
東京五輪:リスク低減はワクチン次第「有観客も可能」、問題は競技場外のお祭り騒ぎ-コロナ分科会の小林委員
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判断基準は感染ステージだけではない
-緊急事態宣言の下で東京などの新規感染者は確かに減少しているが、現状をどう評価していますか。
ワクチン接種もかなり進んでいるし、新規感染者も減っているので、いい方向とは思うが、下げ止まる可能性は高い。東京都では1日100人まで行かずに、300人前後で下げ止まる可能性があると思う。人流が増え始めているし、変異株はかなり感染スピードが速い。感染者がまた増え始める可能性はあるので、油断はできない。
-新型コロナ分科会の尾身茂会長が五輪に対する考え方をまとめると公言しています。どういう方向でまとまりそうですか。
分科会本来の仕事は、五輪の開催の可否を決めることではない。分科会が提言するのは、五輪を開催するとしたら、その時にステージがどのレベルにあるならば、何が起きるのかリスク評価として政府に提言することになるのではないか。
-最悪ケースのステージ4(感染爆発段階)だと、どうなりますか。
あまり詳しくは言えないが、当然ステージ4だと、大変医療がひっ迫している状況の中で、さらに五輪を開けば、もっと医療は大変なことになるとは言える。
-ステージ2(感染漸増段階)だったら安心して開催できますか。
ステージの考え方も、ワクチン接種が進む中で、今まで通りでいいのか議論しないといけないと私は思う。ステージ2、3とか、今まで通りに感染者の数で決めていいのか。ワクチン接種すると、感染はするけど、重症にならない場合がある。重症者が少なければ、医療崩壊が起きない。感染者が仮に多くいたとしても、医療に対してプレッシャーがかからないのであれば、あまり困ったことではないという考え方もある。
緊急事態宣言発令中の10都道府県の医療ひっ迫具合(6月4日更新)
病床使用率 | 入院率 | 重症患者の病床使用率 | |
---|---|---|---|
ステージ3 | 20%以上 | 40%以下 | 20%以上 |
ステージ4 | 50%以上 | 25%以下 | 50%以上 |
北海道 | 53.5 | 14.5 | 38.6 |
東京都 | 33.9 | 41.2 | 41.8 |
愛知県 | 62.4 | 参考20.6 | 65.1 |
京都府 | 42.4 | 25.5 | 27.9 |
大阪府 | 52.6 | 16.8 | 40.4 |
兵庫県 | 51.9 | 43 | 66.2 |
岡山県 | 51.6 | 48.4 | 31 |
広島県 | 68 | 36.2 | 46.4 |
福岡県 | 67.2 | 参考27.5 | 43.6 |
沖縄県 | 99.7 | 22.7 | 86.3 |
出典:厚生労働省
人流の問題は観客ではなく、一般国民の行動
-ワクチンは確かに大きな武器ですが、ステージ3(感染急増段階)でも観客を入れられるとお考えですか。
東京財団政策研究所の研究員が現在、スタジアムに観客を入れた場合の感染への影響をシミュレーションしている。結論を言うと、観客を入れてもほとんど感染状況に影響しない。例えば、国立競技場に定員の半分の3.5万人を入れたとしても、ほとんど東京都の感染を増やすことにはならない。競技場内は、(外部と遮断した空間を作る)「バブル方式」なので、アスリートと観客間の感染は起きないと考える。ただし、観客同士の距離を保った方がいいので、フルではなく、半分ぐらいにして客席の間をあけることが必要だ。
感染状況にほとんど影響がないのは、人数規模がそもそも小さいからだ。ほかの競技場を全部合わせても1日当たり最大で観客は30万人。東京都内外の往来人数は1日970万人もあり、五輪の観客は相対的にものすごく少ない。仮に感染があったとしても、無視できるぐらい小さい。ステージ2でも3でも、観客を入れるかどうかはそんなに違いはないと考えている。
-尾身会長は「人流」を大変、懸念していますが。
問題は競技場に来る観客ではなく、五輪で盛り上がって都内で一般の人が飲食店に繰り出してお祭り騒ぎすること。それは大変なことになる。お祭り騒ぎになって一般の人が飲食店でパーティーをしたり、パブリック・ビューイング(PV)をやったり、スポーツバーで騒いだりするのはやめてもらう必要がある。シミュレーションによると、観客よりも一般人が騒ぐと感染が非常に増えるという結果だ。
バブル方式は完璧か
-海外からアスリートや報道関係者らが約7.8万人も来日します。「バブル方式」は外部と遮断空間を作るものですが、完璧に穴のないバブルは可能でしょうか。
バブル方式でちゃんと接触を断つことが、どこまでできるか確かに疑問がある。ただ、多くの国の選手や大会関係者、先進国の報道関係者はたぶん、ほとんどワクチンを接種してくる。その人たちを媒介して、感染が日本に広がるとか、あるいは日本からその人たちに感染させて、海外に広がるというようなことは、ワクチン効果によって抑えられるのではないか。バブルがちょっとうまく行かなくても、かなり抑えられるのではないかと期待している。
-世界中から変異株を呼び込み、新たな「東京株」が生まれる恐れを、尾身会長は指摘しています。
そういう問題はあり得ると感染症学の人たちは言っている。いずれにせよ競技すれば、選手間の接触はどうしてもある。しかし、ワクチン接種などで、そもそも人にうつしにくいし、感染しない状態で来日する。PCR検査もしょっちゅうやる。変異株がどんどん集まってきて、さらに変な物が出るというのは理論的にはあり得るが、確率的には少ないと思う。
-ワクチンの効果はうつされても発症しないで済む「守り」だと思うのですが、人にうつさない効果もあるのですか。
感染防止効果も少しあるらしいということが、尾身先生や分科会でも言われてきている。重症化防止だけでなく、感染防止の効果もあるらしい。
ワクチン接種、目標達成は困難
-いずれにしてもワクチン接種が進んでいれば、医療への負荷はそんなに恐れる必要はないということですね。
例えば沖縄では感染者は非常に増えているが、重症者は増えていない。ワクチンが行き渡った島では、高齢者介護施設でのクラスターは起きていない。感染しても重症化しないということが報告されている。全国で高齢者接種が7月末までにある程度進めば、重症者の数は相当に減るだろう。
-20日に緊急事態宣言が解除されると、開催までわずか1カ月余りしかありません。新規感染者を増やさず、ワクチン接種を進めないといけない。この1カ月は大事になりますね。
がんばるべきポイントはワクチン接種をいかに早く、特に五輪関係者にやるということだ。日本人選手や関係者(警備員、警察官)は接種することになっているが、ボランティアについては、まだ接種が正式には決まっていない。五輪で人が集まる時にクラスター発生源にならないようにするには、関係者やボランティアも含めて広く接種する必要がある。
-高齢者のワクチン接種はペースが上がってきたとはいえ、目標通り7月末までに2回接種を完了できそうでしょうか。
全国の高齢者は約3600万人。2回接種で計7200万回を打たないといけない。せいぜい5000万回は行ける気がするが、7200万回はちょっと難しい気がする。(注:6月7日時点で高齢者接種回数は985万4167回)
-ワクチン接種はリスクの高い高齢者優先で進められていますが、変異株なので、中高年層も感染し重症化しやすい。この年齢層は盲点になっていませんか。
そこは確かに心配。変異株だと30~50代の重症化も起きやすい。高齢者よりも少ないと思うが、増える可能性がある。しっかりと感染防止対策をやらないといけない。
-あとは自己防衛、行動変容でなんとか守るしかないですね。
五輪は夏なので、その後にお盆が来るし、パラリンピックもある。人があちこち動いたり、飲食、パーティーの機会が増えたりすると感染は広がる。ワクチンが全員に行き渡るのは秋から冬までかかると思うので、7、8月は飲食を控え長距離移動も控える必要がある。
「自主研究」とは言い過ぎ
-この間、政府は国会答弁で「安心安全」などと言うだけで、その根拠を明らかにしておらず、分科会の提言は期待されています。提言に至った経緯や考え方を教えてください。
分科会として提言が出るかどうか分からず、「有志」の提言になる可能性もある。どういう形で収まるかは分からない。五輪の開催可否については分科会の所掌ではない。五輪を開催した場合にどんな感染リスクがあるかとか、どんな感染症対策を一般社会でやらないといけないとかが分科会の仕事だ。五輪が近づいてきたので、リスク評価を世の中に示していかないといけない。分科会の本来の仕事だから、きちんと提言していこうということだ。
衆院厚生労働委員会で答弁する政府の新型コロナ対策分科会の尾身茂会長(時事)
-田村憲久厚労相は、分科会のリスク評価を「自主研究」として、公式採用はしないと言っています。こういう姿勢をどう思いますか。
尾身先生の(国会での)言い方がやや分科会の範囲を超えたように受け止められ、反発を受けたのかもしれない。それにしても「自主研究」といって、提言を受け取らないかのような言い方はちょっと言い過ぎではないか。人流を抑制する、期間中に感染防止のため、酒の提供やPVをやめてもらうとかが必要だと分科会が言ったとすれば、政府にはちゃんと聞いてもらう必要がある。
アフターコロナの不良債権問題
-ワクチンが全国民に行き渡るのは秋から冬とのことですが、その間に感染が再拡大したら、また休業・時短要請しないといけないかもしれません。経済は相当危機的な状況なので、心配です。
もう既に心配。かなりひどい状態だ。協力金を増やす手もあるが、基本は無利子・無担保融資で資金繰りをつなぐというのがメインの政策だ。今後、ワクチン接種が進んで、コロナが収まった後、積み上がった借金をどうするかということは今から考えないといけない。返済が始まると、中小の飲食業、旅行業はあきらめて倒産してしまうので、借金をある程度免除しないとどうしようもない。コロナ関連で不良債権はラフに言って10兆~20兆円発生するのではないか。その分は免除せざるを得ない。
中小零細企業に融資している地域金融機関が債務免除すると、損失が出るので、(国が)金融機関に資本注入する。経営責任を追及しないで、資本注入する必要があると思う。損失を銀行にかぶってもらうのは難しい。政府の要請で、政策として無利子・無担保融資をやっているのだから、政府が支援しないといけないと思う。
-最後に、厳しい環境の中で制限を受けながらも五輪を開く意義について考えを聞かせてください。
スポーツをやる人の努力を考えると、五輪をやれる環境ならば、やった方がいいと私は思う。対策をしっかりやって五輪のようなかけがえのない価値を選手や応援する人たちに与えてくれる大切なイベントはなるべくやった方がいい。
(インタビューは6月7日に行った)
バナー写真:国立競技場(左)と緊急事態宣言で閑散とする那覇市国際通り付近の飲食店街(右)=共同