ロバート キャンベル氏、米国の政権交代を語る
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バイデン氏当確に「深く安堵」
キャンベル氏は今回の選挙結果を好意的に受け止めている。
「2000年のゴア対ブッシュの大統領選同様、結果が出るまでに長い時間がかかりました。その結果も今(2020年12月26日現在)なお完全に確定したとは言いきれませんが、12月14日の選挙人投票でバイデン氏が当選に必要な選挙人を正式に獲得したことで、深く安堵しました」
敗戦が確定したトランプ氏は「郵便投票は民主主義を破壊する」など、SNSを中心に郵便投票の構造的欠陥を主張し続けている。
「郵便投票は民主主義を破壊するどころか、『民主主義の根幹を成してきたもの』であって、その重要性は以前にも増して高まっています。郵便投票はもともと南北戦争期に北部の兵士たちが戦場から投票できるよう導入されたもの。第二次世界大戦前から全米各州で制度化され、軍人や在外米国人に郵便投票が認められるようになりました。21世紀に入ると年々郵便投票率は上昇し、10年以降は有権者の4人に1人が郵便投票をしているほどです」
郵便投票の確実さが改めて浮き彫りに
郵便投票は今回の大統領選で大きな注目を集めることになった。新型コロナウイルスの影響で投票所での密集を回避するべく、郵便投票を積極的に活用する州が増えたからだ。
「9つの州とワシントンD.C.では投票用紙が自動で郵送されてくるため、有権者はそれを送り返すだけで郵便投票ができます。34の州ではコロナ感染への懸念を理由に申請すれば郵便投票ができ、残りの7つの州は何かしらの理由があれば郵便投票が認められるといった具合でした」
では、郵便投票における不正はどうなっているのか。今回の選挙でトランプ氏陣営が起こした60近い訴訟は全米各地でことごとく棄却されているが、郵便投票のパイオニア的存在であるオレゴン州や、前回の大統領選でのデータも郵便投票の確実さを物語る。
「オレゴン州では、小さな選挙も含めてこれまで累計1億票以上が郵便によって投票されました。その中で、不正が確認されたのはわずか12件。確率的に考えて、不正はほぼゼロと言えます。米国全土でみれば、2016年の大統領選でも約3300万人が郵便投票しましたが、接戦にもかかわらず不正はほとんどありませんでした」
新型コロナウイルスの感染拡大が郵便投票の増加に拍車をかけた側面があるが、近年の傾向から今後も郵便投票率は増加すると見込まれる。そして郵便投票が米国の選挙に与える影響は、大きく2つあるとキャンベル氏は分析する。
「1つは、気候や勤務状況など、有権者が様々な事情に左右されず投票ができるようになること。皮肉にも、トランプ氏が制度を攻撃したことで票の数え直しが行われ、その安全性が改めて証明された形です」
「もう1つは、多様な人種の投票を妨げようと、投票を妨害する動きが活発化する可能性が高いこと。今回の選挙でも、共和党色の強い地域では有色人種への妨害工作が行われました。投票用紙を入れる投函箱へのアクセスを制限する、作為的に選挙区を書き換えるといった干渉が今後、強まることが危惧されます」
白人層のアイデンティティへの不安を刺激したトランプ氏
ここからは、トランプ氏と、彼が歩んだ4年間に目を向けてみよう。トランプ政権の自国第一主義、国際協調への関与の後退、環境問題軽視の姿勢には賛否両論あったが、注目すべき点としては、ダウ平均株価をはじめとする各種株価指数、失業率、雇用統計などに示される経済指標の好調さが挙げられる。
「実体経済はともかく、トランプ氏就任後の株高はコロナ下にあっても、2020年の大統領選まで続きました。大規模な規制緩和、法人税の削減、富裕層への税制改革で市況は活発になり、株価に応じて支給額が決まる米国の年金にも好影響を与えました。そのため、退職が近い、あるいは年金生活をしている層には恩恵が大きく、自分たちの利益を最大化するためにトランプ氏に投票した人も多かったと思われます」
一方で興味深い傾向もある。米国の白人農家は、トランプ氏の対中強硬政策によって中国への農産物の輸出に打撃を受けている。しかし、彼らの多くは熱心なトランプ支持者だ。
「そんな彼らの心理から見え隠れするのは、白人たちの“アイデンティティの喪失”への危機感です。米国全体の価値観が変化、風化する中で、『自分たちの米国を守る』という動機がトランプ支持につながっている側面が大きい。事実、トランプ氏は保守的なキリスト教右派に響くメッセージを発信し続けてきました。こうした戦略で16年の大統領選に勝利しましたが、白人をとりまく環境はこの4年でさらに悪化してしまいました」
では、こうした背景があるにもかかわらず、トランプ氏が敗北した原因は何だったのか。
「その原因として挙げられるのは、感染症対策のずさんさです。コロナさえなければ多くの人たちはトランプ氏の失態やロシアとの関係性には目をつぶって投票し、彼は勝ったかもしれません」とキャンベル氏は語る。
しかし、「コロナがなければ勝った、負けたという議論に意味はない」とも。
キャンベル氏はトランプ氏の大幅な得票減を見込んでいたが、結果として約7400万もの票(有権者の約46.8%分)が投じられたことに着目する。
「通常の大統領選なら、票を投じた7400万人は『また4年後頑張ろう』となりますが、今回はそうはならず、大きなしこりとして米国社会に残り続けると思います。今後、社会状況が何らかの原因で急変した際、彼らがどのように動くのかを注視する必要があります」
「分断」が露呈した4年間
トランプ政権の4年間では米国社会の分断が大きな問題となった。キャンベル氏は「現段階で総括するのは難しい」としつつも、ある根深い問題について痛感させられたという。
「トランプ氏が2016年の大統領選に立候補を表明した会見で『メキシコの違法移民は殺人鬼、強姦魔だ』と言い出したのを皮切りに、在任中は公権力による黒人に対する暴力、弾圧が大きな問題になりました。警察そのものに対する信頼が揺らぎ、一連の出来事から、『米国の根幹に根付く人種差別』を見せつけられた4年間でした」
近年、米国では表面的な平等が保証されるようになった、人種間の平等は達成されているとする風潮もあった。住居、職業、医療などの点で実質的な差別が残っているにもかかわらずだ。
このように「見ないふり」をしていた現状が露呈し、見せかけの平等が黒人の犠牲の上に成り立っていたことをまざまざと見せつけられたという。
「現存する人種差別を認めない人たちの根底には『平等な社会では、白人特権を守れない』という思いがあるように感じます。つまり彼らは、多様な人種にチャンスを与えることと、白人のアイデンティティを保つことは両立できないと考えているのです。こうした考えから生じる差別的な思想が今後はしぼんでいくのか、それとも膨張していくのか、現時点では何とも言えません」
実際の行動でバイデン氏を評価すべき
大統領選の結果は東アジアにおける最大の同盟国である日本にとっても重要だ。トランプ氏の在任中は東アジアで大きな動乱もなく、対中強硬姿勢がとられていたことから、日本ではトランプ氏の外交姿勢を評価する声も少なくない。
「確かに脅威となる目立った動きこそなかったものの、日本側の視点に立ってもトランプ氏は評価できません。経済的には中国と対立する一方、香港やウイグルをめぐる民族問題には深入りしようとしませんでしたし、ロシアとの関係にも不穏なものを感じます。北朝鮮も水面下で着々と核開発やロケット開発技術を進化させていて、穏やかだったからといって単純に評価することはできないのです」
一方のバイデン氏をめぐっては、民主党の外交姿勢や自身と家族の中国との関係性から「親中派」と見なされることも多い。
「今後バイデン氏がどう動くかは分かりませんが、選挙後に菅総理と電話会談した際、『尖閣の領有権を日本に認める』と明確に伝えていますし、中国の違法行為にも人権などの面から圧力をかけています。現時点では米中関係より日米関係を重視し、地政学的秩序を重んじていると考えていいでしょう。日本は日本で、防衛に加えて経済、文化、外交などあらゆる分野を通じて『平和』をシビアに追及する必要があり、そのために米国を含めた同盟国と効果的に連動していくことが望ましい」
最後に、バイデン政権について日本はどのような観点から評価していくべきか。キャンベル氏は「日本人として、ファクトに基づく形で関心を向けてほしい」と語る。
「日本にとっては、新大統領がどういう動きをするのかが重要です。ただ、『中国に強気だから良い』『移民受け入れに寛容的だから悪い』と単純に評価するのではなくて、その背景まで意識して複眼的に考えてほしいですね」
バナー写真:2020年11月7日、米デラウェア州で勝利を祝う民主党のバイデン前副大統領(左)と、ゴルフ場からホワイトハウスに戻る共和党のトランプ大統領(いずれもロイター=共同)