江戸時代、日本は世界最先端のリサイクル&リユース社会だった : 『守貞漫稿』(その6)

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「もったいない」——かつてこの言葉が海外で話題になった。ノーベル平和賞を受賞したケニア出身の環境保護活動家、ワンガリ・マータイ氏が2005年2月、京都議定書関連のイベントに出席するために来日したときにこの言葉を知り、「MOTTAINAI」とローマ字に変換し、世界共通の言葉として普及させようとした。

江戸庶民が着ていた服はほとんど「古着」

『守貞漫稿』には、「もったいない」をモットーとした商人たちの姿が描かれている。もっとも江戸時代には現代のような「地球環境問題」は存在せず、モノが不足し、あらゆるモノを資源として再利用しなければならない時代だった。

庶民の暮らしも決して裕福とはいえず、新品は高価で手に入らなかった。そこで、日用品のほとんどは使い捨てすることなく、リユース、リサイクル業者に託され、再販されたのである。

第5回で取り上げた棒手振にも、そうした再販業者たちが数多くいた。バナーの絵は、「竹馬古着屋」の棒手振である。

「竹具の四足なるを担う。故に竹馬と云う。古衣服および古衣を解き分ちて、衿(えり)あるいは裡(うら / 衣服の裏地)、その他諸用の小物を売る」(『守貞漫稿』)とある。竹で組んだ四足の運搬具に衣類や服のパーツを下げ、担いで町中を売り歩いていた行商人である。

衿・裡などのパーツは、長屋の奥さんたちが購入し、夫や子どもの衣類の修繕に利用した。当時の庶民の女性に、針仕事は必須だった。

針仕事を習う町人の娘 / 『百人女郎品定』国立国会図書館所蔵
針仕事を習う町人の娘 / 『百人女郎品定』国立国会図書館所蔵

江戸時代の庶民が着る服はほとんどがこうした古着か、もしくは繰り返し修繕したものだった。ボロボロになるまで着倒し、いよいよ修繕できなくなると、古着屋がまた買い取る。古着屋は衣服をパーツごとにバラし、あるいは専門家ならではの技術で修繕し、さらに売る。無駄は一切なかった。

古着専門の露店も、神田川南岸に沿って築かれた土手沿いに軒を連ねていたという。現在の神田万世橋、つまり秋葉原の辺りである。オタクの聖地は、かつて古着街だったわけだ。

神田川沿いの柳町堤に並ぶ古着店  / 『絵本吾妻遊』国立国会図書館所蔵
神田川沿いの柳町堤に並ぶ古着店  / 『絵本吾妻遊』国立国会図書館所蔵

江戸時代は資源を再利用する「循環型社会」

リユース、リサイクルは衣服のみならず、あらゆる日用品に及んでいた。
鍋釜、傘の例を『守貞漫稿』から紹介しよう。

鋳物師 / 『守貞漫稿』
鋳鉄師 / 『守貞漫稿』

鍋釜の修理人は「鋳鉄師(鋳掛屋)」という。

棒手振の鋳鉄師は鍋・釜を「造る」ほどの技術はないが、ひび割れや穴が空いたところにハンダを流し込んで、もう一度、使えるようにする。庶民には頼りにされる存在だった。鋳鉄師が天秤棒で担いで歩く商売道具は鞴(ふいご)だ。依頼があればその場で火をおこし、鞴で風を送って修繕材料の金属を溶かしていた。

「月夜に釜を抜かれる」という諺(ことわざ)がある。月夜に照らされた明るい夜でさえ、油断すると釜を盗まれるから注意しろという意味である。つまり、鍋釜などの金属類は盗人(ぬすっと)が狙う貴重品。大切なだけに破損したからといって捨てることなどできず、修理を繰り返し、長く愛用すべきモノだった。

古傘買い / 『守貞漫稿』
古傘買い / 『守貞漫稿』

傘は捨てず、骨組みだけになると、古傘買いが買い取った。

買取値段は、江戸では破損具合によって四文から十二文だったと『守貞漫稿』にある。一方、上方(京坂)では物々交換が主流で、傘の骨組みを土瓶や団扇(うちわ)などと交換してくれたらしい。

回収された傘は古傘買いが問屋に持ち込み、問屋は傘張りの内職をしている浪人などに張り替えを依頼し、再び商品へと生まれ変わる。江戸時代は、こうした循環型社会だったのである。嵐のたびに、あちこちにビニール傘が打ち捨てられている現代とは大違いだ。

「還魂紙」「蝋涙」という言葉の意味

灰、紙もリサイクルの対象だった。

灰買い / 『守貞漫稿』
灰買い / 『守貞漫稿』

江戸時代、各家庭には竃(かまど)があり、木材や藁(わら)を燃料としていた。当然、大量の灰が出る。

灰は土壌改良や農産物の肥料、さらに染料や酒の加工に役立つ資源だった。そこで、灰を買い取って集める業者「灰買い」が登場した。積もれば重量もあり、また髪が灰だらけになってしまう重労働だったという。

紙も貴重品で、「紙屑買い」の需要も高かった。もっとも、こちらは庶民ではなく、主に商家が対象だった。不要となった帳簿類などが大量にあったからだ。

買い取った古紙は紙問屋が回収し、業者に頼んで漉(す)き返す。再生紙は質も劣化していたため、厠(かわや=便所)用や鼻紙などとして用いられた。この時代、紙の再生を徹底して行っていたのは、世界でも稀だった。

こうした再生紙を「還魂紙」(かんこんし)といった。使い古した紙に、魂を還してよみがえらせるという意味がある。

紙屑買い / 『守貞漫稿』
紙屑買い / 『守貞漫稿』

興味深いのが「蝋燭(ろうそく)の流れ買い」である。提灯(ちょうちん)や行灯(あんどん)には蝋燭が使われていたが、上級武士や商家、遊郭などでしか使われない高級品だった。そこで、燭台から流れ出た蝋を買い集め、再利用したのである。流れた蝋は「蝋涙」(ろうるい)と言われた。

蝋が流す涙——美しい名称と言えよう。還魂紙もそうだが、蝋涙にもモノを無駄にしない精神が反映されている。

蝋燭の流れ買いは、「人扮定めなし」(『守貞漫稿』)。つまり、扮装や道具類にこれといった特徴がなかったようで、守貞は「故に絵にせず」としているが、江戸の流行作家・山東京伝の『冷哉汲立清水記』(ひゃっこいくみたてせいすいき)に絵がある。

蝋燭の流れ買い / 『冷哉汲立清水記』国立国会図書館所蔵
蝋燭の流れ買い / 『冷哉汲立清水記』国立国会図書館所蔵

江戸の「灯り」を、地味な仕事で支えた男の絵である。
社会を支える人は、いつの時代もこのように慎ましい姿だったのかもしれない。

バナー写真 : 「竹馬古着屋」。右に衣服、左に衣服のパーツ(衿や裏地)などを下げている。現代の古着ショップはファッション性重視だが、この時代は長く着ることができる丈夫さや機能性を重視していた。 / 『守貞漫稿』国立国会図書館所蔵

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