二大聖地をヘリコプターで結ぶ巡礼旅:ポストコロナの新ツーリズム【高野山・比叡山編】

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高野山金剛峯寺(和歌山県高野町)と比叡山延暦寺(滋賀県大津市)、世界遺産でもある密教の二大聖地をヘリコプターで結ぶツアーが2021年秋に誕生し、コロナ下、そしてポストコロナをも見据えた新たなツーリズムコンテンツとして注目を集めている。早速、同ヘリに試乗して「巡礼の旅」に出た。

古都の文化財を眼下に拝みながら

高野山大門近くのヘリポートを飛び立ったヘリコプターは、北上して奈良県に入ると、数々の古墳、法隆寺、薬師寺の上空を通過。続いて京都市に入ると、伏見城、東福寺、三十三間堂、清水寺、さらに金閣寺を眼下に拝みながら琵琶湖へ針路をとる。湖岸をしばらく遊覧した後、比叡山に着陸。わずか30分の間に、京都・奈良の名だたる文化財の上空を駆け抜けた。

古都の文化財を前後左右に眺めながらの遊覧飛行。畿内の地理を熟知したベテランパイロットの“ガイド”付き。 撮影:天野久樹
古都の文化財を前後左右に眺めながらの遊覧飛行。畿内の地理を熟知したベテランパイロットの“ガイド”付き。 撮影:天野久樹

真言宗の開祖・空海と天台宗の開祖・最澄。平安仏教を代表する2人が開山した地を、直接ヘリコプターでつなぐツアーを企画したのは、「一般社団法人 日本巡礼」のツーリズムプランナー、船田幸夫さんだ。

「以前より、比叡山や高野山などの聖地を参拝する企画に携わってきましたが、このコロナ禍において長時間の移動を避けたいという参拝者の話を聞き、ヘリコプターによる二大聖地の空巡礼に思い至りました」と船田さんは、ツアー発案の経緯を語る。

実際、車で高野山・比叡山間を移動しようとすると、交通状況がスムーズでも3時間近くかかる。それがヘリだと30分。移動時間が大幅に短縮された分、ゆっくりと観光を楽しめる。

だが、ヘリ移動の利点は移動効率ばかりではない。上空から眺めると、両聖地とも大自然に抱かれていることを実感する。空海と最澄が険しい峰に入り、修行を始めた当時に思いを馳せることができるのだ。これもこのツアーならではの醍醐味だ。

「よくぞこの地に、これだけの信仰の場をつくり上げたものだと感動を覚えます」と船田さん。

たとえば、ガイドブックで高野山を調べると、「高野山という山はなく、1000m級の八つの峰に囲まれた盆地の町の総称。東西3km、南北2kmの広さに117の寺が点在する」とある。地上でそのスケールを体感するのは難しいが、ヘリから俯瞰(ふかん)すると「一山境内地(いっさんけいだいち)」、すなわち、蓮の花を広げたような盆地全体が一つの寺で、至る所がその境内地であることが一目瞭然だ。

ヘリから見る高野山の町並み。江戸時代には約2000の寺があったという。現在のような大きな寺ではなく、寺仏堂と呼ばれるお堂が密集し、落雷による焼失や合併で現在の117カ寺になった。撮影:天野久樹
ヘリから見る高野山の町並み。江戸時代には約2000の寺があったという。現在のような大きな寺ではなく、寺仏堂と呼ばれるお堂が密集し、落雷による焼失や合併で現在の117カ寺になった。撮影:天野久樹

高野山観光の新名所「奥之院ナイトツアー」

高野山をよく知るには宿坊に泊まるのがいい。宿坊とはお寺や神社の宿泊施設。117カ寺のうち約50が宿坊を営んでおり選ぶのが難しいが、今回の宿は惠光院(えこういん)に決めた。「阿字観(あじかん)」瞑想や写経、護摩祈祷(ごまきとう)など修行体験が充実しているうえに、同院から出発している「奥之院ナイトツアー」に興味を引かれた。

恵光院は弘法大師の霊廟のある奥之院の入口から徒歩すぐ。弘法大師が五重塔を建てたのが起源といわれ、弟子の道昌僧都が諸人の回向(先祖供養)を行ったことから回向院と呼ばれたが、徳川8代将軍吉宗の命により恵光院に改称された。英語が堪能な僧侶が常駐し、外国人旅行者からの人気も高い。 撮影:天野久樹
恵光院は弘法大師の霊廟のある奥之院の入口から徒歩すぐ。弘法大師が五重塔を建てたのが起源といわれ、弟子の道昌僧都が諸人の回向(先祖供養)を行ったことから回向院と呼ばれたが、徳川8代将軍吉宗の命により恵光院に改称された。英語が堪能な僧侶が常駐し、外国人旅行者からの人気も高い。 撮影:天野久樹

恵光院の毘沙門(びしゃもん)堂で毎朝行われる護摩祈祷。護摩祈祷とは、古代インドの儀礼「ホーマ」を起源とする真言密教の秘法。弘法大師作と伝えられる本尊・毘沙門天像の前に設けられた壇の炉の中に、護摩木(煩悩を表す薪)をくべて、燃えさかる火でもって諸願成就を祈念する。 撮影:天野久樹
恵光院の毘沙門(びしゃもん)堂で毎朝行われる護摩祈祷。護摩祈祷とは、古代インドの儀礼「ホーマ」を起源とする真言密教の秘法。弘法大師作と伝えられる本尊・毘沙門天像の前に設けられた壇の炉の中に、護摩木(煩悩を表す薪)をくべて、燃えさかる火でもって諸願成就を祈念する。 撮影:天野久樹

恵光院の夕食で提供される精進料理(イメージ)。「三の膳」付きの豪華プランやグルテンフリープランもある。 写真提供:恵光院
恵光院の夕食で提供される精進料理(イメージ)。「三の膳」付きの豪華プランやグルテンフリープランもある。 写真提供:恵光院

午後7時過ぎ、恵光院の玄関前に集合して、奥之院の参道を御廟(ごびょう)まで歩くナイトツアーに出発する。

この日の案内人は、ナイトツアーを主催する株式会社「AWESOME TOURS(オーサム・ツアーズ)」の代表・田村暢啓(のぶひろ)さん。「参拝者の波が引いた参道を清涼な空気を吸いながら、高野山に伝わる教えなどに楽しく触れてもらいたい」との思いから、恵光院などと協力して3年ほど前にナイトツアーを発案。田村さんをはじめ英語で解説できるガイドが数人おり、コロナ前は外国人観光客が半数以上を占める日も多かったという。密を避けられるとあってコロナ下にもマッチした観光コンテンツだ。

奥之院は、弘法大師が入定(にゅうじょう)した真言密教の聖地。入定とは死滅ではなく瞑想に入ることで、お大師様は今もなお、人々を救うべく御廟内で瞑想しているとされる。入り口の一の橋から御廟まで約2km、杉林の中を通る参道には灯籠のあかりが点々と続き、荘厳なる霊域の雰囲気を醸し出している。

静寂を破って「グルルルル」という音がした。

「ムササビの鳴き声です。運が良ければ、木から木へ飛び移る姿も見られます」と田村さん。

五輪塔の逸話に残る「信長の怨念」

奥之院は「日本一の総菩提所」とも称される。地位や身分、宗教、宗派など一切関係なく誰でも供養してもらえるからだ。

「参道に並ぶお墓や供養塔は、目に見える数で20万基。さらに、いまわれわれが歩いている足元にも20万~30万基が眠っています」

思わず足元を見たが、石畳のほかには何もない。

「古いお墓だと900年以上前のもので、まだ形をとどめているものもあります。土に還ったものもすべて合わせると、50万基ともいわれます」

伊達政宗、石田三成、徳川吉宗、春日局、浅野内匠頭、初代・市川團十郎……。歴史に残る数々の偉人・著名人がここに眠る。とりわけ戦国大名の信仰は篤く、4割くらいの墓や供養塔がここにあるという。御廟で永遠に祈り続けるお大師様のそばにいれば、必ずや浄土に導かれる、と信じたからだ。

供養塔の多くは5つの石を積み上げた形をしている。五輪塔と呼ばれ、それぞれの石は、地・水・炎・風・空を意味する。この5つは宇宙の構成要素を表し、万物は最終的には宇宙、すなわち自然に還る、との教えが込められているのだという。

「なぜか、明智光秀公の五輪塔では『水』の石だけが何度修復しても割れてしまい、信長の怨念ではないかといわれています」

本能寺の変で炎に包まれ、水を欲しながら亡くなった信長の怨念の表れなのか――思わず背筋がゾクッとする。

参道を照らす石灯籠の列。左側の灯籠の窓は月の満ち欠け、右側は太陽を表す。人の心は月に似ており、本来は満月のように丸く明るく清らかだが、日々形を変える。そして自力では輝けず、太陽に照らされて本来の形を保てる。その太陽が大日如来である、との弘法大師の教えを表現している。 写真提供:恵光院
参道を照らす石灯籠の列。左側の灯籠の窓は月の満ち欠け、右側は太陽を表す。人の心は月に似ており、本来は満月のように丸く明るく清らかだが、日々形を変える。そして自力では輝けず、太陽に照らされて本来の形を保てる。その太陽が大日如来である、との弘法大師の教えを表現している。 写真提供:恵光院

日中の参道。居並ぶ墓石の傍らで高野杉と呼ばれる無数の巨木が天を突くように伸びる。白い番号札が付いた木は、林業の発展を図るために国が指定した特別母樹林。733本が指定を受けている。 撮影: 天野久樹
日中の参道。居並ぶ墓石の傍らで高野杉と呼ばれる無数の巨木が天を突くように伸びる。白い番号札が付いた木は、林業の発展を図るために国が指定した特別母樹林。733本が指定を受けている。 撮影: 天野久樹

先祖供養の大切さを教える「数取り地蔵」

田村さんが今度は地蔵の前で立ち止まった。「常日頃、数を数えているので、数取り地蔵と呼ばれています」

「一体、何の数を数えているのでしょうか?」

「参道を歩く人がここを何回通ったか。生前に悪事をした人は、閻魔(えんま)様の所に連れていかれ、地獄行きの判決を下されます。その時、こちらのお地蔵さんがパッと現れ、『ちょっと待て、この者は確かに悪い事をしたが、何度もお参りして先祖供養をしっかりしていた。大目に見てやってくれ』と間に入ってくれるのです」

なるほど、弁護士の役目をしてくれるお地蔵さんか――とにかく先祖供養が大切ということだ。

こうしてアッと間に時間は過ぎ、玉川に架かる御廟橋にやってきた。橋の向こうは御廟で、ここより先は撮影禁止。合掌、一礼してから橋を渡る。

御廟の前に立つのは燈籠(とうろう)堂。空海のおいが建立し、その後、藤原道長によって現在の大きさになったといわれる。現在の建物は1965年に造られたもので、堂内には奉納された2万もの灯籠が金色に輝く。左手に進むと御廟に通じる階段があり、その前で皆でお祈りをする。これでナイトツアーはお開きとなった。

「初日の出」の名所で瞑想三昧

一方、天台宗の総本山・延暦寺は標高848mの比叡山全域を境内とする。真言宗の総本山・金剛峯寺のように単独の仏堂の名称ではなく、東塔、西塔、横川などの区域に点在する150ほどの堂塔の総称だ。

比叡山唯一の宿坊として観光客に人気なのが延暦寺会館。国宝・根本中堂(こんぽんちゅうどう)から徒歩3分という立地の良さに加え、館内からの眺望が素晴らしく、客室、大浴場、食堂から琵琶湖が一望できる。座禅や写経などの修行体験もでき、喫茶「れいほう」では、厄除け開運メニューとして、梵字(ぼんじ=古代インドで生まれた神仏を1字で表した文字)を入れた「梵字ラテ」「梵字テラ(寺)ミス」が評判。初日の出のスポットとしても有名で、毎年大晦日、元日の宿泊は予約で一杯だ。

法然、親鸞、栄西、道元、日蓮ら名だたる僧が修行を積み、「日本仏教の母山」と称される比叡山延暦寺。険しい峰々を縫うように巡って礼拝する「千日回峰行(せんにちかいほうぎょう)」は、壮絶な荒行として知られる。2021年は開祖最澄が亡くなって1200年の大遠忌(だいおんき)にあたる。 撮影:天野久樹
法然、親鸞、栄西、道元、日蓮ら名だたる僧が修行を積み、「日本仏教の母山」と称される比叡山延暦寺。険しい峰々を縫うように巡って礼拝する「千日回峰行(せんにちかいほうぎょう)」は、壮絶な荒行として知られる。2021年は開祖最澄が亡くなって1200年の大遠忌(だいおんき)にあたる。 撮影:天野久樹

延暦寺会館大広間での座禅体験。延暦寺で1200年続く瞑想「座禅止観」は、「心を止めて、それを観る」を意味する。ソーシャルディスタンスを保ち、「不滅の法灯」に模した和ろうそくの炎を見つめる。撮影:天野久樹
延暦寺会館大広間での座禅体験。延暦寺で1200年続く瞑想「座禅止観」は、「心を止めて、それを観る」を意味する。ソーシャルディスタンスを保ち、「不滅の法灯」に模した和ろうそくの炎を見つめる。撮影:天野久樹

国宝の大改修を一般にも公開

国宝・根本中堂は、その名の通り延暦寺の根本(中心)たる総本堂である。比叡山に分け入り修行生活に入った若き最澄が、788年に建てた草庵が始まりとされる。過去何度も焼失しながら、復興の都度規模は大きくなり、現在の建物は織田信長による焼き討ちの後、徳川3代将軍家光の命により再建されたものだ。

現在、建物全体はすっぽりと素(す)屋根に覆われている。素屋根とは、修理中の建物を雨風から保護するとともに、作業の足場となる仮の屋根のこと。琵琶湖の湿気と冬場の積雪は、文化財にとっては大敵だ。1951年~55年の「昭和の大改修」以来、約60年ぶりとなる「平成の大改修」は、2016年にスタート。本堂の銅板屋根のふき替え、栩(とち)ぶきの回廊屋根のふき直しのほか、内外部の彩色塗装の塗り直し、飾り金具の修理などを10年かけて行うもので、2026年3月に終了する予定だ。

中に入って驚いた。本堂と回廊の間にある中庭部分に、2段構造の「修学ステージ」が設けられ、参拝者は屋根の高さまで登ることができる。解体作業中でしか見ることのできない屋根の構造をはじめ、すすやほこりでくすんだ天井絵を元の色彩に戻す、匠の技を間近で見学できる。これは全国的にも珍しい試みだ。

「一般参拝を中止して完全に立ち入り禁止にすれば、工事は6年ほどで終わります。ただ、参拝される方々の思いも大切にしたいし、日々の鎮護国家と五穀豊穣のお勤めは欠かせません。そこで工期を4年近く延ばしてでも拝観できるようにしました。根本中堂の大改修を通して、祈りの心とともに、世界遺産であり国宝である文化財、そしてその修復技術という両方の意味を伝えていきたいのです」と参拝部主事(取材当時)の星野最宥(さいゆう)さんは話す。

修復工事前の根本中堂。延暦寺では東塔・西塔・横川にそれぞれ中心となる仏堂があり、「中堂」と呼ばれる。東塔の根本中堂はその最大の仏堂であり、延暦寺の総本堂。本尊の薬師如来前には1200年間灯り続けている「不滅の法灯」が安置されている。 画像提供:比叡山延暦寺
修復工事前の根本中堂。延暦寺では東塔・西塔・横川にそれぞれ中心となる仏堂があり、「中堂」と呼ばれる。東塔の根本中堂はその最大の仏堂であり、延暦寺の総本堂。本尊の薬師如来前には1200年間灯り続けている「不滅の法灯」が安置されている。 画像提供:比叡山延暦寺

コロナ下で生まれた新機軸「バーチャル見学」

こうした「伝えたい」という思いは、今年5月に導入した「拡張現実(AR)」サービスにも息づいている。スマートフォンに無料アプリ「比叡山延暦寺根本中堂/AR」をダウンロードし、根本中堂内部や周辺の計7カ所でスマホをかざすと、改修完了後の姿が画面に現れる仕組みだ。

7カ所のスポットでスマートフォン内蔵のカメラをかざすと、極彩色豊かな根本中堂外観や、色鮮やかに蘇った蟇股彫刻など大改修完了後の姿が画面に出現する。画像提供:比叡山延暦寺
7カ所のスポットでスマートフォン内蔵のカメラをかざすと、極彩色豊かな根本中堂外観や、色鮮やかに蘇った蟇股彫刻など大改修完了後の姿が画面に出現する。画像提供:比叡山延暦寺

さらに、根本中堂を仮想現実(VR)空間で再現した「比叡山延暦寺 VRウォークスルー」もインターネット上で公開中。公式サイトにアクセスすると、最先端の三次元(3D)測量と4K画像を駆使した立体映像で、実際に修復工事中の堂内を歩いているような体験が味わえる。自宅にいながら根本中堂を身近に感じてもらおうという試みだ。

臨場感あふれるバーチャル体験を味わえる「比叡山延暦寺 VRウォークスルー」。「不滅の法灯」が安置されている内陣のほか、文化財修復現場も英語字幕付きの解説で詳しく紹介。職人以外は足を踏み入れることができない「足場」から、屋根のふき替えや構造を見ることができる。画像提供:比叡山延暦寺
臨場感あふれるバーチャル体験を味わえる「比叡山延暦寺 VRウォークスルー」。「不滅の法灯」が安置されている内陣のほか、文化財修復現場も英語字幕付きの解説で詳しく紹介。職人以外は足を踏み入れることができない「足場」から、屋根のふき替えや構造を見ることができる。画像提供:比叡山延暦寺

新型コロナウイルスの新たな変異株「オミクロン株」による感染が全国で広がり、専門家からは「第6波」の到来を懸念する声も出ている。コロナとの戦いが長期化する中、いかにして日本の伝統文化を国内外に広く伝え、文化財の保存技術を継承する大切さを訴えていくか――比叡山延暦寺の新たな取り組みは続く。

取材協力:一般社団法人 日本巡礼、ツーリズムプランナー・船田幸夫、MS-NEXT株式会社

バナー写真:ヘリ上空から眺めた高野山の山並みと金剛峯寺大門(左)、比叡山の夕景(右) 写真提供:船田幸夫

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