覚醒した野球小僧——メジャー4年目の大谷翔平が今季「二刀流」に開眼した理由とは
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ベーブ・ルース以来100年ぶりの快挙
ロサンゼルス・エンゼルスの大谷翔平が、4月26日(日本時間27日)、テキサス州アーリントンで行われたテキサス・レンジャーズ戦に「2番・投手」として出場。2018年5月20日のタンパベイ・レイズ戦以来、1072日ぶりの勝利を挙げた。
投手として5回3安打4失点9奪三振、打者としても3打数2安打2打点3得点と活躍し、「本物の2WAY−PLAYER」として、日本だけでなく、米国内でも大きく報じられた。
この試合の開始時点で、大谷はリーグトップタイの7本塁打を記録しており、1921年6月13日のベーブ・ルース(ニューヨーク・ヤンキース)以来、実に100年ぶりとなる本塁打リーグトップの先発投手として白星をつかんだ。当時のルースは、5回5安打4失点で勝利を挙げており、大谷の成績との共通点も注目された。
投手として一回に4失点しながらも、二回の打席ではタイムリー二塁打を放ち、2打点を挙げた。同点に追いついた後は別人のような投球内容で無失点。点を取られても、自らのバットで取り返した。
まさに、ルースと同じように、打って、投げる。2WAY−PLAYERとしての真骨頂だった。“ショータイム”と呼ばれた一戦を終えた大谷は、試合後、偉大なレジェンドと比較されることについて、笑みを浮かべながら言った。
「そういう選手を引き合いに出してもらえるのは、すごくうれしいと思います。その時代は生きていないので分からないですけど、もちろん5回無失点とか、6回無失点というのを目指してやっているので……。偶然は偶然として、もっともっと良くなるようにやりたいです」
現地メディアやファンの注目度も急上昇
大谷の活躍を、米国のメディアも衝撃的な試合として伝えた。
AP通信が「100年前のルース以来となる投打のショーだった」と伝えたのをはじめ、MLB公式サイトやCBSスポーツは「歴史を作った」と速報し、ロサンゼルス・タイムズ紙は、初回に4失点しながら復調した勝利に「大惨事から極上へ」との見出しで報じた。
同じグラウンドに立つ対戦相手や同僚選手は、メジャーのレベルの高さやプレーする難しさを知るだけに、大谷に対する尊敬の思いを口にした。
大谷に圧倒されたレンジャーズのクリス・ウッドワード監督は「とんでもない選手。投打であんなことができる選手なんて他にいない」と、驚きを隠そうとしなかった。
通算3000安打、600本塁打を達成し、将来の米国野球殿堂入りが確実視される同僚アルバート・プホルス内野手は「彼がここまでやり遂げていることは、ただ信じられない」と、最大級の賛辞を送る。
バッテリーを組むカート・スズキ捕手も「彼はとんでもないアスリート」と、野球選手としての希有(けう)な才能に感嘆するばかりだった。
野球の発祥国で「国民的娯楽」として目の肥えたファンが多い米国内でも、大谷の存在感は一気に高まってきた。MLB公式ホームページが大谷の映像を配信するたびに、ファンの間からは「今まで見てきた中で最も楽しませてくれる選手」「彼が野球を楽しんでいるのが分かる」などの声が相次いで寄せられる。
また、自らが打ったファウルチップが捕手を直撃した際、「ゴメン、大丈夫かい?」と声を掛けたり、投手ライナーを好捕した直後、相手打者に笑顔で「ソーリー」とおどけたりする姿に、多くのファンが「礼儀正しいヤツだ」と反応するなど、その人間的な魅力も伝わり始めた。
この春の時点では新型コロナの影響により本拠地エンゼル・スタジアムは観客の入場制限を行っているが、いつか満員になる時の盛り上がりはスーパースター級になるに違いない。今後はオールスター選出、グッズ売り上げ記録なども話題になるはずだ。
大谷の能力を見抜いていたマドン監督
もっとも、大谷の2WAY−PLAYERとしての資質は、最初から認知されていたわけではなかった。2018年、エンゼルスに入団した直後は、米国内で懐疑的な声も聞かれた。
たとえ投手として時速100マイル(約161キロ)以上の速球を投げ、打者として430フィート(約131メートル)を超える本塁打を放つ潜在能力があったとしても、その両方を同時に継続させることは極めて難しい。日本プロ野球(NPB)時代のレベルでは可能でも、メジャーでは不可能――。そんな意見が大多数だった。
実際、2018年は打者としての成績が認められ、新人王に選出されたものの、投手としては途中離脱し、オフシーズンには右肘のトミー・ジョン手術(肘内側側副靱帯再建手術)を受けることになった。打者に専念した2019年の9月には左膝蓋骨の手術を受け、2020年は投手としてわずか2試合の先発、打者としても打率.190、7本塁打、24打点と低調に終わった。
そんな大谷の「本物の2WAY−PLAYER」としての希望を後押ししたのが、就任2年目のジョー・マドン監督だった。1年目の2020年は、大谷がリハビリの過程だっただけでなく、コロナ禍で行動規制や練習時間も制限されたこともあり、投打ともに慎重な起用法に終始。その一方で、大谷の特殊な能力を見抜いていたマドン監督は、タイミングを見計らっていた。
迎えた2021年。MLB4年目の大谷は、ほぼ万全の体調で春季キャンプを迎えた。3月のオープン戦で、マドン監督は毎日のように大谷の体調を確認したうえで、投打両面でプレー機会を与えた。過去3年間は、登板前日と翌日は休養日との共通認識があったが、それらのリミッターも解除した。さらに、登板日にDHを解除し、「1番・投手」「2番・投手」をテストするなど、着々と公式戦への準備を進めてきた。
開幕4戦目の4月4日(シカゴ・ホワイトソックス戦)では、「2番・投手」で出場し、投手として一回を無失点で切り抜けると、その裏の第1打席で右中間へ特大の本塁打をたたき込んだ。勝利投手は逃したものの、大谷の可能性を最大限に引き出すための、新たな試みが本格的にスタートした。
5月11日(ヒューストン・アストロズ戦)の登板では、今季2勝目こそならなかったが、7回1失点10奪三振の快投で防御率は2.10までアップ。さらに「投球回20イニング以上かつ、野手で20試合の先発出場(1試合3打席以上)」の条件を満たし、「投手」登録から昨季新たに導入された「2WAY–PLAYER」登録への切り替えが可能となった。
マドン監督自身、大谷のプレーを「見ていて楽しい」と話し、さらにこう続ける。「彼のプレーには、ものすごくエナジーがある。エキサイトし、よく笑い、熱中しているよ」
今季の好調の秘訣
4月を8本塁打と好スタートを切った理由として、大谷の言葉通り「体調面で不安がないのが大きい」ことは言うまでもない。その一方で、打席内での積極性が、好結果につながっている。昨季約29%だった初球スイング率が、今年4月は約45%に上昇。実際、10本塁打中8本(5月12日現在)が2球目までに仕留めたもので、「好球必打」の姿勢が本塁打量産に拍車をかけている。
投手としては、左膝の不安が解消されたことで投球フォームが安定し、速球の軌道に角度が加わり、変化球のキレも増した。
ただ、ルース以来の快挙とはいえ、メジャー移籍後、大谷は2WAY−PLAYERとしてフルシーズンでプレーした経験がない。シーズン終盤、疲労が蓄積すれば、同じようにプレーできるとは限らない。
それでも、大谷自身は無用なプレッシャーを感じていない。
「僕は頑張りたいと思っていることを頑張っているだけで、仕事という感覚はないです」
大谷が日本で在籍した北海道日本ハムファイターズの栗山英樹監督は、かつて大谷のことを「野球小僧」と呼んだ。
リトルリーグの子供たちと同じように、投げて、打って、走り回る――。
エキサイトし、よく笑い、熱中する、大谷の姿が、世界中の野球少年少女の夢をかなえ、希望を与えていることは間違いない。
バナー写真:4月26日(日本時間27日)、今季3回目の登板となるテキサス・レンジャーズ戦で勝利を収めた大谷 時事