コロナ下のシングルマザーたち:失業、減収、「支援なき」緊急事態宣言
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年の瀬に職を失う
大みそかの昨年12月31日-。都内の美容サロンで働いていたパートタイマーの前田朋美さん(仮名)は秋から退職勧奨に遭い、同日限りで辞めざるを得なくなった。最後の給料が出たのは1月半ば。退職金はゼロ。今はハローワークで必死に職を探しているが、なかなか見つからない。高校生と中学生の兄妹を育てながら、不安な日々を送っている。
こういう状況に追い込まれたのには伏線がある。新型コロナウイルスの感染拡大で客足が急速に途絶え始めた昨年4月、前田さんはマネージャーにマスクや消毒液の支給、空気清浄機の設置など衛生環境改善を強く求め、不興を買ってしまったのだ。「お客さんと自分自身を守るため、当たり前のことを言っただけなのに『そんなことを逐一言ってくる』みたいな反応だった」
出勤簿の付け方に疑問を呈したことも、経営側を刺激した。9月には事務所へ呼ばれ、こう切り出された。「コロナ禍で店舗の存続がかかっている。プロフェッショナルな能力は分かるが、売り上げもあれだし…」。前田さんは「辞めろということですか」と問いただすと、「そうは言ってない」と返された。
社に見切りをつけ、「会社都合」の退職を求めたものの、拒否され、結局「自己都合」として年の瀬に退職。他店舗でも非正規社員が退職に追い込まれ、自分たちの立場の弱さを思い知ったという。前田さんはパートといっても長年アイラッシュ(まつ毛)部門で働くベテラン。手に職があるとの自負があり、昨秋から美容サロン約20社を回った。だが、40代という年齢がネックになって採用を断られ続け、今は職種にこだわらずハローワークに通う。
自己都合の退職を強いられたことは今になって大きく響いている。会社都合ならば7日後から失業手当が支給されるのに対し、自己都合だと原則3カ月強も待たないと給付されない。前田さんは職が見つからなければ4月初めまで無収入を強いられる。働いていた当時の給与は手取りで10万円弱。月5万円程度の児童手当・児童扶養手当を加えても、ぎりぎりの生活だった。
高齢の親に頼るわけにもいかず、育ち盛りの2人の子どもを守らねばと思い、悩みは尽きない。「結局、行き着くところは何もない。だんだん不安と焦りが募っている」
雇用の調整弁
厚生労働省の調査によると、新型コロナを理由に解雇されたり雇い止めされたりした労働者数は、昨春から増え続け、1月8日時点で累計8万836人(見込みも含む)に達した。
生活困窮者を支援するNPO法人「もやい」では、コロナ感染が広がった昨春以降、相談件数が例年の倍近くに増加。年明けに都庁舎で食料配布したら、200人以上集まった。相談会に訪れるのは、今まで貧困支援とか無縁であり、突然職を失った若い人が多く、シングルマザーもいる。職種はさまざまだが、共通しているのは非正規雇用ということだ。
もやい理事長の大西連氏は、「非正規社員は雇用の調整弁とみなされている。多くの企業は従業員を切りたくて切っているわけではないだろうが、経営が苦しくなると、正社員の雇用維持を優先する。それに比べて非正規は優先順位が低い」と指摘する。
また、前田さんのように職を失うところまでは行かなくても、収入が減ったという人は多い。支援団体「しんぐるまざあずふぉーらむ」が実施したコロナの影響に関する調査によると、シングルマザーのうち「収入が減った」との回答は全体の59%に上る。もともと困窮していたところに、収入がさらに減り、ぎりぎりの生活を強いられている。
収入は「低空飛行」
スポーツ用品の輸入商社に契約社員として勤めていた西田凜さん(仮名)は昨年2月、突如給料を減らされ、3月と4月はついに無給になってしまった。商品の仕入れ元は主にイタリアと中国。両国ともコロナ感染が急拡大して商品の入荷が途絶えた。顧客からは注文のキャンセルが相次ぎ、社の資金繰りは日を追うごとに悪化。西田さんは「このまま無給が続くと自分の貯金が底を突く」と判断して、5月に退社した。
幸い新しい仕事はすぐに見つかった。大学時代に米国留学の経験があり、語学力を生かしてフリーランスで英語翻訳の職を得た。しかし、会社員のように身分が保障されておらず、仕事が入ったり、入らなかったりと不安定だ。商社勤めの時は手取り約17万円の収入があったのに対し、現在は多い月で10万円、少ない時は4万円ほど。
多めの時は取っておき、収入が少ない月に取り崩しているが、「低空飛行なのでちょっと何かがあったら大変なことになる」。食費はできるだけ抑えNPOからの食料援助を頼りにし、子どもの世話や親の介護もしながら、つましい生活をしているという。
シングルマザーたちの節約方法の例
- 自分の食事を抜いて、子どもの分に回すとか、1日2食にする
- お米の量が足りないのでおかゆにする
- スープや味噌汁を増やし、水分でお腹が膨れるようにする
- フードバンクを利用する
- スーパーで見切り品を購入する
- 公園の飲み水を使い、外のトイレをできるだけ使う
- 学習教材は買わず、ネットで閲覧して紙に書きおこす
- 売れそうな物はメルカリに出品する
出典:しんぐるまざあずふぉーらむの新型コロナ影響調査
学校崩壊も
コロナの影響は教育現場にまで及んでいるようだ。西田さんの小学生の息子が通学する都内の学区では「学校崩壊」が発生。もともと「荒れている学区」であり、小学校なのに最近は殴る蹴ると、暴力がエスカレートしているという。「コロナの関係で外に遊びに行けなくなり、子どももストレスがたまっているのでしょうか。すぐにキレて暴力を振るう。学校自体も対応できていない」。息子も殴られてけがを負い、学校に行くのをやめさせた。
一方、このコロナ禍でも「巣ごもり需要」から盛況となった業界がある。その一つ、物流倉庫業で働いていた都内在住の矢作まどかさん(仮名)は昨春、体調を崩し、6月にがんと診断された。3月から残業が増えていたが、発病との因果関係は分からない。長年の無理がたたったのかもしれない。
仕事を休んで7、8月に手術を受け、10月まで入院生活が続いた。入院中、小4の娘はママ友や隣近所に預け、コロナの院内感染防止のため面会もできず、親子とも寂しい思いをした。年末にはアパートを引き払い家賃無料の母子自立支援施設に引っ越し。まだ仕事に復帰できる体力はないとはいえ、「子どもがいる限り途中でやめられませんから。頑張るしかない」と前を向く。
「限界はどこかで来る」
コロナ関連での全国の死者数は4000人を突破し、感染第3波が猛威を振るう中、政府は1月7日、昨年に続き2回目の緊急事態宣言を発表せざるを得なくなった。対象地域も当初の首都圏から関西圏や名古屋圏などにも広がっている。
政府の新型コロナウイルス感染症対策分科会委員の小林慶一郎氏(東京財団政策研究所研究主幹)は、「経済を回すのは脇に置いて、まず感染者を減らすことに集中せざるを得ない。(政府は)フェーズ変更を早く判断すべきだった」と話す。分科会では昨年11月半ばの時点で、「ステージ3(感染急増)だ」として、Go Toキャンペーン停止を求める議論が沸き上がったというのに対し、政府が一斉停止に踏み切ったのは1カ月半も後のことだった。
対応が後手に回った分、強力な感染防止策と、その副作用を和らげる大規模な経済支援策、そして明確なメッセージが求められるはずだ。
同宣言は感染防止策として、飲食業に午後8時までの時短営業を要請しているが、その分ランチタイムに客が集まった。「夜の会食だけに注目が向いて、昼間は何をしてもいいように受け取られている。メッセージの伝え方がうまくなかった」と小林氏はみる。テレワークを呼び掛けても通勤客はあまり減っておらず、医療崩壊の瀬戸際にもかかわらず、予定通り1カ月で宣言を解除できるか、同氏は懐疑的だ。
緊急事態が長引けば、その代償として経済への影響が懸念される。「とりあえず職にありつけるとしたら飲食業」と考えていた元美容業の前田さんは、「仕事探しは厳しくなる」と不安を隠さない。
企業の休業手当を補う雇用調整助成金も非正規社員にはあまり恩恵が及んでいないと言われる。昨年末、ひとり親支援(5万円)の追加が決まったものの、小林氏は生活困窮者に対象を絞って、渡し切りではなく「一定期間、直接に現金を給付する必要があるのではないか」と指摘。経済情勢次第では新年度に補正予算が必要になるとみている。
もやいの大西理事長は、「先が見えれば我慢できるが、今は不安がすごくあり、多くの企業は雇用をどうしようかと悩んでいるだろう」と話す。「景気回復はもはや待っていられない。国民にかなりダメージが来ており、生活の下支えが必要だ。限界はどこかで来る」
バナー写真:シングルマザーの女性、仙台市で(共同)