賞金女王レースに急浮上! 女子ゴルフ界の「超新星」稲見萌寧:その強さの秘密
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6年間1日も休まず練習場通い
2021年序盤の稲見萌寧の目を瞠(みは)るような活躍に接すると、言い古された教訓ではあるが、「努力は人を裏切らない」という言葉の重みを改めて感じる。
彼女は周囲の誰もが「本当によく練習をしますよ」と口をそろえる文字通りの練習の虫だ。その姿勢は9歳でゴルフを始めた時から一切ブレることがない。
中学1年の時に、少しでも多く球数を打てるようにと東京・豊島区から、練習環境に恵まれた千葉県内へ家族で引っ越した。それから高校を卒業するまでの6年間、1日も休まず練習場に通ったと聞く。
練習拠点を置く千葉・北谷津ゴルフガーデンの所属で、彼女を子どもの頃から知るシニアプロの篠崎紀夫は「とにかく休まなかったですね。3日練習をしなかったらどうなるんだろうなと思うくらいでした。彼女くらい練習する子はいなかったと思います」と明かす。
ゴルフ漬けの生活は、18年に19歳でプロテストに合格してからも全く変わらなかった。普通の選手なら優勝した翌日などは休養に充てたりするが、彼女はよほどのことがない限りトレーニングや練習に時間を割く。3月の明治安田生命レディスヨコハマタイヤで優勝した直後の月曜日も、午前7時頃に起きて午前8時半からトレーニングを行っていたほどだ。
練習できないストレスで体重減?
2020年、海外のメジャー大会に出場して帰国した際、新型コロナウイルスの感染予防対策のため、2週間の隔離生活を余儀なくされたことがあった。
「普通は2週間もそういう状態に置かれたら、太りそうなものじゃないですか。でも彼女は逆にやせ細ってましたからね。練習できないストレスでそうなったんでしょうね。あれっ、どうした? っていう感じでしたから」と篠崎は笑いながら振り返る。
座右の銘は、いまどきの若い人にしては珍しい「忍耐」だという。18年に他界した祖父・昭さんが残してくれた言葉で、彼女にクラブを握るきっかけをつくってくれたのが昭さんだった。その言葉を本人は「辛いことを我慢して取り組めば……という意味だと思っています」と受け止めている。そうした心構えと日々の積み重ねが、春先からの好結果を導いているのは間違いないだろう。
21年の好調の要因を分析すると、まずパッティングの精度が増したことが挙げられる。以前はクロスハンドの構えから右脇を締めてストロークする癖があったが、同年初戦の2週間前に奥嶋誠昭コーチから右脇に余裕を持たせて打つようにアドバイスを受けたことが転機になった。拳1個分、間隔を空けるようにしたところ、動きがなめらかになり、ボールの転がりも良くなったという。
4月のヤマハレディースでは首位に並んでいた最終日の18番で、上から5mの難しいラインを読み切ってバーディーを奪い、大会新となる通算12アンダーをマークして、2歳下の山下美夢有(みゆう)を土壇場で逆転。その翌週の富士フイルム・スタジオアリス女子オープンでは、1歳上の黄金世代の小祝さくらとプレーオフで対決。2ホール目の18番パー4で8mのバーディーパットを沈めて2週連続優勝を飾るなど、勝負どころで大事なパットが本当によく決まる。
特筆すべき「絶対距離感」
もともとショットメーカーとして知られた存在で、19年には歴代1位のパーオン率78.2079を記録。20~21年シーズンも73.7455で、トツプの高橋彩華(74.9158)に次ぐランキング2位につけている(4/30~5/2開催、パナソニックオープンレディース終了時)。
奥嶋コーチは「一番いいところは距離感。絶対音感じゃないけど、距離感がすごい。2、3ヤード刻みで打てる。インパクトの前後に(フェースを)真っすぐ動かして、それを生かしている」と解説する。
また、フジサンケイレディスクラシックでテレビ解説を務めたゴルフプロデューサーの戸張捷(とばり しょう)氏は「彼女のスイングはグリップした手が体の近くを通る。特にアプローチやショートアイアンのときはそう。だから、ブレが少ない。男子選手に近い感じだよね」と感心する。
このオフからキックボクシングトレーニングを取り入れ、食事の改善などもあって、体重が5kgアップしたことも、ショットの安定感につながった。篠崎は「いいトレーナーがついていることもあって、だいぶパンプアップ(筋肉が大きくなること)できている感じですよね。そのおかげでスイングのときの体の軸が安定した印象です」と話す。
追い込まれた方が燃えるメンタル
さらに、レギュラーツアーの07年ANAオープンで3人によるプレーオフを勝ち抜いた経験を持つ篠崎が、舌を巻くのがその精神力だ。
「彼女はいつも自分を追い込んでトレーニングしているので、プレーオフになっても、逆に追い込まれた状態の方が“燃える”と言うんですよね。自分も含めて普通は“勝ちたい”なんですけど、彼女は“負けたくない”なんです。“勝ちたい”よりも“負けない”が先行するんですよ」
稲見自身「究極まで追い込まれたら、力を発揮するタイプだと思います。あえて自分を追い込むときもあります」と話すように、豊富な練習量に裏付けされた自信が、逆境をバネに変えるメンタルの強さにつながっているのだろう。小祝とのプレーオフの時も「これを決めなきゃ勝てない」と自らにカツを入れ、ウイニングパットをカップインさせている。
そのハートの強さは渋野日向子ら「黄金世代」や、1歳下の古江彩佳、安田祐香ら「プラチナ(ミレニアム)世代」に向けられる意識にも表われている。稲見は2つの世代に挟まれた99年生まれ。同学年にはアマチュア時代にそれほど目立った活躍を見せた選手がいなかったため、自分たちの代を「はざまの世代」と自嘲気味に言うが、あえてそう口にすることで、自身の発奮材料にしてきたようにも感じられる。
賞金女王、東京五輪出場権獲得も射程距離内に
女子ツアーは新型コロナウイルスの影響で20年の試合数が大幅に削減されたために、20年と21年が統合。稲見の今季の勝利数は20年10月のスタンレーレディスを加え、フジサンケイで5勝目となった。2度目の2週連続Vを目指したパナソニックオープンも、プレーオフを戦った上田桃子と大里桃子(優勝は上田)に1打届かない3位だったが、抜群の安定感で優勝争いを白熱させた。
獲得賞金額は1億円の大台を突破(1億568万8216円、パナソニックオープン終了時)し、賞金ランキングも小祝、古江に次ぐ3位に浮上。21年の勝率は9戦4勝。さらに、月間3勝は1988年のツアー制度施行後では、06年8月の大山志保、19年11月の鈴木愛に並ぶ史上最多。このまま調子を落とさずに、けがなどのアクシンデントを回避してシーズンを走り抜ければ、賞金女王どころか、03年に不動裕理が打ち立てた年間10勝の最多勝の更新すら視野に入る。
21年初めには「夢」と語っていた8月の東京五輪出場も、決して手の届かないものではなくなってきた。五輪女子代表は6月28日までの世界ランキングを基にした五輪ランキングで各国の代表総勢60人が決定する。基本的には各国上位2人に出場権が与えられるが、五輪ランク15位以内に4人以上が入っている国または地域は、最大4人までが出場可能だ。
21年の初戦前までの稲見の世界ランキングは、日本人5番手の63位だったが、そこから猛追し、11位の畑岡奈紗、24位の古江、25位の渋野に次ぐ日本人4番手の32位(パナソニックオープン終了時)まで浮上した。稲見が権利を得るには五輪ランキングで日本人2番手となるか、もしくは3、4番手でも15位以内に入る必要があるが、この勢いなら残り2カ月弱での逆転滑り込みの可能性も十分にある。
盛況に沸く女子ゴルフツアー
21年の女子ツアーは新型コロナウイルスの変異種による感染拡大もあり、全面的に観客を入れての開催はまだまだ難しい状況だ。それでも、初戦のダイキンオーキッドレディス、第4戦のアクサレディスに続く有観客開催となったフジサンケイでは、主催者が1日1000人限定の先着順で観戦券の予約販売を行ったところ、受け付け開始からわずか28分で完売した。
「それだけ観たい人が多いということだよね。(女子の人気は)大丈夫だよ。全然問題ない」と同大会ゼネラルプロデューサーの戸張氏は太鼓判を押す。
看板選手の渋野が米ツアーに参戦し、20年国内メジャーの日本女子オープン、LPGAツアーチャンピオンシップとメジャー大会を2連勝して一躍人気に火がついた原英莉花らの調子が上がらない中でも、21年2勝を挙げている小祝と共に稲見の活躍がファンの目を引き付け、ツアーを活気づけているのは確かだろう。
絶対的な存在だと思われていた選手が抜けても、すぐにその穴を埋めるヒロインが飛び出す日本の女子プロゴルフ界は、本当に層が厚くなった。
バナー写真:フジサンケイレディスで逆転優勝し、笑顔の稲見萌寧=2021/4/25 静岡・川奈ホテルGC 時事