台湾出身の歯科医が目撃した新型コロナワクチン接種の舞台裏

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一青 妙 【Profile】

作家・女優として活躍する筆者は、歯科医の国家資格も持つ。新型コロナウイルスのワクチン接種において、東京都港区の東京アメリカンクラブを使用した接種会場で7月から「打ち手」として奮闘している。日本政府が脱コロナのための「切り札」と位置付けるワクチン。その接種の最前線で目撃した現実と問題点を、家族のルーツである台湾のワクチン接種状況とも比較しながら紹介する。

歯科医は注射の扱いに慣れている

来場者は、その日の体温やアレルギーの既往歴についての問診票を記入し、受付を済ませる。次に医師が問診票を確認し、問題がなければ、私のような打ち手が待機しているブースに案内され、いよいよワクチン接種となる。接種を終え、急激なアレルギー反応などが起きないかを見る経過観察の間に、ワクチン接種済み証の発行と2回目の予約をする。だいたい1時間で終了する。

打ち手のブースには、接種者と自分用の椅子2脚に、長机が置かれている。アル綿(消毒用にアルコールを染み込ませた綿)、パッチ(注射跡に貼る小さなばんそうこう)、手袋、ゴミ箱……OKなどと、長机の上に必要なものが過不足なく揃っているのを確認し、着席して来場者を待つ。

接種に来た人と話す筆者(サム・ローガン氏提供)
接種に来た人と話す筆者(サム・ローガン氏提供)

歯科医である私が打ち手を希望したのも、ローガンさんと同様に、日本への危機感が大きい。連日「打ち手不足」のニュースが流れていたが、現行制度で接種行為は医師と看護師に限られている。政府は、救命救急士、薬剤師、臨床検査技師のような医療関係職種の人々にも打ち手になってもらうことを検討するようになり、真っ先にワクチン接種の担い手に認定されたのが歯科医師だった。

歯科の治療では、日頃からよく麻酔を使うので、注射を打つことに抵抗感を持つ歯科医師は少ないだろう。特に私は、抜歯のような外科系の治療が好きで注射の扱いには慣れている。ただ、ワクチンは腕への筋肉注射なので普段の歯茎への麻酔注射との違いもある。そのため事前の講習と実技研修を受け、打ち手となる準備をした。

歯科医の実技研修修了証(筆者撮影)
歯科医の実技研修修了証(筆者撮影)

入れ墨びっしりの左腕にもプスリ!

港区のワクチン接種希望者には興味深い人たちが多かった。

米国、フランス、中国、フィリピン、韓国、台湾、インドなど、とにかく外国人が多かった。大使館や外国企業が集まる港区という地域の特徴だろう。大多数は日本語を話せるが、ほとんど話せない人もいる。英語や中国語で対応すると、相手の緊張が緩み、「Thank you, Doc!」「謝謝」と笑顔で返答してくれた。外国人のリアクションは豊かで、応対するこちらも楽しくて、ついつい話し込んでしまう。

日本人にも、芸能人や高級ブランド服に身を包む人、ファッション関係らしき人、年齢不詳の「美魔女」など個性派の来場者が少なくない。親に無理やり連れられてきて、終始不機嫌な中学生の男の子もいた。両腕にアームカバーをつけた体格のいい男性が入ってきた。カバーを外した左腕には、びっしりと入れ墨が入っていて、どこに打ったらいいのか迷っていると、「どこでも大丈夫ですよ。思い切って打っちゃってください」と優しく声を掛けられた。

注射する筆者(サム・ローガン氏提供)
注射する筆者(サム・ローガン氏提供)

毎日の接種の中で、男性のほうが注射を苦手に感じる割合が高いことに気が付いた。女性の場合、たいてい「注射大嫌いなんです」と自己申告するのだが、男性の場合はメンツの問題か何も言わない人が多い。そういう人に限って、注射を打たれるとき、緊張で筋肉がカチカチになっている。なるべく緊張を解いてもらおうと、天気や食べ物、スポーツ、着ている洋服などの話題を振り、注射から注意をそらして、素早く打つのがコツだ。接種後に気分が悪くなったり、倒れたりする人の多くが、緊張やストレスによる「迷走神経反射」が原因だとされる。少しでも、リラックスした状態で受けてもらいたい。注射が好きだという人はそういないだろう。久しぶりの注射という人も多い。接種される側も、新型コロナから自分と周囲の人たちを守ろうと、覚悟を決めて来場していると感じた。

接種の順番を待つ人々(サム・ローガン氏提供)
接種の順番を待つ人々(サム・ローガン氏提供)

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一青 妙HITOTO Tae経歴・執筆一覧を見る

女優・歯科医・作家。台湾人の父と、日本人の母との間に生まれる。幼少期を台湾で過ごし11歳から日本で生活。家族や台湾をテーマにエッセイを多数執筆し、著書に『ママ、ごはんまだ?』『私の箱子』『私の台南』『環島〜ぐるっと台湾一周の旅』などがある。台南市親善大使、石川県中能登町観光大使。『ママ、ごはんまだ?』を原作にした同名の日台合作映画が上映され、2019年3月、『私の箱子』を原作にした舞台が台湾で上演、本人も出演した。ブログ「妙的日記」やX(旧ツイッター)からも発信中。

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