コロナ禍の台湾でジャニーズとLDHのオンライン配信が喜ばれる事情

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台湾で暮らす私は、コロナ禍で海外に行くことができなくなってから、日本の芸能事務所の有料配信を利用するようになった。外出自粛で家にこもっていたある晩、日本のビールを片手に、スマホで劇団EXILEのオンライン配信の青柳翔さんに見入っていると、外で救急車のサイレンが鳴っているのが聞こえてきた。すると、タイミングを合わせたかのように、青柳さんは低い声で「この時期、みんな頑張っているんだね」と言ったのだ。その瞬間、私は頑張り続ける勇気が湧いてきた。こんなことは、コロナ禍前には全く考えられないことだった。

『チェリまほ』ロスすぎる熱いファンの驚きの行動

今から約1年の2021年1月15日、台湾の台北メトロ公館駅に、ドラマ『30歳まで童貞だと魔法使いになれるらしい』、通称『チエリまほ』のライトボックス広告が現れた。2月のバレンタインデーまで1カ月の掲出期間中、その場所には『チェリまほ』ファンが続々と “聖地巡礼” に訪れたことは言うまでもない。

『チェリまほ』は2020年10月~12月にかけてテレビ東京系列で放送されたドラマ。原作は豊田悠さんの同名漫画。しかし、この広告を出したのは、テレ東でも、コミックスの出版社でも、原作者でもない。ドラマを演じた俳優の町田啓太さんの熱烈なファンで、台湾のインターネット業界で働く安春花さんだ。

1カ月間の広告を出すためにかかった費用は、「4泊5日で日本に行って、航空券、ホテル代、コンサートのチケット料金を支払い、さらにコンサートグッズを全種類買えるくらい」だという。

春花さんは、子どもの頃から日本の漫画を読み、ドラマを見ていた。最初にファンになったアイドルはKinki Kids。コロナ流行以前は、毎年、少なくとも2回、多い時は4回ほどライブや音楽フェスを見るために友人と日本に通い、好きな日本の芸能人やバンドが来台すると、ほぼ全てのイベントに参加していた。

嵐のファンでもあった春花さんは、2020年12月31日の嵐の活動休止を前に、心のよりどころを失うような気持ちになっていた。そんな時、友人に『チェリまほ』を勧められ、町田啓太さん演じる黒沢優一が、大好きな人との別れる時に言った「安達には笑っててほしい」という言葉にグッときてしまったのだ。

「大げさな話ではなく、あの頃、嵐ファンの友達とは話す度に泣いていたんです。『チェリまほ』の黒沢の言葉が、どうしていいか分からなくなっていた私たちに、前を向いて歩いていく道を示してくれたんです」

台湾の映像配信サービスKKTVでは『チェリまほ』を日本と同時放送していた。春花さんが町田さんのファンになったのは、ドラマは最終話を残すのみというところだった。春花さんは当時を「登場人物への深い愛が爆発した時」だったと振り返る。

「ちょうどクリスマスに最終回を見終わって、チェリまほロスになりました。ドラマが私の生活から消えてしまうのが悲しくて、駅の広告枠を買えば『チェリまほ』をここに留めることができると思ったんです」

翌日、春花さんはすぐに台北メトロに広告枠の購入費用を問い合わせ、KKTVを通じて町田啓太さんの所属事務所LDHとテレビ東京に掲載許可を申請した。

「本当に魔法のようでした。1月8日に契約して広告料を支払い、1月15日から1カ月間、広告を出せることになりました。不思議なくらいスムーズにことが運びました」

春花さんは、広告掲載に至るまでの経緯を彼女が立ち上げたフェイスブックのファンページに記録している。

「ファンページに、実際に広告を見に行ったチェリまほファンのチェックインだけでなく、嵐や他のジャニーズのファンから、“推し” への愛やロスをつづったメッセージも寄せられました。あの広告は私の単なる自己満足ではなく、人生の中でつらい思いをしたファンたち、それも世間では理解されない喪失感を持つファンを慰める場所になったのではないかと思ったんです。ファンの話を聞いたからこそ、私はこのフェイスブックのファンページ『町田啓太今天營業了嗎』の継続を考えるようになりました」

コロナが変えたLDHとジャニーズの海外戦略

町田啓太さんが所属するLDHは、早くからインターネット戦略に力を入れていた。10年以上LDHのネットコンテンツを利用するHaSu Fuさんは、初期のサービス「LDH TV」は海外のファンへの制限がとても多かったと振り返る。リアルタイム配信のライブ映像は、海外からは視聴できなかったのだ。

しかし、LDHの映像配信サービスが「LDH TV」から「CL」に移行してからは、海外ユーザーへのフォローが手厚くなってきたと感じている。CLは、LDHとABEMAを運営するサイバーエージェントとの合弁会社CyberLDHが運営する。コロナ禍で海外からの集客が見込めなくなったこともあり、以前よりも海外市場へのアプローチが強化されているようだ。

HaSu Fuさんがこの2年間でABEMAのオンライン配信に費やした費用は15万円以上。なお、この15万円にはLDHのミュージカル配信のチケット代や、ファンクラブの会費などは含まれていない。

日本の友人の住所を借りて公式ファンクラブ「EXILE TRIBE FAMILY」に入会しているRitaさん。ファンクラブ歴は9年以上で、コロナ禍前は毎年、日本に旅行するたびに必ずライブに行っていた。コロナ禍後は、有料配信ライブ「LIVE×ONLINE」10公演を鑑賞。Ritaさんの言葉を借りれば、完全に「LDH沼に落ち」ている。クレジットカードという魔法のカードさえあれば誰でも利用できる公式モバイルサイト「EXILE TRIBE mobile」を偉大な発明だと思い、「いくら使ったかは怖くて計算できない」ほどお金をつぎ込んでいる。

一方、台湾にも多くのファンがいるジャニーズ事務所のオンライン戦略は、コロナ前には保守的だった。熱烈なジャニーズファンの中にはアイドルはSNSでの露出しない方がいいと言う人もいる。私生活が見えてしまうと、「アイドルではなく、ただの金持ちの会社員」に思え、推し活の雑音になるとの考えからだ。

かつてのジャニーズは、海外のファンをコンサートのために日本に呼び寄せる戦略で、実際にそれで成功していた。以前は、コンサートのチケットを入手するためにファンクラブに入り、厳しい倍率の抽選を勝ち抜く必要があった。だが、コロナ禍を経てジャニーズもついに有料配信をスタート。遅れた参入ではあったが、その後の展開はとても速く、ユーチューブにはすでにいくつかの公式チャンネルやツイッターやインスタグラムのアカウントも次々と開設されている。多くのファンにとっては、コロナ前には思ってもみなかった恩恵だ。

コロナで変わったライブビューイング

コロナ流行前、台湾最大手のシネコン「威秀影城(VIESHOW CINEMAS)」のライブビューイングは、海外まで公演を見に行けないファンのためのサービスだった。公式サイトでは全ての上演スケジュールを検索できるが、最も上映規模が大きいのはBTSやWanna Oneなどの韓国グループだ。日本のコンテンツで人気があるのは『ラブライブ!』や『THE IDOLM@STER』から、近年、人気急上昇の『BanG Dream!』などの声優によるコンサートである。このような商業的コラボレーションは、大抵の場合、版権元からの申し出か、台湾での人気を受けて威秀影城から版権元へ提案することが多いが、ファンの嘆願によって実現することもある。

コロナ禍では、密を避ける必要があり、また、感染拡大が深刻な時期には現地のコンサート自体が中止になった。台湾で海外の舞台をライブビューイングで上映する機会自体が減ったのだ。かつて台湾のライブビューイングの主なコラボ先は日本だったが、近年では韓国アーティストのコンサートやミュージカルの中継が増えている。ちなみに欧米からの中継が少ないのは時差の問題があるためだ。現地の上演時間が台湾時間で早朝にでもなったら、観客のニーズには合わない。そのためアジア地区以外からのライブビューイングは少ないのである。

VPN不要の海外ファン向けのサービスへ

ジャニーズファン歴20年になるIvyさんは、ジャニーズ事務所がオンライン配信の扉を開いた2020年、コンサートを2公演、演劇17公演を鑑賞した。総額6万円の投資だった。

海外ファンの中には好きなアイドルのために、他のグループや事務所全体のファンクラブに入会する人も少なくない。また、配信内容を理解するために日本語を勉強する人、入会の手順を翻訳して新規のファンを助ける人、海外からグッズを購入する人もいる。コロナ禍で海外ファンの経済力が示されたのである。

ABEMA台湾大使に就任した安春花さんによると、BTSのオンラインライブは、韓国のファンコミュニティーWeverse上で世界中からのべ100万人が鑑賞したそうだ。ABEMAの海外マーケティングの担当者はこのWeverseの事例に刺激を受け、映像配信を通してより大きな市場を獲得できるのではないかと期待を寄せている。同サービスにとってタイ、インドネシア、台湾は海外市場開拓の第一歩になる。

オンライン配信で見ることができる日本のアーティストのライブの数はどんどん増えているが、日本と海外ではサービスに格差があるのが現状だ。一部のプラットフォームでは、海外ファンは日本のファンと同額、もしくはそれ以上のチケット代を払っても、同じサービスを受けられるとは限らない。

例えば、クリスマスの「ABEMA×LDH ONLINE X’mas LIVE PARTY」の場合、日本ではチケットを購入すれば7日間視聴できたのに、台湾の販売サイトKKTIXでチケットを購入したユーザーが視聴できるのは1回限りだった。

春花さんは、「海外市場で展開するならば、少なくとも時差の問題を考慮してほしい」という。例えば配信時間が、ある国では勤務時間内に当たってしまうと、仕事を休むかライブを諦めるかの二択を迫られる。時差のある海外ファンにとってこそ、7日間のアーカイブ配信は意味あるサービスなのだ。

2021年は、日本の芸能事務所のネット戦略やSNSが驚くほど大きく変化した年だったと春花さんは言う。以前は、日本に行かなければ見られなかったコンサートや舞台のオンライン配信が増え、オンラインでメンバー個別のファンミーティングまで開催されるようになった。途方もない出費をせずとも、好きな芸能人のパフォーマンスを見ることができるのだ。これは過去には全く想像できなかったことである。

ジャニーズはユーチューブチャンネルを開設し、LDHは独自の映像視聴サービスに多言語の字幕機能を追加した。これらの映像プラットフォームは国や地域関係なく視聴可能だ。かつて日本国内のユーザーのみを対象としていた頃のようにVPNを利用する必要もない。海外のクレジットカードも利用できるようになった。この変化に、日本に行くことができない海外ファンは感動し、感謝している。

「LDHでは、課金制の配信番組に町田啓太さんが登場した際、視聴者の約40%が海外のファンだったと気付き、すぐに中国語字幕を実装してくれました。本当に驚くべきスピードだと思います!」(春花さん)

映画館が、町田啓太さんのファン有志により貸切に。当日は抽選などのイベントも行われた(安春花さん撮影)
映画館が、町田啓太さんのファン有志により貸切に。当日は抽選などのイベントも行われた(安春花さん撮影)

バナー写真=台北メトロのライトボックス広告。台湾のファンが個人で広告枠を購入し実現。コロナ禍でファンの聖地となった(筆者提供)

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