「感染拡大の予兆があれば無観客に」:五輪を前に尾身氏ら感染症専門家有志が記者会見

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斉藤 勝久 【Profile】

東京五輪・パラリンピック開催に伴う「新型コロナウイルス感染拡大リスク」に関する提言を、政府と大会組織委員会に提出した専門家有志が6月18日夜、記者会見した。「感染拡大などの予兆を察知したら、時機を逃さず無観客に」、「感染対策に協力している人たちの警戒心を薄れさせるような『矛盾したメッセージ』を流さないで」など、感染症専門家のプロの責任として強い決意で提言をまとめたことを明らかにした。

大会の中止、中断についての質問も

専門家有志の中心となったのは、政府の感染症対策分科会会長の尾身茂氏。今回はいつもの立場を離れて、感染症対策の専門家として、全国の医師、大学教授、保健所所長ら計26人で提言をまとめた。日本記者クラブ(東京都千代田区)からオンラインで行われた記者会見には、このうち尾身氏ら8人が参加した。

「なぜ大会の中止について言及しなかったのか」との記者からの質問に対し、尾身氏は率直にこう答えた。

「検討したことはあったが、菅総理大臣がG7で開催を表明したため、(その時点で)開催の有無を論じる意味がなくなった。しかし、五輪・パラリンピックは通常のスポーツイベントと比べて規模や社会の注目度で別格であり、大会開催に伴う感染拡大、医療逼迫(ひっぱく)のリスクがある。1964年の東京五輪のように満員の会場で行うことはできず、今回は規模を縮小して、様々な最新技術を駆使した『パンデミック下のスポーツ観戦と応援のスタイル』を、日本から発信していきたい」

政府などは観客について「最大1万人」という案で調整しているという。だが、尾身氏は「観客数が増えるほど感染拡大のリスクが高くなる。無観客にすれば、感染拡大のリスクは最も軽減できる。人流の増加、若い人の感染増加、医療逼迫の予兆をつかんだら、素早く無観客にすることを決定してほしい。これまでタイミングが遅れて(感染拡大を抑えるのに)失敗したことがあったが、今大会では躊躇(ちゅうちょ)なく決めなくてはならない」と強調した。

質問は大会の中断にも及んだ。「つい最近の大阪のような(感染拡大の)状況になれば、大会を続けるのは難しくなる。そういう状況になる前に予兆があると思うので、詳細なデータを見ながら、深刻な事態にならないよう努めたい」と尾身氏。

警戒心を薄れさせるメッセージは流すな

また、「矛盾したメッセージ」が流れないようにと、尾身氏は何度も繰り返した。例えば、観客がいる中での深夜まで続く試合は、営業時間短縮や夜間の外出自粛などを守っている市民にとって、「矛盾したメッセージ」となる。応援イベントや路上などで飲食しながら盛り上がる人々の映像も、感染対策の警戒心を自然と薄れさせることとなり、影響は大きいと警告した。

会見の最後に、尾身氏は国民にこう呼びかけた。「オリンピック、パラリンピックをやるわけですから、政府・組織委の人々はすでに感染リスクを十分認識していただいていると思います。しっかりとした認識をもとに、リーダーシップを発揮して感染対策を十分とっていただきたい。そのことが一般市民に伝わると思いますので、組織委、国、自治体、そして市民が一体となって、何とかオリンピックをやっても感染が起こらないで終わってほしい。そして、その後の10月、11月に多くの人がワクチン接種を終えるまでつなげられたら、と私は願っています」

政治家のいない会場で、感染症対策の専門家が本音を語りながら、プロフェッショナルの責任で国民に団結を呼びかけた。

バナー写真:日本記者クラブ(東京都千代田区)で東京五輪・パラリンピックに関する提言について説明する尾身茂氏(右から2人目)ら専門家有志 ロイター/アフロ

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    ジャーナリスト。1951年東京生まれ。早稲田大学政治経済学部卒業。読売新聞社の社会部で司法を担当したほか、86年から89年まで宮内庁担当として「昭和の最後の日」や平成への代替わりを取材。医療部にも在籍。2016年夏からフリーに。ニッポンドットコムで18年5月から「スパイ・ゾルゲ」の連載6回。同年9月から皇室の「2回のお代替わりを見つめて」を長期連載。主に近現代史の取材・執筆を続けている。近著に『占領期日本三つの闇 検閲・公職追放・疑獄』(幻冬舎新書)。

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