14年目の完結。『シン・エヴァンゲリオン劇場版』が令和のいま伝えたかったこと
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2007年に再起動した『ヱヴァンゲリヲン新劇場版:序』から14年。1995年放映のテレビシリーズ『新世紀エヴァンゲリオン』からすると実に26年もの時を経て、ついに「エヴァンゲリオン」が完結した。
「セカンド・インパクトと呼ばれる未曾有の大災害を経て、世界再建の途上にある人類。しかし、使徒と呼ばれる存在が襲来。14歳の少年少女たちが、人造人間エヴァンゲリオンに搭乗し、立ち向かうことになる」
その物語のアウトラインは、いわば「社会の共通体験」のようにして広く知られている。
しかしアニメーションは集団でつくられるもの。庵野秀明監督のもと、スタッフの方々が生み出したその世界はあまりに多様なサービス精神に満ちていて、正直、リアルタイムの当時、私などはその全貌を理解できたとはとても言えなかった(もちろん今だって言えない)。
たとえば思春期特有の、繊細で不安定な表情を見せる主人公たち。エヴァンゲリオンのパイロット、碇シンジは母を失い、父は自分に興味がない、と感じている。「もっと自分を見て欲しい」。その欲望は、現在であれば「自己承認欲求」という便利な言葉で表現されることになるが、当時の日本社会ではまだ、公に口にしていいものではなかった。
1979年放映の『機動戦士ガンダム』であれば、自分が認められていないと感じ、上官に反論した主人公アムロ・レイは、繊細な心理をケアされることなく、ぶん殴られておしまい。その痛みがメインテーマにまで昇華されることはなかった。
しかし90年代に「エヴァンゲリオン」で放たれた「もっと自分/私を見て」というメッセージは、少年少女だけではなく大人の心をもつかみ、以降現代に至るまで「自分という存在の所在のなさ」は、創作物の主要なテーマとなっていった。
コンテンツ産業を押し上げた立役者
またこの作品は、カルチャーの立ち位置も書き換えてしまった。もともと日本の主力産業といえば製造業。カルチャー分野でも中心はファッションや音楽で、マンガやアニメーションはメインストリームではない。はっきりいえばマイノリティの「オタク趣味」として扱われてきた。
庵野秀明監督は、かつて筆者のインタビューに「この番組を見た、ファンだという人が恥ずかしくないものをつくりたいと考えていた」ということを語っておられたが、現代ではもはやオタク趣味こそがメジャー。
製造、サービス、観光などあらゆる産業や、もとはオタク趣味から遠い分野だったアパレルまでも「エヴァンゲリオン」のソフト・パワーを頼りにするようになっている。2015年には日本を代表するファッションデザイナー、ヨウジヤマモトさんとのコラボレーションも行われた。
製造業のようなリアルの世界から、コンテンツ産業というイマジネーションの価値へ。「エヴァンゲリオン」はその転換点にいた作品と言えるのかもしれない。
90年代にテレビシリーズと2作の劇場版が製作された「エヴァンゲリオン」は、21世紀に入り「新劇場版」として再起動。07年公開の『ヱヴァンゲリヲン新劇場版:序』では、旧作をなぞって物語は進むのかと思わせつつ、09年の第2作『破』のラストで急展開。
12年公開の第3作『Q』の舞台は14年後となり、激変した世界の姿に観客は度肝を抜かれたものだった。新劇場版は全4作の予定。正直私などは「あと1作で謎をすべて解き明すなんて無理だ」と絶望を覚えた。
そして21年3月8日。ついに完結編『シン・エヴァンゲリオン劇場版』が公開された。
「すべてのエヴァンゲリオン」を包含して物語は閉じる
物語は、見る者の予想をはるかに越えて展開されていく。虚構への逃避か、現実との対峙か。他者を求めるのか、拒絶するのか。大人として認められたいのか、子どものままでいたいのか。肉体か魂か。土の匂い、海の匂い。人類の補完とはなにか。これまで「エヴァンゲリオン」が問いかけてきたものに、答えが、方向性が示される。
そうだ。「エヴァンゲリオン」とは「この人」の物語だった。見る者と見られる者の関係が反転し、「新劇場版」だけではなく、これまでに生まれた「すべてのエヴァンゲリオン」の作品世界を包含して、物語の巨大な円環が閉じられていく。
希望と絶望の果てに見つかるものはなにか? TVアニメの放映から26年。再起動してから14年。子どもが大人になるのに十分な年月。それはつくり手が自分たちなりの答えを見つけるために、必要な時間だったのだと感じる。見る者もまた、同じ時間を生きてきた。
もしかすると「エヴァンゲリオン」という壮大な作品のテーマは、たった一言「大人になること」という言葉で表すことができるのかもしれない。いつの間にか自分もまた歳を重ねて大人になっていた。その時間もまた「エヴァ」に投影される。
そんな作品をつくり続けてくれてありがとう。そして結末を見せてくれてありがとう。私の場合、見終わった後、そうした感慨を抱いて、劇場を後にすることになった。
バナー写真=劇場鑑賞者への特典として配布された「式波・アスカ・ラングレー」のイラストチラシ(筆者撮影)