在日スリランカ人がデモで訴える母国の窮状を招いた真因

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インド洋に浮かぶ小さな島国、スリランカが今、経済破綻の危機に陥っている。アジア最悪のインフレや食料・燃料不足に見舞われており、現政権の退陣を求める抗議活動が頻発。その波は世界各国の同胞たちにも伝わっている。日本でも在日スリランカ人によるデモが行われた。コロナ禍による観光業収入の激減よりもっと重大と彼らが糾弾する危機を招いた真因は何なのか。

1日13時間の停電、まきで調理

2022年4月24日、雨の東京・渋谷駅ハチ公前広場に50人を超えるスリランカ人が集まり、何ごとかと遠巻きに眺める日本人に訴え始めた。

「スリランカといっても、あまりピンと来ないかもしれませんが、インドの南にある小さな島国です。セイロン紅茶の国です。日本とは、ずっと友好関係がある国です」

マイクを手に、日本語で切々と訴えるのは、カピラ・バンダラさんだ。留学生として来日してから20年、いまでは都内でスリランカ料理レストランを経営しているが、母国の窮状を見かねてこの日の集まりに参加した。

「いまスリランカは、1円もない国になってしまったんです」

カピラ・バンダラさん(左)は達者な日本語で渋谷駅前の日本人に訴えかけた
カピラ・バンダラさん(左)は達者な日本語で渋谷駅前の日本人に訴えかけた

国内の外貨が激減し、石油やガス、食料品など生活必需品が輸入できず、物価が大幅に上昇。「100円のものが1カ月で900円になるような状態です」。

加えて株価も暴落。さらに通貨スリランカルピーはドルに対し、この1カ月で30%以上下落。歴史的な経済危機にあるのだ。

これが人々の生活を直撃。発電用の石炭や石油が輸入できないため、1日13時間、停電が続く。そのためオフィスや生産現場は機能を停止し、失業者も急増。ガスやガソリンは高騰の上、品薄となり、ガソリンスタンドには長蛇の列ができる。調理用のガスを求めて、赤道直下の炎天下で列に並んでいた人の中からは、過労や熱中症による死者も出ている。ガスが手に入らず、まきを燃やして煮炊きする人々も増えてきた。

「特に深刻なのは薬です。医薬品がどんどんなくなってきている。知人の母が脳梗塞なのですが、薬がない。停電のため手術もできない。重病人は死ぬしかないんです。そんな国民に向かって、政府は“病気にならないようにして”と言うだけ。でたらめですよ」

カピラさんは怒りを込めて言う。

学費が払えない留学生

いま日本にはおよそ3万人のスリランカ人が暮らしているが、その内の約4千人が留学生だ。この日のデモに参加したサンドゥリさんとグルニニさんもその1人だが、「学費が払えないんです」と話す。故郷からの仕送りが受け取れないのだ。国庫から外貨が払底しているので、家族は留学生に両替して送金することができない。ルピーは暴落して使いものにならないのだ。

「仕方なく友達にお金を借りて授業料を払っています」

そう2人は言う。日本で働いて学費を稼ぎたいが、留学生の場合は週28時間までのアルバイトしか許可されていない。超過して働けばビザの取り消しもある。そもそも、家族を思うと勉強も手に付かない。

「みんなガスも電気もない中で暮らしています。スマホの充電ができなくて連絡が付かないこともあって、心配です」

留学生のグルニニさん(左)とサンドゥリさんと(左から2番目)は学費が払えず困っている
留学生のグルニニさん(左)とサンドゥリさんと(左から2番目)は学費が払えず困っている

スリランカ料理店や食材店では、スリランカ産のスパイスの輸入が滞りはじめている。そのためインド産に切り替える動きも出てきている。

また、千葉や茨城には中古車輸出を手がけるスリランカ人が多いが、外貨保護のため、輸入規制が以前から続いており、彼らにも大きな影響が出ている。

大統領一家の「独裁」に怒る国民

どうして、このような経済破綻危機に陥ったのか。デモ主催者のひとり、パンジャリ・シャーリカさんが言う。

「日本では新型コロナ禍の影響だと報じているニュースもありますが、それは違います」

コロナ禍のためにスリランカの財政収入の柱の1つだった観光業がほぼ壊滅し、外国人観光客が激減、彼らがもたらす外貨がなくなったというのは確かだ。中古車をはじめとした輸入規制もコロナを機に始められた。しかし、もっと根本的な理由がある。

「大統領一家がスリランカを借金だらけにしているんです」

ゴタバヤ・ラジャパクサ大統領と、その兄で前大統領のマヒンダ・ラジャパクサ首相以下、ラジャパクサ一家は財務省や内務省など主要な閣僚ポストを独占。国の政治と財政を牛耳ってきた。

その「家族支配」は2005年、マヒンダ・ラジャパクサ氏が大統領に就任したところから始まるが、彼は07年に大きな政策転換を行う。インフラ開発という名目で国債を発行し、資金調達した。しかしいま、その償還に汲々(きゅうきゅう)としている上、国際市場から得た資金やインフラ関連の利権を一家で独占しているのではないかと国民の不信を買っている。これまでに膨れ上がった対外債務は約510億ドル(約6兆5000億円)にのぼる。スリランカのGDP(国際総生産)が約800億ドル(2020年)だから、「借金」の巨額さが分かる。

加えてマヒンダ氏は大統領在任時に中国との関係を深めていく。中国の掲げる巨大経済圏構想「一帯一路」にも参加している。その結果、巨額の中国マネーが融資として流入、おもに空港や港湾、道路網、発電所などのインフラ整備に注がれてきた。

国を食い物にする大統領一家の排除を求める声は日に日に高まっている
国を経済破綻の淵に陥れる大統領一家の排除を求める声は日に日に高まっている

しかし、こうした施設を運用しても想定したほどの利益を得られず、また、金利の高さもあって、中国への返済が滞るようになる。17年には、南部のハンバントタ港の99年に渡る運営権を中国企業に手渡すことになってしまった。いわば借金のカタである。

こうして国際援助という名の融資が返済できなくなり、債権国に国土を売り渡すような事態を「債務のわな」というが、中国は同じようなケースをアフリカ諸国で繰り返している。ハンバントタ港の例はその典型例と見なされているが、それでも対中債務は対外債務のおよそ10%に過ぎない。中国による「債務のわな」も財政悪化の原因の1つではあるが、根元にあるのは大統領一家による放漫財政と汚職にあると国民は見ている。

つまり、かねてからスリランカの台所事情は、債務に追われて綱渡りだったのだ。それをかろうじて支えていたのは、外貨の稼ぎ頭である観光業だった。それがコロナに直撃され、資金繰りができなくなったというわけだ。

終戦直後、日本に手を差し伸べてくれたスリランカ

スリランカ国民はこれまで、独裁に対して大きな声を上げることはあまりなかった。

「大統領に反対する人々のリーダーがある日姿を消し、しばらくたって海の底から見つかる」(渋谷デモの参加者の1人)ようなことがたびたびあったからだ。

しかし、日々の生活そのものが脅かされる事態となり、人々は大統領一家に反旗を翻し始めた。街頭でのデモが全国で多発し、マヒンダ首相の自宅にも押し寄せた。警官隊との衝突で死傷者も出ている。

その動きは、世界各地に住むスリランカ人にも波及。さまざまな国でラジャパクサ一家に対する抗議デモが行われているが、渋谷もその1つ。カピラさんは「スリランカでデモをしている若者たちにエールを送りたいんです」と語る。

「こんなことを日本でやって、意味があるのかって聞かれることもある。でも、スリランカの状況を少しでも知ってほしい。渋谷を歩く人たちがちょっとでも気にかけて、ネットで検索でもしてくれたら」

その声は切実だ。国政からラジャパクサ一家を排除したい、そのために日本を含めた国際社会から圧力をかけてほしいと、デモ参加者は口をそろえる。

この日のデモには日本人も参加していた。スリランカで働いていたことのある人や、スリランカ人と結婚した人などだ。その1人、小笠原紀子さんは茨城県でスリランカのスパイスや野菜を販売、また日本語教室も開催し、地域のスリランカ人から慕われている。

「彼らの家族も停電で困っていたり、紙がなくなって役所からの通知ももらえないし、学校で試験もできないそうです。どうにか薬を送れないかという話をしている人もいます。そんなことを聞いて、何か力になれればと思って来たんです」とプラカードを掲げる。

この日のデモに足を止める日本人は少なかった。

だが、スリランカは日本にとって「恩人」とも言える国だ。戦後間もない1951年のことである。第2次世界大戦で敗戦国となった日本と、連合国との講和会議がサンフランシスコで行われた。アジア各国を侵略した日本にとって、相当に厳しい内容が話し合われると考えられていたが、その席上で当時のスリランカ大統領ジャヤワルダナ氏はこう演説した。

「憎しみは憎しみによってやむことなく、愛によってやむ」

ブッダの言葉を引用し、対日賠償請求権を放棄するだけでなく、日本の国際社会復帰を後押ししてくれたのだ。この演説がなければ、日本の孤立はさらに長引いたかもしれない。そんな歴史を親日的なスリランカ人は誇りに思っている。日本人も決して忘れてはなるまい。そしてウクライナだけでなく、大恩あるスリランカの国難をもっと知ってほしいと思う。

バナー写真:雨の渋谷に集まった在日スリランカ人たち。シンハラ語と日本語のプラカードを掲げる 写真:室橋裕和

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