デザインの力で台湾をブランディング――台湾デザイン研究院の挑戦
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台湾で生まれた「新感覚の郷土菓子」
2021年4月、台湾南部の高雄市にある郷土菓子の製造業者「舊振南」が、ある新商品を放った。昔ながらの「漢餅(月餅)」を大胆にアレンジし、食感も味わいも斬新なものに刷新した。その名は「日日好日 華果子」。スタイリッシュなパッケージで、これまでにないタイプの郷土菓子として、話題となった。
1世紀の歴史をもつ老舗が「新感覚の郷土菓子」を開発した背景には、若い世代の郷土菓子離れがある。若者や、外国人にも喜んでもらえるにはどうすればよいか。彼らが考えたのは外からのアイデアを積極的に取り込むことだった。そして、日本で数多くの食品企画に携わってきた小川弘純氏が新商品の構想段階からアドバイザーとして招かれた。
台湾の農産加工品を推進する政府プロジェクト
この新商品開発には、台湾産農産品のイノベーション事業「TGA(Taiwan Good Agriculture)プロジェクト」を推進する政府系機関「台湾デザイン研究院」が関わっている。
近年、台湾では「デザイン」への関心が高まっている。経済政策としてもデザイン力の向上を重視し、製品や素材の付加価値を高める努力を続けている。そうした中で、TGAプロジェクトは大きな成果を挙げている。
予算は台湾政府行政院農業委員会が組み、台湾デザイン研究院が実際の運営を請け負う。豊富な経験と人脈を生かし、パッケージやロゴのデザインやリニューアルに加え、プロモーションの手法や経営展開、海外戦略など、幅広くブランディングするコンサルティングサービスがメインとなっている。
プロジェクトが始動したのは2004年のこと。これまでに手掛けたブランド数は165件に及ぶ。産業創新グループのリーダーである簡思寧氏によれば、毎年40社近くの応募があり、この中から、台湾産の原材料を使用し、製造していることを条件に、10社を選定しているという。
日台がタッグを組んで商品開発
舊振南のプロジェクトでは、小川氏はあくまでも日本人の目線でアイデアや意見を出したという。具体的には、日本人には小さめのサイズが喜ばれることや、食べる時にボロボロとこぼれないように生地を改良すること、贈り物にしても喜ばれるパッケージデザインなどを提案した。
約1年の試作を重ねて完成したものは3種類。円満を意味する丸い形で、表面には縁起の良い花などをかたどった。日本人が “台湾らしさ” を感じる素材として、台湾茶やフルーツ、レモングラスのような爽やかな風味の「馬告」、サンショウの一種「刺蔥」などのスパイスを使った。
パッケージデザインを手掛けたのは、日本に留学経験のある「圈點設計」の林可氏である。台湾らしさを残しつつ、日本人好みの雰囲気に近付けた。箱を開けると、漢餅の説明が書かれた折り紙が入っている。折り紙は日本と台湾の子どもたちの共通の記憶であり、「相互の交流が益々深まりますように」という願いを込めたという。「遊び心」の中にも、台湾らしさが感じられる。
プロモーションの強化で地方創生と連動
2018年からはプロジェクトで生まれた商品のプロモーション事業もスタートした。「TGA select」と銘打って、知名度アップを図るとともに、推奨制度の役割を持ち、消費者に確かな質と安全性を保証するものだ。
日本でも知名度を高めている高山地帯で栽培した茶葉をはじめ、希少な台湾産コーヒー、さらに自然農法のキノコのチップス、スーパーフードとして注目される「アムラ」の実の加工食品なども評価が高い。いずれも環境保護や地力の維持を配慮した栽培方法を採用しているのが特色だ。
素材や原料を輸出している業者も多く、スッポンの養殖で知られる「NIYU LIFE」や、自然な甘さで味付けした梅菓子製造の「美元」、屏東に拠点を構える枝豆メーカーの「永昇」などは日本における需要を支えている。また、日本市場を見据え、独自の新商品を開発する「榮祺食品」のような例もある。ここは台湾南部産のショウガを扱う業者で、2021年より「嶼姜」という自社ブランドを設立。台湾固有種の「竹薑」というショウガを用い、添加物を一切含まないグミやシロップを開発した。炭酸水で割ったり、トーストに塗ったりと、新感覚で味わえると好評で、日本での販売もすでに始まっている。
こういった商品は各地の特産品や地場産品をアピールし、地方経済を底上げする側面も期待されている。そして、プロジェクト全体が地方創生の仕掛けになっていることは言うまでもないだろう。
1 | 嶼姜 /台湾南部 |
環境に優しい農法で契約栽培したショウガを使用。クランベリーや蜂蜜、ブドウの果汁を加えて食べやすく(飲みやすく)している |
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2 | 鹿窯菇事 /台湾中部 |
日本人にもファンが多いキノコチップス。無農薬栽培で、冬場にしか収穫できない栄養価の高いキノコを使用 |
3 | 澎湖伯 /澎湖県 |
汚染されていない澎湖島の海域などで取れた海産物を用いた調味料。澎湖の動物が描かれたパッケージが印象的 |
4 | 美元 /台湾東部 |
糖分控えめの梅菓子で、防腐剤や人工添加物も不使用。青少年に就業機会を与えることに熱心な企業でもある |
5 | NIYU LIFE /屏東県 |
スッポンのサプリを日本メーカーに供給。無投薬、低密度の養殖方法で、刺身でも食べられる高品質のスッポンが原料 |
6 | 老鍋米粉 /新竹市 |
純度100%の台湾米を用いたビーフンの老舗。6代目は伝統製法を堅持しながら、タロイモ味やカボチャ味など複数の味を開発 |
7 | 古邁茶園 /南投県 |
標高2100メートル以上の梨山にあるタイヤル族のオーナーが経営する茶園。台湾産スパイスの馬告入り烏龍茶などもあり |
8 | 樹重奏 /苗栗県 |
油甘果(アムラ)の実を用いた加工食品。パウダーや発酵させた果汁など、さまざまな健康食品を販売 |
9 | 舞間茶心 /花蓮県 |
自然農法にこだわった茶園。茶葉のみならず、茶パウダーを用いたポップコーンやアイスなども製造している |
10 | 卡彿魯岸 /屏東県 |
屏東県大武山にあるコーヒー農園。海外留学経験のあるパイワン族のオーナーが故郷の発展を願って創業 |
台湾に親しみを感じさせる「仕掛け」
このようにして生まれた商品は、世界各地に輸出されているが、業者は輸出先の第一希望候補として日本を挙げることが多い。味の好みや食文化が似ており、また、盛んな相互交流に裏付けされたイメージの良さもあって、受け入れられやすいという期待は小さくない。しかし、日本は市場競争が激しく、食品検疫に時間がかかったり、細かな規則が多かったりと、ハードルが高いのも事実である。
そういった状況を受け、TGAプロジェクトでは、日本市場についての情報提供のほか、各地でポップアップストアーの展開や、イベント会場での展示・販売のブースのセッティングなども請け負っている。
日本駐在のマネージャー・崔慈芳氏によれば、日本人に馴染みの薄い商品を売る際には試食コーナーを積極的に設けている。また台湾を身近に感じてもらうため、商品のほか、台湾の雑貨や日用品なども展示し、商品の背景にあるストーリーや台湾の人たちのライフスタイルも合わせて紹介しているという。
これは商品を気軽に手に取ってもらうための「仕掛け」だが、同時に、台湾への理解を深めてもらい、親しみを感じてもらう狙いもある。台湾全体の興味・関心を高め、より効果的な商品のアピールにつなげる。コロナ禍で台湾ファンの「台湾ロス」が続く現在、こういった台湾産品のアピールは、予期しなかった相乗効果を生み出している。
マーケットからパートナーへと変化する日本
台湾に限らず、生産事業者が独自に産品を刷新していくことは容易ではない。そこで、外部の専門家や業者を絡めてアイデアを採り入れ、政府がサポートをすることで新たな事業展開を実現させた。これがTGAプロジェクトだった。
副院長を務める林鑫保氏は「プロジェクトが目指しているものは単なる販売促進に留まらない」と語る。ここで生まれた台湾産品は「台湾」を代表するものであり、これを世界に向けてアピールすることを目指している。自分たちの強みを生かして商品力のアップを図り、同時に台湾全体の知名度を上げていく発想は興味深いところである。
将来的にはより裾野を広げ、小規模事業者や個人農家もプロジェクトに取り込んでいくことが計画されている。これは産業支援という側面のみならず、地域社会の活性化や就業機会の拡充などにも関わっている。自力での海外展開がむずかしい小規模ブランドを多面的に支援することで、市場が新しい産品に注目することを目指しているという。
国際関係や経済構造の変化は著しく、日本と台湾の関係、そして、両国を取り巻く環境も常に変化している。従来のような貿易相手としてではなく、双方のアイデアを交わらせ、新しい市場をともに拓いていく。マーケットからパートナーへ。これが新時代の「日台交流のカタチ」になっていくのかもしれない。
注記があるもの以外は片倉佳史氏撮影
バナー写真=高雄の老舗「舊振南」が放った話題の新感覚の郷土菓子「日日好日 華果子」。現在は季節限定商品として販売されており、好調な売れ行きを示しているという