日本勢の五輪総括:課題多き東京五輪で見えた、新世代の躍進と1年延期の明暗

東京2020 スポーツ

緊急事態宣言下で開催された東京五輪は運営面でいくつもの課題を残したが、日本のアスリートたちは史上最多となる金27個を含む58個のメダルを獲得した。「異例」だらけの五輪で結果を残した日本勢の17日間を総括するとともに、開催1年延期による影響を検証する。

2000年代生まれアスリートの躍進

開幕前は、開催をめぐって日本国民の分断の要素にもなっていた東京オリンピック。いったいどうなるのか?と誰もが不安に思っていたはずだが、なんとか17日間の祭典が幕を下ろした。

突きつけられた課題は多い。

今夏ばかりは、運営面と競技面を分けて総括し、論じる方が妥当だと思っているが、競技面では、うれしいことに2000年以降に生まれた新世代のアスリートの躍進が著しかった。

なかでも体操競技の男子個人総合で金メダルを獲得した01年生まれの橋本大輝(だいき)は、新しい世代の象徴だ。

もしも予定通り2020年にオリンピックが開催されていたら、橋本は同じ結果を得ることはできなかっただろう。延期が決まったことで技の難度を上げてオリンピックに臨むと決め、見事にそれを結実させた。

順天堂大学で橋本を指導する冨田洋之氏(04年アテネ五輪の金メダリスト)は、橋本の1年の成長に驚きを感じたという。

「コロナ禍で大学での練習ができない状況が続いていましたが、練習が始まると、橋本のターゲット設定の明快さに驚きました。そして1年もしないうちに、自らが掲げたD難度という目標に到達してしまったことに、さらに驚かされました」

デジタル・ネイティブ×アナログの強さ

新世代の取材を通して感じるのは、彼らはまさに「デジタル・ネイティブ」であり、幼い頃から両親が試合を映像で保存しているなど、映像技術を自分のスタイルに生かしていくのが当たり前ということだ。

いまやデバイスはホームビデオからスマートフォンへと進化し、練習中も自分の演技をすぐに確認し、修正を重ねられるようになった。

ただ、それだけでは世界レベルで秀でることはできない。冨田氏は続ける。

「映像の確認の前に、橋本は練習や演技で感じたことを自分の言葉として表現できる力があるので、映像の視認に頼りがちな選手とは、成長の幅が自ずと違ってきます。映像の時代になったいま、感覚の言語化というアナログな力が強みになっています」

この指摘は興味深い。映像の発達は便利な反面、情報の共有につながって世界が平準化されてしまいやすい。そこで差をつけるのが、選手自身の言葉であり、クリエイティビティなのだ。

卓球界の常識を変えた金メダリスト

もうひとり、日本のクリエイティビティを感じさせたのが、卓球の混合ダブルスで水谷隼(じゅん)と組み、中国ペアを破って日本に卓球初の金メダルをもたらした伊藤美誠(みま)だ。

伊藤は、橋本より1年早い2000年生まれ。今大会は混合ダブルスの他にも団体戦で銀、個人戦で銅を獲得し、3色のメダルをそろえた。

卓球混合ダブルス決勝で水谷隼とともに金メダルを獲得した伊藤美誠。伊藤は女子団体で銀、個人で銅と3色のメダルをそろえた(2021年7月26日、東京体育館) AFP=時事
卓球混合ダブルス決勝で水谷隼とともに金メダルを獲得した伊藤美誠。伊藤は女子団体で銀、個人で銅と3色のメダルをそろえた(2021年7月26日、東京体育館) AFP=時事

伊藤の特徴は、その独創性にある。現代の卓球は、回転のかかりやすい「裏ソフトラバー」を使う選手が主流だが、伊藤は、回転はかかりにくいもののスピードが出る「表ソフトラバー」を使っている。ある意味、現代の卓球界においては異端である。

また、既存の戦術にとらわれないのも伊藤の強みだ。混合ダブルスでは、中国ペアとのラリー戦を避けるためあえて台に近づき、接近戦を仕掛けて中国ペアを翻弄、逆転勝ちを収めた。

質、量とも充実を誇り、08年の北京五輪から3大会連続で卓球の金メダルを独占してきた中国の壁を破ったことは大きい。伊藤のような型にはまらない選手が成功を収めたことに、日本のスポーツ界に新風が吹いたことを実感した。

伊藤とペアを組んだ32歳の水谷は、「彼女はこれと決めたら必ず強気に攻めてくれる」と、これまで中国相手には受け身に回りがちだったマインドを、20歳の伊藤が変えたことを証言している。新世代が、上の世代に刺激を与えているのだ。

今回、東京オリンピックが不完全な形でしか開催できなかったのは、昭和生まれの40代以上の敗北という面もあると私は感じている。これからの大人の仕事で大切なのは、新しい感覚を持った世代を邪魔することなく、インフラや環境を整えることだと思う。

東京オリンピックは、競技の結果だけでなく、日本のスポーツにおける文法を書きかえるきっかけにもなるのではないだろうか。

1年の延期が分けた明暗

世代交代を進めた方がいいと感じるのは、延期された1年を味方につけたアスリートが若い世代に多く見られたこともある。

体操競技では橋本だけではなく、2002年生まれで3月に高校を卒業したばかりの北園丈流(たける)。陸上競技では、トラックの男子3000m障害で7位入賞した三浦龍司も2002年生まれ(彼は順天堂大で橋本と同級生だ)。そして女子1500mで日本人としては初めて決勝に進出し、8位入賞を果たした田中希実(のぞみ)も、1999年生まれと若い。

五輪初出場の21歳、田中希実(右から3人目)は、陸上女子1500m決勝で8位入賞を果たした(2021年8月6日、東京・国立競技場) 時事
五輪初出場の21歳、田中希実(右から3人目)は、陸上女子1500m決勝で8位入賞を果たした(2021年8月6日、東京・国立競技場) 時事

三浦はコロナ禍で大学が閉鎖されている間、郷里の島根で淡々と走り込みを続けた持久力の向上が入賞につながった。田中はこの1年間、オリンピックを想定して800mから5000mまでさまざまなディスタンスを走って本番に備えた。その過程で1500m、3000mの日本記録を樹立するなど、延期を最大限に生かしたといえる。

 一方で、延期によってコンディションやモチベーションの維持が難しかった選手たちも見られた。その多くが、20代後半から30代前半と、このオリンピックでキャリアのピークを迎えるはずの世代だった。

たとえばメダルの量産が期待されていたバドミントンは、混合ダブルスの銅メダルひとつという結果に終わった。日本代表の朴柱奉(パク・ジュボン)ヘッドコーチは、その原因を「コロナによる1年延期が大きい」と推測している。

「昔から日本選手は、大会にどんどん参加すれば自信が上がる。だから、コロナで試合がなくなってしまって残念だった」と試合数の減少を嘆き、「ホームだけど、お客さんはいない。自分だけ見られていると、選手には逆にプレッシャーがあった印象を受けた」と、無観客試合が与えた影響についても言及した。

スポーツでは、運も大きな要素である。オリンピックという大きなイベントが1年延期されたことで、選手たちの人生が大きく変わったのは間違いない。良い方に変わった選手もいれば、悪い方に変わった選手もいる。

ただ、17日間のオリンピックを通して感じたのは、若い世代ほど運を引きつける力が強いということだ。彼らはコロナ禍という前代未聞の状況にも、しなやかに対応して結果を出した。

いまや世界から追われる立場になった体操の金メダリスト・橋本は言う。

「1年前だったら、僕は多分『五輪に出るため』しか努力できなかったと思います。金メダルを取ることの努力をしていなかったというか。取り組んでいたとしても、身体の状態も追いついていなかったと思います。本当に取れるのか、という不安もありました。でも、この1年で精神的な不安が取れ、身体の休養もできたので、本当にベストコンディションで臨めました」

この言葉を聞くと、金メダルは集中すべきことに集中したことへの最高のご褒美だったように感じる。

競技によって異なるが、アスリートのフィジカル的なピークは25歳前後と言われている。21世紀になって生まれた世代の選手たちの多くは、24年のパリ五輪、そして28年のロサンゼルス五輪でピークを迎える。

2021年に地元東京でのオリンピックで見せた活躍は、その前奏曲だったのかもしれない。

バナー写真:五輪初出場、20歳の橋本大輝は、体操男子個人総合と鉄棒で金メダル、団体では銀と、内村航平の後継者たる活躍を見せた(2021年7月28日、東京・有明体操競技場) AFP=時事

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