テーマは「自分」——渋野日向子が模索した“シンデレラストーリー”のその後
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そして、いつまでも幸せに暮らしましたとさ——。
そんな風に物語がハッピーエンドを迎えた後、まだ次のページをめくることができたら……。おとぎ話の登場人物たちは、一体どんな風に毎日を過ごしているのだろうか。きっと幸せな日々の中にも、浮かない気分の時もあって、思うに任せずイライラする時だってあるだろう。人生には晴れの日もあれば、雨の日もある。
昨年の渋野日向子は、まるでそんな“続きの世界“を生きるお姫様だった。
2019年の全英女子オープンで日本人42年ぶりのメジャー制覇を果たし、その屈託のない笑顔は日本のファンだけでなく、海外のファンをも魅了した。付いたあだ名は『スマイリング・シンデレラ』。一夜にして彼女は日本ゴルフ界の、そしてスポーツ界の主役になった。
不測の事態で伸び悩んだ2020年
だが、ページがめくられた20年は、渋野にとって思い通りにならないことばかりの1年だった。新型コロナウイルスの感染拡大の影響でシーズンの前半戦は吹き飛び、大きな目標にしていた東京五輪も延期に。米ツアーの出場権を得るための予選会まで中止となった。
それでも思ったような活躍ができていれば、少しは気持ちも晴れただろう。だが、3カ月遅れで始まった日本ツアーでは、開幕戦から2戦続けて予選落ちするなど苦しみ、いつもなら期待と重圧をエネルギーに昇華させてくれるギャラリーの姿もコースから消えたままだった。考えてみれば、彼女はまだレギュラーツアー2年目の選手であり、激変する周囲の環境に対処する術を備えていなかった。
光明が差したのはシーズン最終盤だ。国内で2戦連続トップ5入りと復調の兆しを見せて乗り込んだ12月の全米女子オープン、またもやメジャーの舞台で快進撃を見せた。予選ラウンドを終えて首位に立ち、最終的には4位に終わったものの、その真価を最高峰の舞台で改めて示した。
復調の背景にあった「自分」への回帰
突然の復調の背景にあったものを全米オープンでの渋野自身の言葉から探ってみると、浮かんでくるのは内面の変化である。
「今までの自分を捨てたことかな。プロになりたて、ゴルフを始めたての気持ちでいる方が、ゴルフも、精神的にも成長できると思って初心に返ったからかな?」
さらに、こうも言っていた。
「(全英優勝以来のフィーバーで)自分らしくいるのが難しくなったんですけど、最近はその殻を破って、また自分らしくいられるようになりました」
「自分の中でも気持ちの変化はすごくある」「自分が作り上げ始めたゴルフを完成に近づけていきたい」
出てくる言葉は自分、自分、自分……。それは〝しぶこフィーバー〟に流されるままに他者から押し付けられる役回りを演じたり、期待に応えようとしたりし過ぎるのではなく、素のままの姿であり続けようという姿勢の表明だろう。
このスイッチの切り替えが、来るべき2021年シーズンの渋野にもつながっている。
開幕に向けて、彼女が1年の目標に掲げたのは「自分を知ること」。
2月に行われた契約メーカーの発表会で、その真意を説明していた。
「今まで人に頼りすぎていた部分があって、自分自身をあまり深く知らないまま生きてきた。アメリカに行ってから、自分のことは自分でちゃんと知って、考えながらゴルフをやっていかないといけない、と思う時間が増えました」
「ありのまま」であることが成長への第一歩
そんな風に自分と対話しながら大きく成長したアスリートといえば、我々日本人にはすぐに思い浮かぶ選手がいる。
女子テニスの大坂なおみである。
抜群のポテンシャルを持ちながらも、内気な少女の一面を拭いきれずにいた大坂は、Black Lives Matter(アフリカ系アメリカ人に対する警察の残虐行為を契機に、アメリカで始まった人種差別抗議運動)などに関わることで自己を確立し、大人の女性へと成長した。それはそのまま、アスリートとしての資質の開花にもつながっていった。今や世界で最も注目を浴びる女性アスリートといっても過言ではないだろう。
その大坂が4度目のグランドスラム制覇を成し遂げた2月の全豪オープンで言っていた。
「ここ何年かで気づいたのは、ありのままの自分でいることしかできないということ。私が昔そうだったように、応援に来てくれる小さな子どもたちの存在はとても光栄。でもそのことで自分にプレッシャーをかけすぎることはない。私もずっと、というか今もまだ人として成長中だから」
彼女の言葉はどことなく渋野の目指すベクトルと重なってくるように思える。
渋野は先日、YouTubeチャンネルも開設した。
「メディアに出ることも少なくなって、試合も無観客でやることも多くなっちゃったので、自分の言いたいことを話す場が減ってきているということで、もっと渋野を知ってもらいたい」
チャンネルを見ているとまだまだ方向性は定まっていないようだが、これから先、大坂のように社会性やメッセージ性を帯びた強い声をファンに届けていくようになるのか、それとも笑顔あふれる“しぶこ”そのままの親しみやすさを見せていくのか。それを模索するのもまた「自分」を見つめる手段になるのかもしれない。
「今年は、アメリカと日本ツアーどっちも参戦しながらなので、かなり忙しい1年だと思うけど、挑戦する気持ちを忘れず最後まで走り続けて、自分を変えていけたらいいなと思います」
目指す道は、シンデレラのストーリーではない。自らを見つめて描き出す渋野日向子のストーリーである。
バナー写真:2020年12月12日、全米女子オープンゴルフでプレーする渋野 AFP=時事