コロナ禍の1年:私たち台湾人の日本旅行欠乏症

暮らし

コロナの流行が始まった頃、私は例年通りネットで日本行きの航空券と宿泊先の予約を終えていた。お花見のためだ。春の甲子園を控えて、外野席で観戦予定だった友人は、優勝候補のチームに注目していた。クリスマスから年始にかけて、日本旅行中の友人が何組もいて、SNSには日本でスキーを楽しむ姿がたくさんアップされていた。思い返すと恵まれた時代だった。

2003年のSARS(重症急性呼吸器症候群)流行の際、日本では対策がしっかりと取られていたためだろうか、私を含め、日本旅行好きの台湾人は、新型コロナウイルスのせいで日本に行けなくなる日が来るとは思ってもいなかった。

桜の時期の旅行が延期になっても、夏には隅田川の花火、それがだめでも秋に東北へ紅葉狩りに行けばいい。冬の只見線で、会津の雪景色を満喫するのもいいなと思っていた。アイドルグループ・嵐のファンである友人は、活動休止前の最後のライブを見にいくチャンスがあるかもしれないと期待していた。もちろん2020年東京五輪も開催されると思っていた。東京開催が決まったとき、私はちょうど東京を旅行中で、人生で一番近しい国で開催される五輪が2020年夏の大会になると信じていた。

以前ならスーツケースを引っ張って台湾の空港まで行けば、その数時間後には山手線に乗っていた。関西空港に着く便なら、「はるか」に乗り換えすぐに京都の錦市場に行けたのに…。あんなに気軽にできた海外旅行が、手が届かないものになるなんてみじんも想像していなかった。

日本旅行への渇望を満たす方法

青森のリンゴを食べながら、日本で旅行していることを夢想する
青森のリンゴを食べながら、日本で旅行していることを夢想する

旅行に行けない虚しさを埋めるために、台湾で日本風の場所に行ったり、日本のものを買ったりして、日本にいるように自分をだますしかない。年末の連休には宜蘭県の礁溪(しょうけい)と山形県がコラボした温泉旅館に泊まり、銀山温泉や蔵王温泉に行ったつもりになった。

台北の信義区で一蘭のラーメンを食べながら、「ここは池袋北口!」と妄想してみた。街で今川焼きによく似た「紅豆餅」を買うために並んだ時は、人形町にいる自分を想像した。台北で猿田彦珈琲とAmazing Coffeeのコラボ商品をテイクアウトし、中山北路を歩きながら、中目黒を歩いているつもりになった。

台湾のスーパーに並んだ「王林」「トキ」「ふじ」などのリンゴに添えられたポップ広告には青森の生産者が登場していた。「遠いところからわざわざ日本に行けない私を慰めに来てくれてありがとう!」と、私は笑顔を返さずにいられなかった。

この1年あまり、私はこんな風にして、「日本不足」を補っていた。

日本から輸入された瓶詰めのひじきを使っておつまみを作れるようになったし、ちょっとぜいたくをして高い日本のネギを買って鍋料理を作ることもあった。台北の街中を歩いていると、日本のドラッグストアで流れ続けている「いらっしゃいませ」というアナウンスを思い出し、日本で買った薬のストックがなくなってしまったことに思い至る。いつも年に数回は日本に行けるものだと思っていたが、1年以上も日本に行けない日が続くとは思わなかった。再び旅の扉が開かれるのは、一体いつのことになるのだろうか。

自分でそうめんをゆで、おつまみを作って、日本の味を味わう
自分でそうめんをゆで、おつまみを作って、日本の味を味わう

デパートでは以前よりも頻繁に日本フェアが開催されるようになった。抹茶やイチゴを使ったスイーツフェアはほとんど常態化している。冷蔵ケースには愛媛のみかん、福島の白桃、宮崎の日向夏、北海道のメロン、福岡のイチゴなどのフルーツカクテルが並ぶ。ビールも日本の大手メーカーの商品から、地方のクラフトビールまでが当たり前のように陳列されている。長崎のびわ、佐賀の不知火(しらぬい)、愛媛の真穴みかんなどは高級スーパーの主力ギフトとなり、京都の男前豆腐までもが登場した。沖縄旅行によく行っていた友人は、オリオンビールを飲んで、沖縄に行けないストレスを解消していたという。

台湾のデパートで日本各地のアルコールを買って、日本に行けない寂しさをまぎらわす
台湾のデパートで日本各地のアルコールを買って、日本に行けない寂しさをまぎらわす

一緒に福島と金沢に行ったことがある友人のLさんに旅行に行けなくなったこの期間をどう過ごしたかを聞いてみた。Lさんは「特になにも」と答えた。ただただ、時間が過ぎているだけで、再び日本旅行に行ける日が来ることを待っているという。

コロナの前は、365日、友人の誰かしらが必ず日本へ遊びに行っていた。私自身がどうしても旅行に行けないときに、SNSで誰かがアップした日本の風景やグルメを見ては、うらやましくて気が狂いそうになっていた。でも、今は誰もが海外に行けないため「相対的剥奪感」が生まれることなく、ある意味とても公平だ。

今、自分を追いつめてくるのは、以前、行きたい時に日本に行けていた自分自身である。日本が恋しくなると昔の写真を見てみる。写真から記憶をたどると、少しは心が癒されるようだ。

旅行に当てるはずだったお金が手元に残っているので、ためらうことなく日本料理を食べに行ったり日本の本を買ったりしている。Lさんのように日本語通訳をしている友人たちと「月1お食事会」を始めた。たとえば、台北にある「梅丘 寿司の美登利」で渋谷の思い出話に花を咲かせたときは、渋谷から井の頭線に乗っておしゃべりをしているような気分になった。

「以前なら東京の美登利で集まれたのに…。最近は、日本の友人とお土産を送り合っています。私からは台湾のものを、彼らは日本のものを送ってくれて、昔の交易みたい。お土産は直接渡すものではなくて、送るものになりました。大阪のお姉さんが送ってくれたものの中には、おせんべいとドリップ式のコーヒーが入っていて、日本を感じさせてくれました。私からは白沙屯(はくさとん)のお寺の虎の神様のお守りと台湾のお菓子を送ったら……お姉さんは『恋に落ちた』と言って、すごく気に入ってくれました。直接、訪ねることはできないけれど、みんな相手に一番いいものを贈ろうと心から思っているのです」(Lさん)

宝塚ファンとマラソン愛好家の1年

作家仲間の小猫さん(仮称)は、宝塚歌劇団の台湾公演を見て以来、すっかり宝塚のファンになってしまった。その後、多くの台湾のベテラン「ヅカファン」と知り合ったそうだ。ベテランのファンの中には年に十数回も日本へ宝塚を観劇しに行く人もいるという。小猫さんも有楽町の東京宝塚劇場で2回観劇したほか、本拠地である兵庫県の宝塚大劇場にも一度「聖地巡礼」したことがある。いずれも滞在期間は7〜10日だ。小猫さんが一番好きなのは花組のトップスター・柚香光(ゆずか・れい)さんで、2020年3月に数少ない海外販売分の、それもいい席のチケットが取れたそうだ。でも、コロナのせいで、日本に見に行くことはかなわなった。

この間、小猫さんは台北の映画館での宝塚ライブビューイングを何度か見に行った。各組のトップスターの退団公演や宝塚大劇場、東京宝塚劇場の千秋楽では、ライブビューイングは3スクリーンで行われるそうだ。また小猫さんはヅカ仲間と一緒に会員制の有料配信を楽しむこともある。現在、台湾ではIP放送の中華電信MODに宝塚の専門チャンネルがあるのだ。

小猫さんはこの1年をこう振り返る。「2020年は日本に行けなかった反動で、高い料理を食べたり、高いホテルに泊まったり…1泊3万台湾ドル(約12万円)もする台中郊外の谷関にある星野リゾートにも行きました。日本からネットでカバンやお菓子、生活用品などの取り寄せもしました」

台湾で「報復性消費」(リベンジショッピング)といわれるもので、コロナ禍で我慢を強いられた分、派手な出費でストレスを発散するのだ。

そして、小猫さんはこう続ける。

「でも2021年になって考えを変えました。宝塚を見に行くために、貯金を始めたのです」

小猫さんは、毎年、日本に行くたびに、歯磨き粉を10〜12本購入していた。大分県の日田醤油もマストアイテムだった。「これ以上日本に行けなければ、本当に在庫がなくなってしまう!」

日本のマラソン大会によく参加していたM君は、何とか2020年3月の東京マラソンの参加資格を得ることができた。でも、コロナの影響で一般参加者の部は中止になってしまった。M君はこの機会に足の手術を受け、リハビリと日本語の勉強に励みながら、東京マラソンが海外からのエントリーの受け付けを再開する日を待っている。

たくさんの台湾人が日本に行けない気持ちを、日本料理でいやす
台湾に出店している日本のレストランで食事をして、日本に行けない気持ちを癒す

日本への旅行やマラソン大会に参加できなくなってからというもの、M君は日清のカップ麺を食べたくても、ひたすら我慢している。というのも、輸送費がかかる分、台湾で買うと日本の商品は高くなってしまう。M君の場合、買い物では理性が感性に勝つのだという。日々、日本のテレビ番組を見ることが増え、日本に住む台湾人のYou Tubeやclubhouseを見たり聞いたりしている。M君はこう話す。

「以前、『札幌珈琲』という名前のルームで日本のコーヒーの話をし、日本語を勉強中の人のためのルームに参加したこともあります。こうやって日本旅行への『飢え』をしのいでいるのです。前から私は青森のブランド米『青天の霹靂』を買っていて、マヨネーズも必ずキユーピーを使います。MRT(メトロ)に乗るときは悠遊カード(ICカード)を日本のカードケースに入れて使っています。たまに、わざと遅い時間に乗って、日本で終電に乗った時のことを思い出すこともあります。車両が空いている時は、本当に日本の終電に乗っているように錯覚するのです」

2007年以来、2019年まで、北海道の美瑛町にある民宿に泊まるのが、M君の夏休みの定番だった。M君は2021年12月に開催予定の奈良マラソンに参加できるよう願っている。そして年末には日本の友人と一緒に横浜から羽田空港まで走り、一緒に日の出を見る約束をしているのだそうだ。

M君との会話で、「私は東京では池袋、大阪では天王寺にいつも泊まっている」と言うと、M君は「東京では新橋、大阪なら本町だ」と返し、「みんなそれぞれお決まりのコースがありますね。オートナビみたいだ」と言っていた。

1日も早く互いに行き来できる日を

2019年、金沢へ旅行中の著者(撮影:Looky Kao)
2019年、金沢へ旅行中の著者(撮影:Looky Kao)

SNSのアルバムでは、5年前の今日に見た新宿御苑の桜、3年前に行った福島県、2年前の金沢、他にも倉敷、鹿児島、広島、横浜……と過去の思い出写真が絶え間なくポップアップされてくる。なじみある街の景色が思い浮かび、懐かしさのあまり、写真から街の匂いや空気さえ感じられるようだ。

是枝裕和監督の映画『海街diary』を見た友人は、日本への思いを表す「儀式」であるかのように、ストーリーの中に登場する梅酒作りをまねている。

台湾のフードフェアによく参加していた徳島で半田そうめんを製造する吉田屋のオーナーは定期的に手書きのはがきを送ってくれていたが、今見るとそれは、まるで日本からのラブレターのように思える。

少し前、台北のMRT中山駅に東北地方から震災復興支援に対する感謝広告が出現した。たくさんの人の顔写真とともに、台湾への思いがつづられていた。私たち台湾人も日本を思わなかったことがあるだろうか。一緒に頑張りましょう。そうすれば、遠くない日に互いに行き来できる日が再びやって来るはず。

台北の地下鉄MRT中山駅に出現した日本から台湾への感謝メッセージ
台北の地下鉄MRT中山駅に出現した日本から台湾への感謝メッセージ

バナー写真:2019年、福島県会津の武家屋敷を訪れた際の筆者(撮影:Looky Kao)/ 文中の写真は金沢を旅行中のもの以外は筆者撮影

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