアが1曲に注がれていた。間奏はサックス・ソロ、エンディングはギター・ソロでというのは、僕が決めました。当時はフェードアウトで終わるのは洋楽的で、歌謡曲では少なかった。おもしろいのは、この曲をカバーする人たちも、松原くんのギター・フレーズをそのまま弾いていたり、みきさんの最後のフェイク(原曲のメロディを即興的に少し変えて歌ったりすること)もそのまま歌っていたりする。どちらもアドリブのパートなので変えてもいいわけですが、それだけ印象が強いのでしょうか」
「真夜中のドア」は、BPM(分ごとの拍)がおおよそ108で、当時の米国のヒット曲に多いテンポだ。このことも海外のリスナーが同曲を聞きやすく感じる理由の一つと思われるが、レコーディング時はBPMまでは意識していなかったと言う。
「テンポよりも、16ビートのグルーブ感にこだわっていました。ギターのカッティングとか、ドラムとベースが生み出すグルーブ感とか。僕らの世代は16ビートの新感覚を取り入れて形にした世代だった気がします。米国のソウルやAOR(アダルト・オリエンテッド・ロック)のグルーブ感のカッコよさを、自らの演奏でどう生かしたらいいか。『歌謡曲とは違うものをつくりたい』というエネルギーが、ちょうど若い音楽人の中に芽生えてきた時代だった。僕はこの曲の数カ月前に竹内まりやさんに『SEPTEMBER』を提供していて、ユーミン(松任谷由実)や杏里もすでに活躍していた。そういった空気の中で、『真夜中のドア』は生まれたんです」
林は10万枚を超えるヒットとなった「SEPTEMBER」に続く、「真夜中のドア」のヒットで一躍、注目を集める作曲家となった。
歌手との化学反応
「真夜中のドア」のバック・トラックをつくり終えた林は、歌入れの場には立ち会えなかったという。完成した曲を聞いて、どう感じたのだろうか?
「みきさんは当時まだ19歳でしたから、こんな大人っぽい歌い方ができるということに驚いた。すごくいい感じの曲に仕上がったという思いはありました。英語のコーラスで始まりますが、イントロの最後でトゥユ〜と続けるところが、少し苦しいかなと思いました。ただ、和製英語でかまわないわけですし、このイントロのコーラスはサウンドの一つ、アレンジの一環としか捉えていなかったですね。
よく比較として言うのは、『SEPTEMBER』は提出を一瞬ためらったほど歌謡ポップスらしいメロディですが、竹内まりやさんの歌声が入るとアメリカン・ポップス的な曲になった。一方、『真夜中のドア』は洋楽そのものを目指したメロディにもかかわらず、みきさんの歌声がすごくウェットで、ジャジーな響きを感じる大人っぽい雰囲気だったから、歌謡ポップス的になっていると感じました」
異なるアプローチで作曲した2曲だが、どちらもヴォーカルによって予期せぬ化学変化を起こし、スマッシュヒットとなった。
「ただヒットする、しないというのは、曲の力だけではない。いろいろな人たちが携わってヒットが生まれる。作品の運命というのもありますからね。」
今の「真夜中のドア」の世界的なブームを林はどう思っているのだろうか?
「それがなぜか、僕にもよくわからない。1億回再生と言っても、ネットで誰でも聞ける時代だから、流行っている曲があれば1回は聞いてみるだろうと。ただ、その中で多くの人達が気に入ってくれてることはうれしいけど、それが必ずしもその曲を所有したいということにつながっているわけではない。その落差は大きい。だから僕は今のリバイバル人気については、クールに受け止めている部分もあります」
松原みきの思い出
松原みきは2004年、子宮頸がんのため44歳の若さで亡くなった。「真夜中のドア」は結果的に松原みき最大のヒットとなった。この曲がやはり、彼女のシンガーとしての魅力を最も引き出していたということなのだろう。
「さらなるヒットを求めてその後、僕も彼女に何曲も書きましたが、この曲が一番完成度が高かったのかもしれない。ただ自分にとってこれがベストな曲かというと、他にも気に入っている曲はたくさんある。Bメロとサビは、哀愁感のあるメロディを書くと称される自分のテイストがよく出ていて、みきさんの濡れた歌声に合っているなと思います。まあ、スタンダード・ナンバーって、作者が自分で決められるものではないですからね」
一緒に作品づくりをした同志として心残りもあるという。
「最初に、彼女の良さを最も引き出すことのできる曲を書いてしまったと、そういう気がしないでもない。彼女が思いつめて、泣いているところも見たことがありますし、みきさんとはもっと、お互いに肩の力を抜いたところで、楽しみながら作品づくりができていたらよかったかなと思うことがあります」(敬称略)
バナー写真:松原みき「真夜中のドア~stay with me」の7インチ・シングルのジャケット 画像提供:ポニーキャニオン
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