
地方創生の新機軸となるか?:リノベーションホテルで地域活性化
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市街地の空洞化に危機感
コロナ禍の地方創生の一つとしてワーケーション(観光地やリゾート地でテレワークを活用し、働きながら休暇をとる過ごし方)需要への期待はいまだ高い。余暇のアクティビティに力を入れているもの、地域の施設を活用したものなど、自治体・企業ともに魅力をアピールする一方、同様のコンセプトも多く、独自性を打ち出す難しさも感じられる。
そんな中、注目を集めているホテルがある。群馬県前橋市にある白井屋ホテルだ。
前橋市は東京からJRの在来線で約2時間圏にある県庁所在地でありながら、市街地の商店街はシャッター通りになり、通行人の減少、商店の空洞化が進んでいる。その理由の一つが全国1位の自動車所有率の高さだ。住民は駅前を通過して、利便性の高い郊外のショッピングモールへと流れてしまっているのだ。
白井屋ホテルも影響を受けた企業の一つだ。江戸時代に創業した前身の白井屋旅館は、旧宮内庁御用達で、森鴎外や乃木希典(まれすけ)など多くの芸術家や著名人が投宿した歴史ある旅館だった。旅館需要が少なくなった70年代にホテルへと転換し、営業を続けていたが、2008年、市街地の衰退とともに300年の歴史に幕を下ろした。
廃墟となった白井屋ホテルの転機となったのは2013年、文化施設アーツ前橋のこけら落としだった。
前橋市出身の実業家やアーティストが集まった場で、マンションディベロッパーに買われる寸前だった白井屋ホテルを「どうにかしてほしい」と地元出身でジンズメガネの創業者として知られる実業家田中仁(ひとし)に地元の若手有志らが直訴したのだ。熱意に打たれて、田中は私財を投じて白井屋ホテルを購入する。
白井屋ホテル外観。表通りの看板もアートになっていて、目を惹く
6年かけてアートホテルにリノベーション
ホテル再生プロジェクトは、前橋市の活性化を主導する、田中仁財団の活動の一環としてスタート。だが、衰退する前橋にホテルをつくるというのはホテル業界では無謀すぎる挑戦だった。コンサルタントや運営会社にホテルの再建を持ちかけるも、手を挙げる企業はなかった。そこで本業で交流のあった建築家やアーティストに声をかけ、田中の思いに賛同したクリエイターの協力により、6年もの歳月をかけてアートホテルへと生まれ変わったのだ。
ラウンジの吹き抜けにはレアンドロ・エルリッヒの「ライティングパイプ」が縦横無尽に走り、夜には時間によってライトの色が変わる
全体設計を手掛けたのは建築家・藤本壮介。当時の看板などを一部残した昭和的佇(たたず)まいと、ドラスティックなリノベーション部分が融合した館内には、レアンドロ・エルリッヒや杉本博司、ホテルの壁面にはリアム・ギリックやローレンス・ウィナーと、国内外のアーティストの作品が飾られている。
裏手の緑に覆われた土手にホテルやショップが組み込まれている。ユニークな形状は町のランドマークにもなっている
メインダイニングはミシュラン二つ星を獲得した東京・青山/外苑前のフレンチレストラン「フロリレージュ」のオーナーシェフ、川手寛康が監修した。
メインダイニングの料理にはシェフ自ら生産者の元へ足を運んで見つけてきた食材も
だが、白井屋ホテルが一般的なアートホテルと違うのは、ホテルでありながら街の活性化を目指している点だ。
「このホテルをシビックプライド(都市に対する市民の誇り)の場になるようにしたい」と語るのは代表取締役の矢村功だ。
白井屋ホテル内の表通りと裏通りをつなぐ道。ホテル利用者でなくても、行き来が可能になっている
地元民が日常生活の中でホテルと関わりを持てるよう、表通りから裏通りへと抜けられる道をあえて作った。ダイニングの料理や和朝食には必ず群馬県産の食材を使っている。さらにスタッフの9割は群馬県出身と、地域活性化のために自分たちに何ができるかという視点が生かされている。
和朝食には群馬県富岡の郷土料理『こしね汁』も並び、品書きを眺めているだけでも楽しい
インフルエンサーがワーケーションの拠点に利用
ユニークなコンセプトは2021年のオープン直後から話題となり、現在は起業家、クリエイターなどのビジネスパーソン、インフルエンサーがワーケーションの拠点として利用することも多いという。
なぜ彼らは白井屋ホテルを選ぶのか。
「良いインプットをしないと、良いアウトプットは生まれないと考えている方は多いですね」(矢村)
インスピレーションの場として、休息の質を上げて自身を活性化する場として、彼らは3泊、4泊と連泊していくという。その彼らからのリクエストの一つが睡眠環境の充実だった。
17年には「睡眠負債」が新語・流行語大賞のトップ10入りを果たし、最近ではコロナ禍による健康意識の高まりと、生活環境の改善から寝具に費用をかける人も増えている。
「ホテルでも高機能枕をオプションにしているところが増えています。ただ、せっかくやるなら、枕を用意するだけでなく、ワーケーションで疲れた頭と体を休めてもらうことに、とことんこだわろうと考えました」(矢村)
手を組んだのは書籍「スタンフォード式 最高の睡眠」から生まれたブレインスリープピローだ。
同社が20年4月に行った調査では、リモートワークが広がった結果、生活リズムが乱れ、「週1〜2回在宅勤務を行なっている人」が最も睡眠の質のスコアが悪いことが判明している。
ブレインスリープピローとウォーター。コイル状の枕は水洗い可能で衛生面の良さも人気だ
とことんこだわった睡眠の質
ブレインスリープによると眠りの質を良くするには、眠り始めの90分で深部体温を下げることが重要だという。ブレインスリープピローの枕は独自のコイルが頭の熱を放出することで、脳を冷やす構造になっている。
「翌朝スッキリと起きることができた」、「疲れが取れた」などが口コミで広がり、3万円台という価格帯にも関わらず、一時は生産も間に合わないほど人気を博し、著名人の愛用者も多い。
マットは足元が一段高くなっていて、血流を促すようになっている
こちらの枕は希望者への貸し出しも可能だが、さらに睡眠に特化したのが1室限定の「Sleep Well & Stay Well」プランだ。こちらは枕と同素材のマットレスをベッドにセッティング。体重の圧力を分散させることで、肩や腰にかかる負荷を軽減できる。
また、部屋には眠りの質向上に役立つGABAとNMN100mgを配合したブレインスリープ ウォーターを設置。館内にある貸切のフィンランド式サウナも利用できる。注目度は高く、予約開始直後から問い合わせが相次いでいて、宿泊者の評判も上々だという。
白井屋ホテルのヴィジョンに共感する人々も増えた。田中仁財団などから支援を受ける形で今、シャッター通りには若者たちによる新しい店も徐々にオープンし始めていて、自治体や企業からの視察もあるという。白井屋ホテルから始まった前橋の活性化と新しいワーケーションスタイルがどう発展するのか、楽しみにしたい。 (敬称略)
白井屋ホテル 群馬県前橋市本町2-2-15
https://www.shiroiya.com
バナー写真:白井屋ホテルの客室 撮影:林田順子