まちゼミ:プロの技を見せます、商店街再興へ「顔の見える店」作り-コロナから復活かけ初の全国一斉開催へ
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匠の知識と技
「まちゼミ」は2003年、愛知県岡崎市で産声を上げた。当時、郊外型の大型専門店チェーンの出現で中心街の商店経営は悪化。いろいろとイベントをやっても一過性に終わり、店の集客にはほとんど効果がなかった。そこで地元商工会議所の職員が「商店主や職人には大型チェーンに負けない知識や技術がある。それを生かせないか」と発案。10店が集まって、住民相手にさまざまな「講座」を開いたら好評で、その後の商売にもつながった。
この成功体験を全国に広めようと、市内で化粧品店を営む松井洋一郎さんが「伝道師」として、全国を飛び回ってきた。買い手は喜び、売り手は自分を磨き、町も元気になる「三方よし」がうたい文句。現在、まちゼミが行われているのは全国415地域に上る。
これまでの名物講座は「切れ味復活!包丁研ぎ」(静岡県浜松市)、「骨盤ダイエットって本当に痩せるの?」(福岡県久留米市)、「板長が教えるうまい出汁(だし)の取り方」(千葉県船橋市)など。その道のプロが繰り出す技は地元の客を魅了してきた。「ゼミをしたら売り上げが2、3割伸びた店はざらにある」(松井さん)という。
お客さんを楽しませる
埼玉県川越市では今年3月末から4月末にかけて、まちゼミが行われている。「3密」回避や手指消毒などコロナ感染防止には最大限注意を払いながらの開催だ。「小江戸」として知られ、歴史と由緒のある町だが、シンボルの時の鐘を中心に蔵造りの街並みが連なる観光エリアの商業地域を除けば、実は地元密着の商店の方が多い。開講したのは62店舗と、コロナの影響で例年より少ないものの、全国で3本の指に入る規模だ。全81講座を紹介したカラフルなチラシは楽しさにあふれている。
「初心者のための紅茶を楽しむ基礎講座」が開かれた紅茶浪漫館シマ乃。「熱湯を高い位置から注ぐと空気を含んで茶葉がジャンピングして開きます」。そう言いながら店長の吉田幸果さんは受講生4人を前に、おいしい紅茶の入れ方を実演。また手作りテキストを使って紅茶の起源や産地を説明したり、7種類の紅茶を実際に飲み比べてもらったりして、予定の1時間はあっという間に過ぎた。費用は実費700円のみ。
受講者に感想を聞いてみると、「家ではティーバッグで済ませているが、茶葉から紅茶を入れたくなった」「7種飲み比べて香りも味も全然違う。ダージリンが一番うまい」という声が返ってきた。「『紅茶の起源は中国』といった歴史が面白い」と話した女性は、講座中にテキストに何やら必死に書き込んでいた。中には、ほぼ毎年まちゼミに参加して「お店の雰囲気が分かるので、ゼミを受講した歯医者や塾を使うようになった」という人もいる。
吉田さんのゼミ受講者は7年間で延べ2000人を数える。予約受け付け開始から間もなく、満席が確定する人気講座だ。開講の動機は、商売人としての原点回帰。「主催者に最初に声を掛けられた時、人に教えられることがあるのかと不安はあったが、自分の勉強にもなると再確認しました。中にはとても紅茶に詳しい方もいるので緊張しますが、刺激になります。そして喜んでもらえるのが楽しいと知りました」
まちゼミは「漢方薬」
まちゼミには「店の商品、サービスを売りつけてはいけない」というルールがある。参加費も実費以外は取らない。楽しみにしている受講者をしらけさせないためであり、あえて「商売抜き」の姿勢を貫くことがファン層の獲得につながる。吉田さんは「売り上げ増の数字は大きく表れているわけではないが、ようやく、ここ何年かはお客様に声を掛けていただくことが断然増えました。人気度は上がり、覚えてもらっているんだなと手応えを感じる」と話す。
オンラインで「おうちでボディケア講座」を開いた岸田ダンスアカデミーは、今年で開講3年目。動きの激しいダンスには準備運動が欠かせず、講師の岡田祐子さんは「日常生活で凝り固まった体のさび取りに応用できないか」と思いついた。社交ダンスという敷居の高さが取り払われたおかげで、過去にゼミ受講者5人が教室に入会。岡田さんは開講準備を通じて、これまで接点のなかった周囲のお店とも「ご縁ができたのが一番の収穫」と話す。レンタル着物屋やピアノ講師らと親しくなり、コラボ企画が実現、活動の幅も広がった。
「川越まちゼミ」の仕掛け人は文具店専務の木村和之さんだ。2014年に経済誌で、まちゼミの存在を知り、大型チェーン進出による商店廃業に「大きな危機感」を抱いていただけに、意気に感じるものがあったという。伝道師の松井さんを講師に招き、地元商工会議所を巻き込んで実現にこぎ着けた。
木村さんは、まちゼミの効果を「漢方薬」に例えながら、こう表現する。「即効性があるわけではなく、長い目で見て受講者はどこの店から買いたいかというふうに気持ちが動きます。スマホで買い物ができるのは便利だが、それだけでは寂しいと思うのではないでしょうか。自分の町にも愛着が湧いてくるはずです」
渇望感
東京のベッドタウンとして人口35万人の川越のような大都市だけではなく、高齢化や人口減に直面する地方都市でも、まちゼミのポテンシャルは大きい。
鳥取県湯梨浜町は、日本海に面した人口約1.6万人の町。まちゼミを始めた17年当時は、「本当にお客さんは来るのだろうかと不安だった」と、同町商工会の福本治子さんは振り返る。ところが、年々盛況となり、今では予約申し込み開始と同時に満杯になる講座が続出。自然に恵まれた土地柄だが、「大人が学びに行くような場所がすごく少ない」(福本さん)こともあり、プロの技を学べるまちゼミへの渇望感は大きかったようだ。倉吉市など近隣自治体からも受講者がやって来るという。
また、まちゼミの縁で県外へ意外な販路が開けることもある。海辺の民宿、海晴館が過去に「手作りピザ講座」を催したところ、受講生の要望で後日、番外編の「手作りパンの会」が開かれることになった。そのうちのひとりが「ベーグルがおいしいので、食べてもらいたい人がいる」と言って、知り合いが営む沖縄のヴィラを紹介。今ではそのヴィラにパンが空輸されている。
実は湯梨浜町には商店街はなく、店が点在しているだけ。それでも、まちゼミというブランド力が人々を店に引き付けており、一種の「仮想商店街」を形成していると言えるのかもしれない。
一方、思わぬヒット商品が生まれ、地域が潤うケースもある。鹿児島県鹿屋市では、地元の商店街振興組合が18年に「黒にんにくの効用と作り方」講座を開いたところ、好評。伝道師の松井さんにも「販売してみては」と勧められ、商品化に踏み切った。開発から商品化に至るまで5年かけた苦心作。大隅半島のにんにくを使っているため、甘みがあり、地元のケーキ屋ではチョコレートに使われているほどだ。
競合商品があふれる中、昨年の売上高は150万円に上った。地方発でこれだけ売るのは並大抵のことではない。まちゼミで作り方を教えてしまったが、「地元のにんにくが売れればそれでいい」(同組合の本村正恒顧問)とおおらかだ。
全国一斉開催へ
とはいえ全国の商店街が直面する現実は厳しい。中小企業庁の商店街実態調査によると、「衰退している」「衰退の恐れがある」が全回答の3分の2を占める。調査は18年時点なので、コロナの影響を受けた現在は悲観度合いがさらに増している可能性がある。また商店街の課題として、「高齢化による後継者難」を挙げた回答(複数回答)が64.5%に上る。
内閣官房地域活性化伝道師の肩書きを持つ松井さんも、流通大手に比べて「商店街は品ぞろえ、価格、立地とも勝てない」と認めざるを得ない。さらにアマゾンのような電子商取引は、コロナ下の巣ごもり需要をさらってしまう。
だが、松井さんは、「商店街の強みはこだわりや経験など商人のプライドにあるし、一人ではなく、みんなで連携して努力できる点にもある。その強みに共感してくれる方は必ずファンになってくれる。地域の中で存在価値を出せば、まだまだやって行ける」と期待を掛ける。ファンの存在は、コロナや不況といった危機の時代にこそ、ありがたさを発揮するはずだ。
目下の最大のチャレンジはコロナ禍。昨年はほぼ全国の商店街が売り上げを減らし、まちゼミも大半が休止に追い込まれた。とりわけ飲食業の多くは今もなお時短営業を迫られており、正常化のめどは立たない。
松井さんは、まちゼミから感染者が出たらおしまいとの覚悟で臨んできたが、今年はワクチン接種の進展をにらみながら、復活の時をうかがう。「コロナによって閉塞感が漂う地域に明るさを取り戻そう」と呼び掛け、厳重な感染予防策を徹底しつつ、9月から11月にかけて初の「全国一斉まちゼミ」(日本商工会議所後援)を開く予定だ。オンライン講座も数多く予定している。
「商店街再生」という大きな看板だけ掲げて終わりではなく、地に足の着いた「民の力」を引き出せれば、町を元気にできるはずと松井さんは信じている。「昭和」がどんどん遠ざかる中で、人との触れ合いというアナログな手法は商売で通用するのか。そう尋ねると、「通用します。現にそうなっているじゃありませんか」と、きっぱりと答えが返ってきた。
バナー写真:「小江戸」川越のシンボル、時の鐘(筆者撮影)