東京ワイン 海と農の恵みを醸して
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スーパーの屋上にブドウ畑
深川不動堂(成田山東京別院)の門前町としてにぎわってきた江東区の深川エリア。江戸の風情がなお残るこの街に、「深川ワイナリー東京」がある。東京駅から地下鉄で乗り換えを含め15分ほど。門前仲町駅で下車し、商業地域を抜けて閑静な住宅街を歩いていくと、甘い果実と酵母の香りがふんわりと鼻孔をくすぐった。
同ワイナリーは2016年、「地方へ行かなくてもワインを楽しめる都市型ワイナリーをつくる」とのコンセプトで始まった。取材で訪れた9月下旬は、新酒の仕込み作業の最盛期だった。醸造室には直径、高さがともに約1メートルのポリタンクが設置され、中では薄緑色の皮が付いたままのブドウが、ふつふつと呼吸するかのように発酵を始めていた。山梨から届いたナイアガラという品種で、天然酵母がゆっくりと働く様子を眺めていると、なぜか癒されてくる。
20年からは地元・深川産のブドウを使ったワイン造りに取り組んできた。「この下町のどこにブドウ畑?」と頭をひねっていると、ソムリエの伊禮沙由美(いれい・さゆみ)さんが「駅前のスーパーの屋上にあるんです」と笑顔で説明してくれた。
植木鉢に苗を植えてスタートしたが、容量が小さいため次第に成長が鈍ってきた。解決法を模索する中で、ニューヨーク・ブルックリンのビル屋上でブドウ栽培をしている先進的ワイナリー「ルーフトップ・レッズ」の手法に着目。同ワイナリーで使用している大型プランターに植え替えたところ、順調に生育するようになったという。栽培は屋上緑化の研究を進める大手ゼネコンの主導で行われている。
地方の産地に比べて生育に必要な春先の寒暖差がそれほどないなど、東京はブドウ栽培に適した気候とは言えない。今夏も猛暑で病気や糖度不足が心配されたが、「デラウェアとナイアガラの2品種、計40キロを収穫でき、甘みも十分でした」と伊禮さんは胸をなでおろす。深川産ブドウを使ったワインは、昨年はワインボトル28本になった。今年は30本できそうだといい、販売はせずイベントなどでふるまう予定だ。
「江戸前」で海中熟成
同ワイナリーの挑戦は他にもある。沈没船から引き揚げられたワインがおいしく変化していたという実話からヒントを得て、東京湾でワインを海中熟成させる試みを続けている。近くにある東京海洋大学と2018年に始めた産学共同プロジェクト「海中熟成江戸前ワイン」では、毎年約200本のワインを東京湾の海中に沈めておいしさの秘密を探っている。
沈めるワインのブドウの品種は毎年変え、地上熟成のものと比較を続けてきた。同ワイナリーの醸造家、宮田貴子さんは、「海中熟成の方が渋みはまろやかになり、飲みやすい。スパークリングワインは泡がよりきめ細かくなる」と説明してくれた。おいしさが増すポイントは水温がある程度一定する年末から初夏の時期に沈めることだといい、宮田さんは「潮の満ち引きによる振動も影響しているかもしれない」と推測する。
同ワイナリーは予約すれば見学が可能だ。収穫後のブドウをつぶす作業などでボランティアも随時募集している。自分が作業に参加したワインが店頭に並ぶのを想像するのも愉快だろう。
深川ワイナリー東京
- 所在地:東京都江東区古石場1-4-10高畠ビル1F
- 営業時間:正午〜午後5時(ボトル販売、試飲)。ワイナリー見学は土曜日、日曜日、祝日、午後2時と4時の2回(各回6人、要予約)
- 定休日:なし
- アクセス:JR京葉線・越中島駅から徒歩4分、東京メトロ東西線、都営大江戸線の門前仲町駅から徒歩6分
- 電話:03-5809-8058
- 詳細は深川ワイナリー東京 公式ホームページ(外部サイト)にて
「練馬の農」を表現する
東京23区の農地面積の4割を占め、最大面積を誇る練馬区には都内初のワイナリーがある。地元で採れる多種多様な野菜の料理に合うワインを、練馬産などの国産ブドウを使って造っているのがウリだ。
池袋駅から西武池袋線で20分揺られて大泉学園駅へ。下車して10分ほど歩くと、住宅街に立地する「東京ワイナリー」が見えてくる。周辺には農地が点在し、「農の練馬」を実感させる。
経営する越後屋美和(えちごや・みわ)さんは元々、東京・大田市場で野菜の仲卸をしていた。仕事を通して知った練馬産のキャベツのおいしさと、その後に出会った東京生まれのブドウ品種「高尾」が、越後屋さんを醸造家の道へと導いた。東京や国内の様々な産地で収穫されたブドウを使い、毎年30種類以上のワインを醸造している。
小さな建物の一部を使って開いているワイナリーには、ステンレス製の醸造用タンクが5基並ぶ。1基当たり500キロのブドウを一度に仕込むことができる。作業はボランティアとともに行うが、毎日が重労働だ。温度管理などが万全の大手ワイナリー施設とは異なり、天候や気温など時々の条件に左右されやすく、気苦労も絶えない。
18年には地元農家や飲食店とともに、練馬産ブドウだけで醸造する「練馬ワインプロジェクト」をスタートした。使われなくなった農地を借り、練馬区内の7カ所でブドウを栽培している。畑の大きさは大小さまざまで、樹数は20~700本と各所でばらつきがあるものの、ピノグリ、シャルドネ、小公子、カベルネソーヴィニヨン、プチサンマン など14品種を育てている。試行錯誤を繰り返しながら収穫量を増やし、20年にオール練馬産ブドウで醸造した「ねりまワイン」の一般販売にこぎつけた。
「今年は白用に約1トン、赤用に0.5トンのブドウを仕込みました。来春には赤白合わせて1500本を販売できそうです」。猛暑にもかかわらず、まずまずの収穫に顔をほころばせる越後屋さんは、「ほどよい酸味と華やかな香り。そして『練馬の農』を感じさせる味わいのワインになれば」と期待を込める。
24年産ねりまワインは、来年4月に行われるワイナリー10周年の記念イベントで解禁する予定だという。同ワインは毎年、発売から1カ月ほどで売り切れる「幻の名産品」になっており、今から心待ちにする人も多い。
併設レストランで地元野菜とともに
さまざまな産地のブドウを使った新酒が、続々と店頭に並び始めている。併設のレストランでは常時10種類前後のワインとともに、練馬産野菜を使った料理が楽しめる。新酒の「昼飲み」を楽しむグループ客に交じり、筆者もテーブルに着いた。
「この時期だけにしか味わえない発酵途中のワインはいかがでしょう? 甘く、微発泡でおいしいですよ」。越後屋さんの言葉に従って「フェダーヴァイサー」と呼ばれるワインを選ぶ。おつまみには、サツマイモにキャラメルソースを絡めた「キャラメルポテト」、ゆで落花生、ナスの肉詰めの盛り合わせを頼んだ。
グラスに注がれたワインは薄いピンク色に色づき、秋野菜の色合いときれいなコントラストを見せる。生まれたばかりの赤ちゃんのようなワインが放つ初々しい香りを感じつつ口に含むと、プチプチと刺激する無数の泡が心地よい。練馬の野菜に合うワインづくりを心がける越後屋さんの思いが込もっているだけに、練馬の土で育てられた旨味の濃い野菜料理との相性は抜群だ。
東京ワイナリー
- 所在地:東京都練馬区大泉学園町2-8-7
- 営業時間:午前11時~午後5時 、併設レストランは土曜日、日曜日、祝日のみ営業、ワイナリー見学は要予約
- 定休日:水曜日
- アクセス:西武池袋線・大泉学園駅から徒歩10分
- 電話:03-3867-5525
- 詳細は東京ワイナリー 公式ホームページ(外部サイト)にて
バナー写真:東京・深川で醸造されたワインの数々。店頭で試飲もできる=深川ワイナリー東京(小杉聡子撮影)