
ウクライナ侵攻で全国に広がる『ひまわり』リバイバル上映の輪
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ウクライナが映画の舞台
イタリア・フランス・米国・ソ連の合作映画『ひまわり』には、広大な大地いっぱいに咲き誇るヒマワリが何度か登場する。
とりわけ、ヒマワリ畑を前にウクライナの農婦がつぶやくカットは印象的だ。
「ここにイタリア兵とロシア兵が埋まっています。ドイツ軍の命令で穴まで掘らされて。ご覧なさい、ヒマワリやどの木の下にも麦畑にもイタリア兵やロシアの捕虜が埋まっています。そして無数のロシアの農民も老人、女、子ども……」
観客の誰もがスクリーンいっぱいのヒマワリに圧倒されるばかりか、日々報道される軍事侵攻の悲劇を重ね合わせずにはいられない――。
ヒマワリはウクライナの国花であり、国旗を彩る黄色は小麦を意味するという説と、この花に由来するという説がある。
そして、『ひまわり』のこのシーンはウクライナで撮影された。当時、ソ連が外国映画のロケを許したのは珍しいことだったという。
『ひまわり』が公開された1970年から半世紀以上の歳月を経た2022年、ロシアはウクライナに軍事侵攻し、3月15日、ロシア国防省は「ヘルソン全域を掌握した」と発表した。
これに関連して、ウクライナの老婆が、機関銃を持つ若いロシア兵に詰め寄るツイッターの動画は記憶に新しい。老婆は叫ぶようにして訴える。
「お前はウクライナに何しにきた!? お前がここで死んでヒマワリの花が咲くよう種を渡そう」
4週間で3館から80館以上に上映館が拡大
『ひまわり』のリバイバル公開が決定されたのはこの3月1日。
世情を反映してたちまち大きな反響を呼んだ。まず3つの映画館での興行が決まり、3週間ほどで上映は65カ所にまで拡大(2022年3月30日現在)、自主上映も含めればそれ以上になる。
帰還兵の乗った列車が到着した駅のホームで夫アントニオの姿を探すジョバンナ(中央)
3月15日から全国に先駆けて再上映をスタートさせた、千葉県柏市にある「キネマ旬報シアター」の江崎毅副支配人が、時ならぬ“ひまわりブーム”について話してくれた。
「当館ではウクライナフェアと題して同国にゆかりのある作品上映を企画しました。いくつか候補作が挙がる中、知名度と完成度で『ひまわり』を第1弾に選びました」
フタを開けてみれば初日から大盛況。観客は県内のみならず、東京や神奈川、埼玉からも駆け付けた。
「平日でもほぼ満席。19日からは1日1回の上映を2回に増やしています。特徴的なのはオールドファンが目立つこと。とりわけ80代の映画ファンが劇場に戻ってきてくれています」
江崎副支配人は「新型コロナのワクチン接種が高齢者層で進んだこともありますが、やはりウクライナ侵攻とご自身の戦争体験がオーバーラップするんでしょうね」と分析する。
80代といえば太平洋戦争と幼少時が重なる。学童疎開や空襲を経験したり、戦火で肉親を失ったりした人も少なくない。戦中、戦後の貧困と窮乏を肌身で知る世代でもある。
江崎副支配人はこんなことも教えてくれた。
「この映画のもう1つの特色は、お客さんがスタッフによく話しかけてくださること。『他人事じゃない』『最初のロードショーで観た時とは違う感想を持った』という声が目立ちます」
悲恋の映画から戦争の悲惨さを訴える映画へ
『ひまわり』は『靴みがき』(1946年)、『自転車泥棒』(48年)などで知られるイタリア映画の巨匠ヴィットリオ・デ・シーカ監督がメガホンを取った。
主演はソフィア・ローレンとマルチェロ・マストロヤンニ。名優コンビが夫婦役を演じる。
生き別れとなった妻ジョバンナの姿を駅で見つけ、茫然とするアントニオ
妻ジョバンナは、第二次世界大戦のソ連戦線で消息を絶った夫アントニオを捜しに現地を訪ね、苦難の末に再会を果たす。だが、ソ連で新たな家族をつくった夫をとても受け入れられない。失意のジョバンナは号泣してイタリアへ帰る。復縁を決意したアントニオは彼女を追うが……。
公開当時は、二人の愛の行方にスポットが当てられ「悲恋のドラマ」として高い評価を得た。その年の映画興行収入ランキングの洋画部門で5位を記録し、ヘンリー・マンシーニの哀愁ただようテーマ音楽もヒットしている。
だが、今日の日本では「戦争の悲惨さを訴える映画」としてのメッセージ性がクローズアップされ、大きな共感を呼んでいる。甘い新婚生活に浸るジョバンナとアントニオが焼夷(しょうい)弾の空爆に遭い一命を取り留めるシーン、劇中に挿入されたロシア戦線での悲惨な実写映像などは、いやが応でもウクライナ侵攻のニュースを彷彿(ほうふつ)させる。夫婦が戦争で引き裂かれてしまう悲劇は、ウクライナの現実として毎日のように起こっていることだろう。まして、陽光を浴び風になびくおびただしい数のヒマワリ、延々と十字架が連なる丘のロングショットなどが人々の心に何を訴えるかは説明不要というもの。
国内のSNSでも日ごとに「ひまわり」「ウクライナ」をキーワードにした投稿が増え、拡散され続けている。以下はその一例だ。
「日本人は直接的な政治行動よりも、芸術文化の力で、自身の考えを発信することもあります」
「今一度、戦争が人にもたらす悲しみ、痛み、苦しみ、そしてウクライナの美しい景色をこの映画で」
「公開ロケ地はウクライナ。戦争によって引き裂かれた夫婦の愛。画面いっぱいに広がるひまわり畑(中略)これで泣くなと言うほうが無理 余韻が凄くて……」
ソ連の戦場の雪に埋もれて倒れていたアントニオをみつけ、命を救った現地の娘マーシャ
日本の最新技術で甦ったオリジナルの品質
そもそも本作は、公開50周年に当たる2020年に、最新のデジタル技術で映像や音を修復したHDレストア版が完成していた。
『ひまわり』のフィルムは日本どころか、イタリア本国でもオリジナルネガが消失しており、ポジフィルムしか存在しない。それを日本で2011、15年に続いて今回3回目の修復に着手、よりオリジナル版に近い仕上がりを目指した。
しかし、20年の春に全国規模でリバイバル公開されたものの、コロナまん延で初志を果たせぬ憂き目に。配給元アンプラグドの劇場営業・池田祐里枝氏は言う。
「最終的には90館近い映画館で上映されたものの、やはりコロナ禍で動員は伸びませんでした」
尻すぼみの不運な形に終わった再上映プランが、世界情勢の一変で息を吹き返す。
「2月24日にウクライナ侵攻のニュースで『ひまわり』のことを思い出し、すぐ作品公式ツイッターでロケ地について投稿しました。名画と今起きている戦争を結び付けることには悩みましたが、反響は日増しに大きくなり、意義ある上映になればと思い公開に踏み切りました」
売り上げの一部は、配給会社から戦争被害における人道支援のための寄付に充てられる予定。映画館や自主上映の主催者が個別に基金を募る、チャリティー上映会も多いという。
『ひまわり』は名画座やレンタルビデオ、BS放送などでもおなじみの作品。主演俳優や監督はすでに物故している。それにもかかわらず、この映画は日本で再評価され、受け止められ方も変化した。ちなみにデ・シーカ監督とマストロヤンニは第2次大戦で従軍している。ローレンやマンシーニも戦争の悲惨さを熟知していたに違いあるまい。
そんなことも踏まえ、映画関係者からは「当初から反戦への想いを込めてつくられた作品」という意見まで出ている。
事の真偽はともかく、観る側の視線や時代状況によって映画の解釈が左右されるというのは決して珍しいことではない。『ひまわり』の日本での盛り上がりが世界に飛び火し、ウクライナ軍事侵攻解決の一助にでもなれば、この映画の受け止められ方はさらに多くの議論を呼ぶだろう。
私も百聞は一見にしかずと、3月25日に初日を迎えた新宿武蔵野館に出向いた。
やはり(私も含め)中高年の観客が目立った。客席は8割近くまで埋まっていた。
上映後、ロビーに出てきた白髪や禿頭(とくとう)、ステッキをつく皆々はおしなべて寡黙だった。表情をうかがうと、どの顔からも沈鬱(ちんうつ)やら悲痛がにじみ出ている。
ヒマワリ畑が大写しになったポスターの前には、写メに収めようという人たちの列ができた。
順番を待つ70代とおぼしきご婦人が、ぽつりと漏らしたひと言が耳に入った。
「戦争をやられちゃ、映画も観られないものねえ」
『ひまわり 50周年HDレストア版』2022年緊急上映 予告編
作品タイトル:ひまわり 50周年HDレストア版
- 配給・宣伝:アンプラグド
- コピーライト:
© 1970 – COMPAGNIA CINEMATOGRAFICA CHAMPION(IT) – FILMS CONCORDIA(FR) – SURF FILM SRL, ALL RIGHTS RESERVED. - 出演:ソフィア・ローレン マルチェロ・マストロヤンニ リュドミラ・サベーリエワ
- 監督:ヴィットリオ・デ・シーカ
- 制作:カルロ・ポンティ
- 撮影:ジュゼッペ・ロトゥンノ
- 音楽:ヘンリー・マンシーニ
- 1970年/イタリア/ I GIRASOLI/ビスタサイズ/107分/モノラル2.0ch
- 提供:メダリオンメディア
- 配給:アンプラグド himawari-2020.com