循環型社会に貢献:電池開発で培った生産技術が生んだ植物繊維強化プラスチック
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プラスチック樹脂と植物由来の繊維を合成した新素材
パナソニックは2021年、植物細胞に含まれるセルロースを繊維化した「セルロースファイバー」をプラスチック樹脂に混ぜ合わせた「セルロースファイバー複合材」を開発、「kinari」の製品名で実用化した。
―「kinari」の環境保全面での意義は?
従来のプラスチック樹脂はほぼ石油由来であり、最終的に燃やされて二酸化炭素となります。始めと終わりだけ見れば、石油を二酸化炭素にしているだけです。一方、樹脂が植物由来になれば、燃やされて二酸化炭素となっても、その二酸化炭素を他の植物が光合成に使って成長するため、二酸化炭素の排出量と吸収量の釣り合いはとれます。つまり、石油を使わない循環型の社会を目指せるわけです。また、近年の海洋プラスチック問題に対しても、セルロースファイバーは生分解性であるため、分解されないプラスチックの海洋流出を減らすことにつながります。
―樹脂としての性能は保てるのか?
セルロースファイバー複合樹脂には、植物の骨格となる補強繊維が入っているので、それにより強度は高まります。特に、どのくらいの力に耐えられるかを表す剛性に関しては、従来の樹脂より向上します。それは、剛性が同程度ならその分、軽量化できるということです。
デザイン面においても、木質感を表現することが可能です。基本的には熱をさほど加えずにつくれるので複合樹脂の褐色化を抑え、白色を保つことができます。
「全乾式」で製造時のエネルギー消費は4分の1以下に
浜辺氏らがセルロースファイバー複合樹脂の開発に本格的に着手したのは2015年。環境省の委託業務「セルロース・ナノファイバー製品製造工程におけるCO2排出削減に関する技術開発」を受託し、開発を加速させた。研究開発ではコア技術といえる「全乾式プロセス」を目指した。
―セルロースファイバー開発の経緯は?
2014年ごろ、国内では先行して「セルロース・ナノファイバー」という新素材が出始めていました。セルロース由来のパルプ繊維を水や添加剤などを使ってほぐし、ナノメートルレベルの径のファイバーにするものです。これを乾燥させ、樹脂と混ぜて複合材として使います。
われわれもセルロース・ナノファイバーには注目していました。同時に、ものづくりプロセスを開発するミッションも担っており、革新的な製法でさらに良い製品ができないかと考えていました。そこで、浮かんだ製法が「全乾式プロセス」でした。
―全乾式プロセスはどのような特徴をもつ製法か?
一貫して水を使わないことが特徴です。原料のパルプを乾いた状態のまま粉砕します。その後、粉砕したパルプをプラスチック樹脂と添加剤が溶解されている樹脂融液に入れてほぐし、樹脂融液の中でセルロースファイバー化します。こうしてパルプ繊維とプラスチック樹脂から、セルロースファイバー複合樹脂をつくります。製造時のエネルギー消費は4分の1以下になります。
―全乾式の発想はどうやって生まれたのか?
社内の議論から出てきたものです。われわれは以前、電池材料開発に取り組んでいました。基材に液体の電池材料を塗布するのですが、それを乾式にしようという取り組みがありました。液体を使わない乾式であれば凝集を避け、電池性能を保てます。電池から対象はセルロースファイバーに移りましたが、電池時代の「乾式」に対する研究の蓄積が全乾式プロセスにも生かされたと思います。
―言わばパナソニックの強みが生かされた?
そう思います。他にも電池材料開発のノウハウが役立った点はあります。たとえば、電池材料を粉砕する技術を研究開発する際に、そこで得られた粉砕の原理をもとに、繊維が編み込まれたパルプをどう粉砕すればよいかを考えることができました。
―セルロースファイバーの濃度向上にも取り組んでいる
2019年には濃度55%、さらに21年には濃度70%で成形できることを確認しています。高濃度で成形できる点も、全乾式の良いところです。全乾式では、ファイバーの主部は太いまま残し、先端部をほぐして細くします。主部をほぐしすぎていないので、溶融樹脂に入りやすいという利点があります。
クリーナーとタンブラーで普及に着手
2015年の本格的研究着手から4年。早くも19年には、自社製品や共同開発製品を世に出すこととなった。
―自社製品ではスティッククリーナーにセルロースファイバー複合樹脂が使われているが、その経緯は?
スティッククリーナーの軽量化に対するニーズが社内外であり、軽量化に向け、セルロースファイバーの他、ガラス繊維や炭素繊維なども候補にして、原材料を検討していました。縦置きのため、倒れても割れたりヒビが入ったりしないことが重要です。そこで強度を試験評価したところ、セルロースファイバーを添加した樹脂では、他の候補と強度で同等以上でありつつ、10%ほどの軽量化も果たせたのです。これでセルロースファイバー複合樹脂を採用することになりました。
―共同開発では、アサヒビールとタンブラーを製品化した
パナソニックもアサヒビールも東京オリンピック・パラリンピックの公式スポンサー企業であり、交流の場がありました。そうした機会に、セルロースファイバー複合樹脂で試作した容器などを先方に紹介したのです。アサヒビールも、イベントで透明プラスチック容器がすぐ捨てられてしまうことに問題意識をお持ちでした。こうして「森のタンブラー」の共同開発に至ったのです。
2019年の試作品テストイベントでは、ビールをタンブラー付きで600円で販売し、2杯目はそのタンブラーに注ぐことでビールを単品500円としました。お客さまには、記念のお土産としてお持ち帰りいただけ、廃棄物削減にもつながったとのことです。
実は想定外の効果もありました。ビールの泡立ちがよくなるのです。セルロースファイバーによりタンブラー表面に細かい溝が適度につくられ、細かい泡が生じて発泡効果が高まるようです。
―セルロースファイバーはどのような用途に適していると言えるか?
ここまで取り組んできて、向き不向きがあることは感じています。樹脂がポリエチレン・テレフタレート(PET)だと溶融温度が高いため焦げてしまいます。ポリプロピレンのような溶融温度のより低い樹脂の用途が向いています。このため、家電製品や建材として使う場合などを想定し、さまざまな検証を進めているところです。
大きなゴールへ、小さな変革を重ねていく
製品化の実例もできた。セルロースファイバー複合樹脂は普及への第一歩を踏み出したところだ。
―普及に向けての課題と抱負は?
より多種の植物由来原料を活用できるようにと考えています。綿などの植物繊維でできた服の廃材をアパレル企業などから仕入れて加工し、セルロースファイバー複合樹脂としてハンガーに成形し、店舗で活用していただくといったことは考えられると思います。
製品を採用していただくお客さまや、社内事業部などと連携しながら、一つ一つの課題を解決し、前進していきたい。なにより、当面の一番の課題はコストをいかに抑えるかです。セルロースファイバー複合樹脂のコストは、汎用樹脂に対して数倍~数十倍となっています。量産や販売の体制を整えて生産コストを飛躍的に下げ、自社向けと共に、他社にも製品を提供できる状況をつくりだしていきたいと思っています。
―究極的なゴールは?
最終的には、化石燃料に依存しない、植物を利用した循環型社会になればと思っています。それに向けて、小さな取り組みかもしれませんが、一つ一つの製品の材料を替えていくことに地道に取り組んでいきたいと思っています。
バナー写真:パナソニックで開発したセルロース・ファイバーを使用したコップを手にする同社シニアエンジニアの浜辺理史氏 パナソニック提供