駅弁文化は「美食の都」パリに根付くのか――秋田・大館の老舗「花善」の挑戦

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フランスのパリ・リヨン駅の構内に11月、秋田県大館市の駅弁会社「花善」の駅弁ショップがオープンした。2022年4月末までの半年間限定で、名物「鶏めし」など6種の弁当を販売する。日本の駅弁専門店がヨーロッパの駅に出店するのは初めて。コロナで大打撃を受けた駅弁業界にとって久々に明るいニュースだ。日本が誇るファストフード「EKIBEN」はパリっ子に受け入れられるのか――。

名物「鶏めし」フランス上陸

2021年11月5日早朝。パリ12区、セーヌ川北岸にあるリヨン駅構内に、見慣れぬ光景が広がった。

長距離列車や国際列車を待つ人たちでにぎわうホーム前に、「EKIBEN ToriMeshi Bento」のロゴも鮮やかに1軒のショップが出現。店頭に立つのは、赤の法被(はっぴ)姿のスタッフたち。出張先に向かうパリジャン、出勤途中のパリジェンヌ、そして旅行鞄を抱えた観光客らが思わず立ち止まる。興味津々、スマホで写真を撮る人。商品ケースをのぞきこみ、彩り豊かなおかずに見とれる人。駅弁を購入した人は早速、レジ横の電子レンジで温めている。

駅構内でひと際目立つ「鶏めし」のPOP広告、その隣には電子レンジが置かれている。 写真提供:花善
駅構内でひと際目立つ「鶏めし」のPOP広告、その隣には電子レンジが置かれている。 写真提供:花善

2013年にユネスコ無形文化財に登録され、世界的に注目されている和食。パリ市内にも日本人が経営する弁当専門店が70店ほどあり「BENTO」の人気は高いが、駅弁となるとまだ日本通以外には全く知られていない。ところが、この日リヨン駅に用意された200個の駅弁は午後5時までに完売。「パリコレなどファッションの最先端を行く一方で、古い文化も大切にするフランス。駅弁文化が根付く土壌はある」。自ら接客に精を出した八木橋秀一社長(45)は、確かな手応えを感じ取っていた。

フランス人スタッフの説明を聞きながら駅弁を品定めする旅行客。八木橋社長も法被姿で様子を見守る。 写真提供:花善
フランス人スタッフの説明を聞きながら駅弁を品定めする旅行客。八木橋社長も法被姿で様子を見守る。 写真提供:花善

創業120余年の老舗がつくる“ご長寿”駅弁

花善のルーツは、かつて大館駅前にあった「花岡旅館」。1899年11月、奥羽本線大館駅の開業に伴い、花岡旅館は弁当部を新設して駅弁の製造・販売を始めた。八木橋さんの祖父母(花岡三郎、ウタ)の代の1946年、弁当部は「花岡商店」として独立し、76年に現在の「花善」に社名を変更。八木橋さんは2012年に8代目として社業を継いだ。

駅弁界のロングセラー「鶏めし」は、その名の通り、「鶏」と「めし」が合わさって生まれた。

起源は1930年代までさかのぼる。当時、花善は鉄道省の要望で「きりたんぽ弁当」なる駅弁をつくり、列車内で販売していた。ところが、鍋料理をそのまま弁当にしていたので冷めると味が落ち、毎日売れ残ってしまう。でも捨てるのはもったいない。そこで鶏肉だけ取り出し、甘辛く煮つけて社内のまかない食として出していた。

やがて終戦を迎えると、花善は市民への配給食を担うことになった。ある日届いた食材は、ごぼう、砂糖、しょうゆ、米。いつもなら、ごぼうをささがきにして砂糖としょうゆにつけ、ご飯のおかずにするのだが、ウタさんが「面倒だから」と全部一緒に炊いてしまった。すると、これまで食べたことのない、おいしい炊き込みご飯(茶飯)ができ上がった。

1946年に駅弁の販売を再開すると、ウタさんは、この炊き込みご飯にまかないの鶏肉を載せることを思いつき、翌47年、「鶏めし」として売り出す。これがまさに飛ぶように売れた。1982年に東北新幹線の上野・盛岡間が開業するまで、奥羽本線の主役は夜行列車。大館駅に列車が停車すると、販売員が窓越しに手渡し(立ち売り)するのだが、「皆お金を先に投げ、発車後にちり取りで回収したものだ、と祖母はよく言っていました」と八木橋さん。

新幹線の開業で駅弁の売り上げが落ちると、百貨店やスーパー、観光バスに販路を広げた。リピーターの輪も広がり、JR東日本が扱う駅弁の人気投票では2015年に「鶏めし弁当」、16年に「比内地鶏の鶏めし」と2年連続で第一位の「駅弁大将軍」に輝いた。世界的な食品コンクール「モンドセレクション」でも業界初となる銀賞を受賞している。

誕生から70年以上経った今でも製法は昔のまま。機械を使わず、一つ一つ人の手でご飯やおかずを盛り付ける。八木橋さんが祖母から引き継いだ伝統の味は、リヨン駅の「鶏めし」にも息づいている。

「味付けはフランスでも一切変えていません。だってインバウンドでフランス人が日本にやって来て鶏めしを食べた時、違う味だったら嫌でしょうから」

5代目社長・花岡ウタさんの孫、八木橋秀一さん(45)は東京生まれの東京育ち。フリーターをしていた20歳の時、ウタさんから「東京に支店を出すから1年間大館で修業しなさい」と言われてやって来て、以来ずっと大館暮らしが続いている。プロレス団体で働いていたこともあり、肩にかけたチャンピオンベルトは「駅弁大将軍」受賞を記念してつくったもの。 写真提供:花善
5代目社長・花岡ウタさんの孫、八木橋秀一さん(45)は東京生まれの東京育ち。フリーターをしていた20歳の時、ウタさんから「東京に支店を出すから1年間大館で修業しなさい」と言われてやって来て、以来ずっと大館暮らしが続いている。プロレス団体で働いていたこともあり、肩にかけたチャンピオンベルトは「駅弁大将軍」受賞を記念してつくったもの。 写真提供:花善

秋田の子どもや若者に夢を与えたい

それにしても、どうしてフランス・パリで駅弁を売ることになったのか。

「駅弁文化を世界に広げたい」という八木橋さんの思いの裏には、日本の地方都市が共通して抱える問題が潜んでいた。

八木橋さんは大館市が取り組む「ふるさとキャリア教育」の一環で、9年前から毎年、市内全27校の小中学生に講話をしている。生徒たちに将来の目標や夢を聞くと、決まって出るのが「仙台や東京に出ること」。もちろん上京自体は悪いことではない。首をかしげるのはその理由だ。

「だって大館や秋田にいても何もできないから……」

そうした考えは、子どもたちだけでなく、県内企業の経営者にも多いという。

秋田にルーツを持ちながら、東京で生まれ、20歳まで東京で暮らしていた八木橋さんの考え方は違った。「私はよそ者なので、地元に根付くために秋田のことをいろいろ勉強した。学ぶべきことが東京にあるなら東京に行くべきだし、何をやりたいかによって、いるべき場所は違うんじゃないか」。そして思った。「身近な地元企業が海外に進出すれば、子どもたちも世界に目を向けてくれるのでは」

では、海外で駅弁を売るならどこがよいか。理想的に思えたのがパリだった。パリには6つのターミナル駅があり、そのうちリヨン駅など5駅は長距離国際列車が発着するEUのハブ駅。イギリスやドイツ、イタリア、スペインからのビジネス客、観光客も多い。そして何よりフランスは農業大国。駅弁の具材調達には困らない。

こうして構想を立て始めた2018年秋、ちょうど日仏交流の文化芸術イベント「ジャポニスム2018」の一環として、パリ・リヨン駅で駅弁販売イベントが開催されることになった。渡りに船とばかり花善も名物「鶏めし」で参加した。

立ちふさがった「4℃の壁」

EUは肉・魚・卵・牛乳に輸入規制をかけており、日本産の鶏肉は持ち込めない。リヨン駅で販売する「鶏めし」には、フランスなど欧州産の鶏肉が使われている。それで味が落ちることはない。むしろモンドコレクションの審査員らによれば、「広大な農場でのびのび育った欧州の鶏は、絶対に日本の鶏よりおいしい」という。

軟水の日本に対してフランスは硬水だが、これも水分を多めにして調理することで解決した。

最大の課題は「4℃の壁」だった。

フランスではサンドイッチに対する法規制が弁当に対しても適用され、4℃以下で保存・販売しなければならない。日本のコンビニエンスストアでは一般的に18℃、駅弁販売の業界ルールでは25℃だ。4℃ではご飯が硬くなる。

電子レンジを店に置けばいいのだが、それですべて解決するわけではない。というのもフランス人には電子レンジでの温めを嫌う人が多いのだ。

冷やすと水分が失われるため、あらかじめ水分を多めにしてご飯を炊かなければならない。要は、つくったときにおいしいのではなく、冷やしたときにいかにベストな状態にもっていくか。

こうして試行錯誤が続いたが、結果的に1カ月間の販売イベントは成功に終わった。1500個分の食材を用意していたが1425個が売れたのだ。

2018年、パリ・リヨン駅での駅弁販売イベントに参加した際、花善が持ち込んだ5種類の掛け紙。どんなデザインをフランス人が好むかリサーチした。 写真提供:花善
2018年、パリ・リヨン駅での駅弁販売イベントに参加した際、花善が持ち込んだ5種類の掛け紙。どんなデザインをフランス人が好むかリサーチした。 写真提供:花善

そこで分かったのは、フランス人は白飯よりも炊き込みご飯を好むこと。

「フランス人に限らず、大方の外国人にとって日本食の入口は寿司。つまり、ごはんにしょうゆをつけて食べる。その点、うちの鶏めしは、しょうゆと砂糖による味付けごはん。しょうゆを付けなくてもいいごはんなのか、すごいアイデアじゃないか!と褒められました」

高評価に勇気づけられた八木橋さんは、翌2019年7月にはパリ中心部に支店を構え、駅弁店開業に向けて弁当の製造・販売をスタート。間もなくコロナ禍に見舞われたが、逆に弁当の売れ行きはアップ。今年7月、フランス国鉄のコンペを見事勝ち抜き、リヨン駅構内での営業にこぎ着けた。

秋田の伝統食にも興味津々

開店から1カ月が過ぎた今も「鶏めし」の売れ行きは上々で、連日完売が続いている。

ところが、全く予期しなかった問題も見つかった。

1日最大300個の駅弁を提供できるよう生産体制を整えたつもりが、現状では250個が精いっぱいで、さらなるお客をみすみす逃しているのだ。

「列車内で食べる駅弁は片手で持てる大きさに」との祖母ウタさんの教えを守り、花善の折りはコンパクト。ごはんの上に具を置く“載せ弁”タイプは問題ないが、幕の内弁当の場合、おかずをきれいにそろえて詰める作業はフランス人にとって難しい。さらに「掛け紙」を正しく付けるのにも時間がかかる。

6種ある駅弁の中で17ユーロ(約2200円)と最も高価な「秋田弁当」の売れ行きが、「鶏めし弁当」に次いで多いのも意外だった。鶏めしの横にきりたんぽ、いぶりがっこなど秋田のグルメを添えた弁当だ。秋田の伝統料理に興味を持ってくれるのはうれしいが、実はこれが一番折りに詰める手間がかかるのだ。

「クリアしなければならない課題は山積しています」と苦笑しながらも、八木橋さんの表情からは、駅弁文化の“宣教師”としての充実感が伝わってくる。

売り上げの5割を占める「鶏めし弁当」(14.5ユーロ、約1890円)。米はあきたこまち。鶏肉はEUの輸入規制により欧州産だが、日本で食べる鶏めしの味の80%は再現できているという。きんぴらごぼうもフランス人に人気とか。写真提供:花善
売り上げの5割を占める「鶏めし弁当」(14.5ユーロ、約1890円)。米はあきたこまち。鶏肉はEUの輸入規制により欧州産だが、日本で食べる鶏めしの味の80%は再現できているという。きんぴらごぼうもフランス人に人気とか。写真提供:花善

秋田のグルメを盛り合わせた「秋田弁当」は、県から委託を受けて開発した新商品。田楽味噌を塗ったきりたんぽ、稲庭うどん、いぶりがっこなどが添えられている。 写真提供:花善
秋田のグルメを盛り合わせた「秋田弁当」は、県から委託を受けて開発した新商品。田楽味噌を塗ったきりたんぽ、稲庭うどん、いぶりがっこなどが添えられている。 写真提供:花善

勇気と少しのお金があれば

「海外に出ることは難しいことではありません。勇気とちょっとしたお金があればできます」と八木橋さんは言う。実際、パリの現地法人の資本金は1万ユーロで、八木橋さん個人と会社で50%ずつ捻出した。1ユーロ=130円と換算すれば、65万円ずつ出せば法人を立ち上げることができる。

八木橋さんは、半年間の出店期限が切れた後も“弁当屋”には戻らないことを決めている。駅弁製造者としてパリの各ターミナル駅の販売店へ「鶏めし」を卸すべく、目下準備を進めている。同時にフランス国鉄のホームページを毎日チェックして、7年~9年契約の常設店舗の空きも探している。

パリで「EKIBEN」「TORIMESHI」という言葉を根付かせ、コロナが明けたら多くのフランス人が「本場の鶏めしを食べたい!」と大館に来てほしい、と願う八木橋さん。その日が来たら、町中の子どもたちが「ボンジュール!」と温かく迎えてくれるはずだ。

「秋田弁当」の購入者には、大館市内の小学生らがつくったしおりをプレゼント。「鶏めし」に合うお茶を中学生たちが開発、「おしながき」は高校生たちが制作。国際教養大(秋田市)の学生たちがフランス語のネーミングと店内で流す映像を企画するなど、たくさんの秋田県人の思いが込められている。 写真提供:花善
「秋田弁当」の購入者には、大館市内の小学生らがつくったしおりをプレゼント。「鶏めし」に合うお茶を中学生たちが開発、「おしながき」は高校生たちが制作。国際教養大(秋田市)の学生たちがフランス語のネーミングと店内で流す映像を企画するなど、たくさんの秋田県人の思いが込められている。 写真提供:花善

バナー写真:リヨン、マルセイユなど南東方面のほか、イタリア、スイス方面に向かう国際列車も発着するパリ・リヨン駅。駅弁ショップとしては絶好のロケーションにある。写真提供:花善

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