魔除けで溢れる台湾と日本――爆竹とアマビエ

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大洞 敦史 【Profile】

古来、人々は病気や自然災害などが人格をもった存在によって引き起こされると考え、それを遠ざける力を持つとされる物や儀式を生活の中に取り入れてきた。日本のしめ飾り、豆まき、台湾の爆竹や春聯などはその典型だ。2012年から台湾で暮らす筆者が、体験を交えて日台の魔除けの比較を試みた。

新年に神を迎える日本、魔物を追い出す台湾

新しい年を安らかに、かつ清らかな気持ちで迎えたいという心情は、万国共通だろう。日本の家庭では、年末に大掃除をし、門松やしめ飾りを門前に飾ったり、鏡餅や破魔矢を屋内に飾ったりする。

正月のしめ飾り(筆者提供)
正月のしめ飾り(筆者提供)

日本の民間信仰では、正月になると山から「年神様」という神様が家にやってくると考えられてきた。大掃除、門松、鏡餅は、いずれも年神様を丁重にお迎えするためのもので、魔除けとは関連が薄い。魔除けの役割を担うのはしめ飾りや破魔矢である。

一方、中国や台湾には、大みそかに「年獣」という四つ足の魔物が人里を襲うという伝説がある。年獣は赤いもの、光、大きな音を苦手としており、正月の儀式にはこれと関連するものが多い。

日本の正月のしきたりが、謹んで神様をお迎えする意味合いが強いのに対し、中華圏では怪物を撃退することに関連しているのが面白い。

例えば、春聯(しゅんれん)。おめでたい言葉を書いた赤い紙で、門の左右上方に貼り付ける。日本のしめ飾りは1月7日に取り外すが、春聯はそのままにしておくのが習わしだ。筆者が以前台湾で蕎麦屋を営んでいた頃、日本製の立派なしめ飾りを掛けたはよいが、後日取り外そうとすると「こんなにきれいなものをもったいない」と周囲の者から反対され、不本意ながら一年中飾ったままにしていたこともあった。

台南の古民家に貼られた破邪物「春聯」(筆者提供)
台南の古民家に貼られた破邪物「春聯」(筆者提供)

台湾の新年に欠かせないもう一つの破邪物は、爆竹である。大昔には実際に竹を使っていたそうだ。竹を火であぶると、節の中の空気が膨張して爆発を起こす。6世紀ごろに中国で書かれた《荊楚歳時記》には、元日の鶏が鳴く時分に庭先で爆竹を鳴らし、「山臊」という悪鬼を追い払うとの記述が見られる。

爆竹は正月に限らず、道教の祭典や、結婚式などの祝いの場でもよく鳴らされる。ただ田舎では鶏が驚いて卵を産まなくなり、都会では近所迷惑になるということで、近年は行政が自粛を求めている。

爆竹を別にしても、正月の台湾は、騒がしい。家庭でもレストランでも親族同士が大声で会食し、テレビからも絶え間なく笑い声が聞こえてくる。実はこれも魔除けの一つなのだ。年獣は音を苦手とするのである。ここは、社会全体が静謐(せいひつ)な空気に包まれる日本と対照的なところだ。

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大洞 敦史DAIDO Atsushi経歴・執筆一覧を見る

1984年東京生まれ、明治大学理工学研究科修士課程修了。2012年台湾台南市へ移住、そば店「洞蕎麦」を5年間経営。現在「鶴恩翻訳社」代表。著書『台湾環島南風のスケッチ』『遊步台南』、共著『旅する台湾 屏東』、翻訳書『フォルモサに吹く風』『君の心に刻んだ名前』『台湾和製マジョリカタイルの記憶』等。

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