最も身近な野鳥カラス:人間に寄り添って暮らす知恵者

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杉田 昭栄 【Profile】

路上のゴミを食い散らかす、人を攻撃してくる…。カラスの悪評は枚挙にいとまがなく、そのイメージは他の野鳥に比べるとかなり悪い。しかしそんなことにお構いなく、知恵者である彼らは人間のそばにいれば「食・住」に事欠かないことを熟知しているようだ。カラスとは一体どんな鳥なのか。その生態と行動を長年にわたり観察し続けてきた研究者が解き明かす。

ニワトリよりも人間に近い、発達した脳

このようなカラスだが、「羽毛を身にまとった霊長類」という異名まである。彼らは知能が高いだけに、われわれが予想もつかない問題行動を起こすことがある。複雑な人間の生活に適応できる多様性があるので、一つの問題行動を解決する糸口が見えても、それを超えた次なる問題行動がカラスによってもたらされる。

ハシブトガラス。ハシボソガラスよりも肉食性が強い。都市部は食糧が豊富なのと止まり木の代わりになる構造物がたくさんあること、天敵である猛禽類(もうきんるい)がいないため、その数が激増した
ハシブトガラス。ハシボソガラスよりも肉食性が強い。都市部は食糧が豊富なのと止まり木の代わりになる構造物がたくさんあること、天敵である猛禽類(もうきんるい)がいないため、その数が激増した

カラスは他の鳥類に比べ、著しく脳が発達している。体重当たりの脳の重さの割合は1.4%で、ニワトリ(0.12%)の10倍以上だ。ヒトが1.8%だから、ニワトリより桁違いにヒトに近い。車の通る場所を予想しクルミを置き割って実を食べる、外れたら置き直す行為などはその表れである。こうした知恵があるから、人間のそばに棲(す)めば「食・住」に事欠かないで生きていけることを古来より知っていたのだろう。そしてその生活様式が大きく変わっても、それに適応してこれまでやってきた。人間の生産効率が良くなって物が余りだすと、彼らの食・住の素材が多くなり、結果としてカラスが増えるようになる。

高度成長期の東京都では約3万7000羽のカラスが棲み、群れをなして繁華街の裏に捨てられた残飯の吹きだまりにある生ごみに群がっていた。1998~2001年がそのピークで、彼らが行動する前の深夜のごみ回収、各自責任を持ってごみ管理する個別回収など、さまざまな対策が講じられた。現在はそうした措置が効果を発揮し、生息数は3分の1に減少した。苦情件数も当時の10分の1となり、カラスと人間の関係はやや落ち着いている。しかし、こうなるまでに20年の歳月を要している。

一度バランスを崩すと、人間と野生動物の共存関係を取り戻すのは容易ではない。カラスだけでなく野生動物は常に食を求めている。食いついたらなかなか離れない。賢い鳥としての行動や習性を解明して、上手に付き合っていく手だてを考えるのが、自然とのバランスを崩しがちな人間の務めと考える。

写真撮影=筆者
バナー写真=ハシブトガラス

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杉田 昭栄SUGITA Shōei経歴・執筆一覧を見る

宇都宮大学名誉教授・特命教授。東都大学教授。1952年岩手県生まれ。医学博士、博士(農学)。専門は神経解剖学。カラスの脳を解剖したのがきっかけで興味を持ち、行動・形態・生態などさまざまな側面から研究するようになった。近著に『カラス学のすすめ』(緑書房、2018年)がある。

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