電気自動車戦争:日本車メーカーは勝者になれるか?
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EV販売台数トップ16の日本車は1台のみ
急成長を続ける電気自動車(EV)の国際市場にあって、日本車メーカーの地位が相対的に後退している。たとえば2020年のEV販売台数でトップ10に食い込んだ日本車は日産リーフのみ。その順位にしても19年の3位から7位へと転落するなど、ジリ貧状態となっている。はたして、今後さらに激化する“EV戦争”に日本車メーカーは勝ち残っていけるのか、検証してみた。
先に断っておくと、ここで言うEVと電動車は別物。一般的に言って、EVはバッテリーに蓄えた電力でモーターを駆動して走行する自動車のことで、BEV(Battery Electric Vehicle)やピュアEVとも呼ばれる。
一方、電動車は電気モーターで駆動力を得る自動車の総称で、エンジンと電気モーターの両方を搭載したハイブリッド車(HV)やプラグイン・ハイブリッド車(PHV)のほか、EV、燃料電池車(FCV)などが含まれる。なお、EVとFCVは走行中にCO2を排出しないことから、これらをまとめてゼロ・エミッション・ビークル(ZEV)と呼ぶこともある。また、国際的な統計の多くはEVとPHVをプラグイン車としてひとくくりにしているが、ここではEVのみのデータを抽出して論じる。
2020年EV世界販売車種別ランキング
順位 | 車種 | 国籍 |
---|---|---|
1 | テスラ Model 3 | 米国 |
2 | 五菱宏光 Mini EV | 中国 |
3 | ルノー Zoe | フランス |
4 | テスラ Model Y | 米国 |
5 | ヒュンダイ Kona EV | 韓国 |
6 | フォルクスワーゲン ID.3 | ドイツ |
7 | 日産 リーフ | 日本 |
8 | アウディ e-Tron | ドイツ |
9 | 上海汽車 Baojun E-Series | 中国 |
10 | 長城汽車 ORA R1 / Black Cat | 中国 |
11 | 広州汽車 Aion S | 中国 |
12 | 比亜迪 Qin Pro EV | 中国 |
13 | フォルクスワーゲン e-Golf | ドイツ |
14 | 上海汽車 MG eZS EV | 中国 |
15 | 奇瑞 eQ | 中国 |
16 | 起亜 Niro EV | 韓国 |
米『EV Sales』が公表した2020年年間EV販売台数ランキングから、PHV(プラグインハイブリッド)を除いた、ピュアEVのみを抽出して作成した
まず、国際的なEV市場を俯瞰(ふかん)してみる。
現在、世界のEV市場をリードしているのは中国で、続いて欧州、米国の順。ちなみに2020年度の販売台数は中国が100万台、欧州が72万台、米国は25万台となっている。
このうち、20年の成長率がもっとも高かったのは欧州で、前年比で112%もの伸び率を示した。
もっとも、その最大の理由はEV購入時の補助金が増額されたことにあるというのが一般的な見方だ。たとえばドイツでは、従来3000ユーロだった連邦政府負担の補助金が倍増されて6000ユーロとなり、自動車メーカー負担分の3000ユーロと合わせて9000ユーロ(約120万円)もの補助金が支給されることになった(車両価格4万ユーロ以下の場合)。この補助金制度は20年末までの期間限定で実施された。
同様にフランスでも20年6月に期間限定の補助金制度をスタート。こちらは従来よりも1000ユーロ多い7000ユーロ(約92万円)がEVを購入、もしくはリースした個人に支払われる(車両価格が4万5000ユーロ未満の場合)。
欧州市場で存在感を増す欧州製EV
いずれの場合も、コロナ禍における自国の自動車産業を保護する意味合いが強く、結果的に欧州市場では欧州製EVの販売が急伸。ランキングトップのルノー Zoeをはじめとして、トップ10に6台の欧州製EVが名を連ねている。この結果、乗用車全体に占めるEVのシェアは前年の2.6%から7.3%へと飛躍的に伸びた。
世界最大のEV市場である中国も、政府の後押しによってEVの販売台数を伸ばしてきた。中国政府は2012年より省エネルギー自動車を対象とする支援策を開始。もっとも、その目的は環境保護に加えて、自国の自動車産業振興にあり、補助金が支給される“新エネルギー自動車(新エネ車)”は実質的にすべて中国製とされる。当然、中国EV市場で販売が好調なのは、いずれも新エネ車の補助金が支給されるモデルばかりという状況になっている。
これを裏付けるかのように、2019年に中国政府が補助金の支給基準を厳しくしたところ、新エネ車の販売は前年度実績を下回り、EVの普及が補助金頼みだったことが改めて露呈した。ところが、2020年は現地生産が軌道に乗ったテスラ Model3の販売台数がそれまでの5倍近い約14万台へと増えたことに加え、7月に発売された五菱宏光 Mini EVが5カ月足らずで約12万台を販売したことが、EV全体の販売台数を押し上げる原動力となった。ちなみに五菱宏光 Mini EVは50万円を切る超低価格EVとして注目されている。
一方の米国では、EVやPHVの購入者を対象に、連邦税を最大7500ドル(約90万円)控除する振興策を実施してきたが、補助金が支払われるのは、EVの累計販売台数が20万台に達していないメーカーのみ。しかし、テスラもGMもEVの累計販売台数が既に20万台を越えており、テスラとGMのEVを購入しても、補助金は手に入らない。にもかかわらず、販売台数のトップ5がテスラとGMの製品によって占められているという事実は、アメリカのユーザーは補助金を期待してEVを購入しているわけではない、とも考えられる。
いずれにしても米国ではEVの売れ行きは鈍化しており、2020年の成長率は対前年比で1.8%。2019年は1.4%だった。
EV普及のカギを握る中国と欧州の動向
では、中国と欧州ではEVの販売台数が今後どのように伸びていくと予想されているのか?
中国政府は2020年11月に「新エネルギー自動車産業発展計画」を発表。35年までにEVを新車販売の“主役”にするとの目標を掲げた。はなはだ不明確な目標だが、25年に関しては、新車販売台数に占める新エネ車の比率を20%前後に引き上げると言明している。そのため、その後の10年でEVの販売台数が過半数を占めるとは考えにくく、中国政府は「EVがエンジン車やHVをしのいでもっとも多く売れる状況」を目指しているものと推測される。
欧州では、20年12月にEU議会が「2030年までに少なくとも3000万台のZEVがEU域内を走っている状況を目指す」という目標を掲げたところ、欧州自動車工業会(ACEA)の事務局長が「残念ながら、このビジョンは現実とはかけ離れたものだ」とコメントして話題を呼んだ。
ちなみにACEAの調査によれば、EU域内を走る乗用車の総数は2億4300万台で、このうちの約0.25%にあたる61万5000台がZEVだという(19年の統計)。ここから11年間で3000万台まで増やすには、毎年EU圏内で登録されるおよそ1500万台の乗用車のうち、17%をEVにすればいい計算になる。しかし、それさえ「現実からかけ離れている」と欧州の自動車産業界は捉えているのだ。
桁違いに少ない日本のEV販売台数
では、わが国はどうか。
2020年のEV販売台数はたったの1万4604台。中国の100万台、欧州の72万台、米国の25万台にとうてい及ばないばかりか、人口一人あたりの販売台数でも桁違いに少ない。
ただし、日本でEVが売れない理由を見つけ出すのは難しい。たとえば、国の補助金である「CEV(クリーンエネルギー自動車)補助金」(EVやPHVをはじめとするCEVを購入した場合、国や自治体から補助金の交付を受けることができる制度)では、最大で42万円支給される。そのほかにも様々な補助金や支援策が用意されているので、これだけが売れない理由とは考えにくい。
また、公共充電施設の数でも日本は欧州諸国並みの水準にある。おそらく、日本市場にマッチしたEVが少ないことや、自宅に充電設備を設置できる態勢が整っていない日本の住宅事情や、日本人らしい慎重なクルマ選びなどの要因が複合的に絡み合って、「EVが売れない」状況を作り出しているのだろう。
一方で、日本車メーカーが積極的にEVを手がけてこなかったのも事実である。量産型EVでは三菱が世界に先駆けて06年に軽自動車枠のi-MiEVをリリース。10年には日産がリーフを発売したが、どちらも期待された成功を収めることができず、i-MiEVは21年3月をもって販売を終了。リーフも昨年のグローバルな販売台数は5万5000台ほどに留まっている。
日本でEV普及が進まない原因は、HVの成功体験?
なぜ、日本車メーカーは欧米や中国の自動車メーカーに比べてEVへの取り組み方が消極的なのか?
その大きな理由として、長年HVを大量に販売したことで、すでにCO2削減に貢献してきたという自負があるように思う。たとえば、トヨタは2018年4月までに累計で1200万台ものHVを販売し、9400万トンのCO2削減に役立ったと説明する。
とはいえ、20年以降の気候変動に関する国際的な枠組みを定めたパリ協定によれば、50年までにカーボンニュートラルな社会を実現することが求められている。こうした目標を達成するうえでEVが中心的役割を果たすとの予想に異論を唱える向きは少ない。したがって、日本の自動車産業界も今後はEV推進へと急速に舵を切っていくことになるだろう。
日本車メーカーがEV戦争を勝ち抜くポイント
筆者は、日本車メーカーが今後EV戦争を戦っていくうえで重要となるポイントが3つあると考える。それは(1)競争力の高いEVを開発するための技術力、(2)国際的な需要を十分にまかなえる生産体制、(3)魅力ある製品を生み出す企画力、である。
このうち、(1)に関してはあまり心配していない。なぜなら、日本車メーカーの多くはエンジンと電気モーターを協調制御するHVを手掛けた経験があり、このノウハウを活用すれば、電気モーターのみで走行するEVの開発はさほど難しくないと考えられるからだ。
ただし、(2)と(3)に関しては不安材料がある。とりわけ(2)については、今後大量に必要となる高性能バッテリーをどうやって用意するのか、そして欧州を中心に議論が活発化しているライフ・サイクル・アセスメント(LCA。製品の製造、使用、廃棄というすべての段階においてカーボンニュートラルの実現を目指したもので、自然エネルギーによる発電が必須とされる)にいかに対処するのかについても課題が残る。
(3)も難しい問題だ。これまで小型・軽量で高い信頼性やコストパフォーマンスの高さを武器に国際市場で評価されてきた日本車だが、市場がEV中心となることで、これまで築いてきたノウハウの多くがリセットされる恐れがある。そうしたなかで、優れた国際的競争力を備え、消費者に強くアピールする製品を世に送り出せなければ、EV需要を喚起することはできない。LCAに伴う高コスト化の可能性も含め、「新しい日本車のあり方」を熟慮する必要がありそうだ。
EVへの転換はパラダイムシフト
では、日本車メーカーはEV戦争に勝ち残っていけるのだろうか?
前述のとおり、乗用車市場全体の中で、国際的なEV市場はまだまだ小さく、しかも需要の創出は各国政府の補助金頼みという様相が強い。また、日本車メーカーはHVを製品化する過程でEVの製品化に必要な技術を獲得しており、現時点という断面で捉えれば、国際的競争力は決して低くはない。つまり、日本車メーカーがEV戦争に勝ち抜く可能性は十分にあると考えられるのだ。
ただし、油断は禁物である。欧米中の主要メーカーは、エンジン車からEVへの転換というパラダイムシフトを、自社シェアを拡大する絶好のチャンスと捉えている。しかも、彼らには自国政府の後押しもある。したがって、日本の自動車産業界も現状に甘んじることなく、産官学が連携してこの難局に当たることが必要不可欠だろう。
バナー写真:日産自動車のEV、日産リーフ e+G(日産自動車提供) 時事