いち早くブームとなった台湾で、曲がり角に立つ日本式ラーメン店

文化 暮らし

日本から海外に広がったラーメン。その中でいち早くブームが到来し、多くの日本の人気ラーメン店が進出した台湾。近年、独自のラーメンを追求する中、日本流の「日式拉麺」の真価が問われている。

「ラーメン」は、中国の麺料理が日本で独自の進化を遂げた「日本食」である。

そばの歴史は約500年、うどんの歴史は約1000年と言われているのに対して、ラーメンの歴史はまだ100年ほど。はるかに歴史の浅いラーメンが、これほど短期間に国民食として多くの日本人に愛されるようになったのは、インターネットの普及が関係している。

1995年に「Windows 95」がヒットし、パソコンが急速に普及。99年には携帯電話でのネット利用が可能となり、回線使用料の低料金化が進んだこともあり、2000年には、一般家庭の多くでインターネットが使われるようになった。

一方、全国のご当地ラーメン店を集結させてラーメン文化を紹介する「新横浜ラーメン博物館」が開業したのが1994年のこと。さらに、毎日のようにラーメンを食べ歩く「ラーメンマニア」がインターネットのフォーラムや掲示板などでつながり、全国各地のラーメン情報が加速度的に共有されるようになった。2000年頃になると、テレビや雑誌もこぞってラーメン特集を組み、「ラーメンブーム」が、ラーメンのさらなる進化に寄与した。

ニューヨークと台湾でラーメンがブームに

国民食となったラーメンは次に海外へと広がりを見せ、欧米やアジアなど多くの国と地域に日本のラーメン店が進出を果たした。さらには日本のラーメン店に触発され、世界の各地で独自のラーメンを開発する局面へと突入しつつある。その中でもいち早くラーメンブームが到来したのはニューヨークと台湾である。

台湾は元々、「哈日族(ハーリーズー)」と呼ばれる、日本の文化や食への興味・関心の高い人が多く、「牛肉麺」や「担仔麺」「麺線」などの麺料理が日常食として根付いていた。そこに、2000年前後から日本のラーメンチェーン店などが出店を開始し、「日式拉麺」の文化が定着するようになっていったのだ。

台湾で人気の牛肉麺店「林東芳牛肉麺」
台湾で人気の牛肉麺店「林東芳牛肉麺」

台湾の牛肉麺
台湾の牛肉麺

台北を中心に、「一風堂」「一蘭」「麺屋武蔵」「ラーメン凪」「太陽のトマト麺」など、日本でも高い人気を誇るラーメン店が続々と進出。当初から自己資本で出店する店もあれば、現地企業とパートナーシップを組んでの出店、フランチャイズとして技術提供のみなど、そのスタイルはさまざま。この10年で台湾のラーメン店の数は3倍以上に増えている。最近では日系企業が営むショッピングモールなどへの出店も多い。

「一風堂」
「一風堂」

「麺屋武蔵」
「麺屋武蔵」

「ラーメン凪」
「ラーメン凪」

台湾の麺料理が一杯およそ100元(日本円で300円程度)以下なのに対し、ラーメンは200元から300元が相場となっている。倍以上のお金を払ってでも、ラーメン店には多くの人が足を運び、行列ができる人気店もある。スープ、麺、具材のどれをとっても素材や製法が台湾の麺料理とは全く異なる日式拉麺。日本のラーメンブームで、クオリティーが著しく向上した最先端のラーメンが台湾へやって来たのだから、従来の麺料理との違いは明らかだった。

台湾の人に本物の日本の味を伝えたい

両親が台湾人で自身は日本国籍という鷹峰涼一さんは、東京で人気の「鷹流らーめん」を経営する。台湾の屋台料理「鶏飯(けいはん)」をヒントに考案した、鶏のうま味をたっぷりと含んだ「白鶏麺」が人気を集めている。鷹峰さんは「ラーメンを通じて、日本で台湾の味を伝えたい」と考え、自分のルーツである台湾のソウルフードの味を、日本のソウルフードであるラーメンで表現しようと考えたという。

2012年に台湾へ渡り、「鷹流台湾本店」の創業を皮切りに、次々と異なる味とブランドの店を展開。いずれも行列のできる人気店へと育て上げた。鷹峰さんが台湾でラーメン店を営む理由は、自分が育った日本の伝統的なラーメン文化を、自分のルーツである台湾の人たちに伝えたいという思いからだった。

「鷹流台湾本店」
「鷹流台湾本店」

「当時台湾で人気だったラーメン店を70軒ほど食べ歩きましたが、正しい日本のラーメンを作っているところは、ほとんどありませんでした。日本でラーメンを作っている人間からすれば、作り方や味など、あり得ないことばかりなのですが、そんなラーメンが売れている。それが“日本のラーメン”と思われてしまうのは問題だと思って、正しい日本のラーメンはこうなんですよ、ということを伝えようと思い、台湾での出店を決めました」

鷹峰涼一さん
鷹峰涼一さん

鷹峰さんはスープに惜しみなくコストをかけ、麺も小麦粉を日本から取り寄せて自分で製麺するなど、日本と全く同じ製法や味にこだわった。日本のラーメンは台湾人にとっては塩分が高く感じるため、日式拉麺を出す店の多くは日本よりも塩分を抑えているが、鷹峰さんはあえて日本と同じ塩分にした。

さらに行列での順番待ちや、ごみを床に捨てさせないなど、日本のラーメン店での営業スタイルを貫いた。スープの作り方や麺の打ち方は、隠すことなく現地スタッフに教えた。味だけでなく、ラーメンの技術や文化を伝えたいと思ったからだ。

「鷹流台湾本店」のラーメン
「鷹流台湾本店」のラーメン

「日式拉麺」が「台式拉麺」になりつつある

台湾のラーメンブームは2010年代に入り、さらに加速した。台湾でもラーメンマニアが登場し、ネット上での情報交換が活発になった。さらに、17年には台湾で初となるラーメンイベント「日本拉麺祭 NIPPON RAMEN FESTIVAL」が開催され、「一風堂」「ラーメン凪」をはじめ、「梅光軒」(北海道)「田中商店」(東京)「博多新風」(福岡)など、日本の人気ラーメン店10店舗が集結し、10日間で6万2780杯を売り上げた。

台湾で初めて開催されたラーメンイベント「日本拉麺祭 NIPPON RAMEN FESTIVAL」
台湾で初めて開催されたラーメンイベント「日本拉麺祭 NIPPON RAMEN FESTIVAL」

そもそもは、日本で人気を集めているラーメンイベントに、台湾の新聞社『聯合報』が注目。本物の日本のラーメンを台湾で紹介したいと、日本での視察を経てイベントを主催した。このイベントでラーメン店のコーディネーターを務めた小川剛さんは、17年当時の台湾のラーメンブームについて、「日本のラーメン店が続々と台湾に進出しており、台北ではブームが最高潮。その流れが台中、台南へと波及している時期だった」と語る。

「日本拉麺祭 NIPPON RAMEN FESTIVAL」では、10日間で6万2780杯を売り上げるほどの人気を博した
「日本拉麺祭 NIPPON RAMEN FESTIVAL」では、10日間で6万2780杯を売り上げるほどの人気を博した

台湾人のキミさんは元々麺類が好きだったが、10年に食べた「豚骨屋」のラーメンに衝撃を受け、1カ月に30回も通うほどはまった。それがきっかけで、日本にラーメンを食べに行くようにもなった。長い時は3カ月も滞在して、ラーメンを食べ歩く筋金入りのマニアだ。

日本に何度も足を運ぶようになって、日本のラーメン店主たちとの交流も生まれたというキミさんだが、最近台湾のラーメンが変わりつつあると語る。

「最近はあっさりして塩味が薄い台湾人の好みや食材に合わせたような、台湾流のラーメンが増えているように感じます。日本のラーメンにはないような具材が乗り、私の好きな日本のラーメンとは違ってきている」

同様の懸念は鷹峰さんも感じていた。しかし、それは台湾人の気質によるものであって、台湾に来た当初から危惧していたという。

「細かいことにこだわらないのが台湾人の気質。良い食材を使ったり、手間暇をかけるよりも、簡単に作れる方を店側は優先させますし、客も早くて安い方を好む。修業も3カ月くらいで一通り覚えたら、自分の店を始めてしまう。長く修業した人も教わった通りにやろうとはしません。僕の店で長年修業して独立した人は、とてもおいしい麺を打てるのに、自分の店では麺を打っていません。手間をかけても、その努力がお客さんには伝わらないことを知っているからです」

鷹峰さんは2021年11月末に1号店である「鷹流台湾本店」を閉める決断をした。コロナ禍でも売り上げは好調だったが、現状のスタッフでは本店のクオリティを維持することが難しいという判断からだった。今後は「鷹流東京醤油拉麺 蘭丸」など既存ブランドの強化のほか、新しいブランドを立ち上げていく予定だ。

「鷹流東京醤油拉麺 蘭丸」(鷹峰涼一さん提供)
「鷹流東京醤油拉麺 蘭丸」(鷹峰涼一さん提供)

真価が問われる「日式拉麺」の今後

日式拉麺ブームの中で生まれた「台湾流日式拉麺」の急増。ラーメンマニアを中心に、本物の日式拉麺を好んで食べる人も多いが、麺やスープに注力して高いコストをかけている日本のラーメン店の多くは、採算が合わずに数年で撤退を余儀なくされた。今、台湾ではラーメンの真価が問われている。

台湾に拠点を移した後も、定期的に日本へ戻り、最先端のラーメンに触れて感覚をアップデートしている鷹峰さん。この10年間、日本の本物のラーメンを伝えようと台湾で頑張ってきた思いは、今も全く変わっていない。

「日本ではラーメンブームで技術も味も各段に進化しました。今のままでは台湾のラーメンの成長が止まってしまいます。まずは、子供たちに味玉の作り方などを教えて、正統なラーメン文化に触れて興味を持ってもらいたい。そしていずれは正しいラーメンの技術や基本的なことを学べる『ラーメン学校』のような場所を作れたら良いなと思っています」

「鷹流東京醤油拉麺 蘭丸」のラーメン(鷹峰涼一さん提供)
「鷹流東京醤油拉麺 蘭丸」のラーメン(鷹峰涼一さん提供)

写真は一部を除き筆者撮影。

バナー写真=2019年に撮影した台中市の麗宝アウトレットモールの「北海道ラーメン館」。現在は「次郎長拉麺」と「札幌炎神」のみが営業している。

ラーメン 台湾 日式拉麺 鷹流らーめん