日米野球の融合と集大成:千葉ロッテ左腕チェン・ウェイン

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李 弘斌 【Profile】

9年ぶりに彼が日本プロ野球に帰って来た。2020年、千葉ロッテマリーンズに途中加入した台湾人左腕チェン・ウェイン(陳偉殷)だ。10月以降、4試合に先発出場。打線の援護に恵まれず、白星こそ挙げられなかったものの、1年以上もペナントレースに出場していない投手が4試合連続クオリティ・スタート(6回以上投げて、自責点3以内)を達成し、防御率2.42は上出来だ。米メジャーリーグに渡ったチェン・ウェインを5年にわたり、取材してきた筆者はチェンをどう見ているのか。

MLBで獲得した新兵器「チェンジアップ」

チェンジアップはチェンがメジャー移籍後に習得した球種だ。これは「オーダーメイド」指導の最も良い例だと言える。チェンは中日時代、チェンジアップを投げたことはなかった。しかしMLBでは、チェンが右打者に対し武器にしていたフォークボールは肘を痛めやすいという理由で不人気のため、チェンジアップの練習を始めたのだ。

チェンジアップは緩やかに落ちる球で、打者のリズムを崩す効果があるだけでなく、右打者の外角に落ちていく効果もある。MLBの殿堂入りした名投手・ペドロ・マルティネスと「神の左腕」と呼ばれるヨハン・サンタナはチェンジアップの名手だ。

チェンジアップは主にボールの握り方により何種類かに分類される。まずチェンが練習したのは、親指と人差し指で輪を作ってボールを握る「サークルチェンジ」。ボールを握った手の形がOKサインに似ていることから「OKボール」とも呼ばれ、チェンジアップのうち最もポピュラーなものだ。チェンのサークルチェンジの練習は順調とは言えなかった。投げた球は落ちることなく、轟音(ごうおん)と共にストライクゾーンの真ん中に収まっていく。この状況にチェンは困惑した。

2015年春のキャンプでオリオールズの投手顧問に招かれたラモン・マルティネス(左)。チェン(右)にスリーフィンガー・チェンジアップを伝授した(李弘斌撮影)
2015年春のキャンプでオリオールズの投手顧問に招かれたラモン・マルティネス(左)。チェン(右)にスリーフィンガー・チェンジアップを伝授した(李弘斌撮影)

2015年春のキャンプでオリオールズはペドロ・マルティネスの兄で、同じく名投手として名をとどろかせたラモン・マルティネスを投手顧問として招いた。チェンの様子を見たラモンはブルペンでの練習後に、チェンにチェンジアップの中でも比較的習得しやすいスリーフィンガーチェンジを試してみるようアドバイスしたという。効果はてきめんだった。

ラモンは「弟はサークルチェンジの達人だったが、当時の私は中指と薬指と小指で投げる感覚がつかめなかった」と笑いながら話した。その後、ラモンは難易度を下げて、3本の指を縫い目にかけて握るスリーフィンガーチェンジを試してみることにした。チェンジアップで重要なのは「落ちること」であり、多少球速が出なくても問題はない。確かにサークルチェンジの方が効果は高いが、ラモンは球速よりも安定性をとったのだ。

ラモンからこの心得を教わったチェンがスリーフィンガーチェンジを試したところ、球筋は安定し、失投はほとんどなくなった。そして20年、チェンはNPBに戻って来た。そこで披露したチェンジアップの威力は人々に強い印象を与えた。この例から見てわかるように、選手が自分から問題提起し、コーチが個別に指導することで、新しい球種は頼れる武器へと生まれ変わったのである。

2015年からスリーフィンガー・チェンジアップをマスターしたチェンは投球の幅を広げた(李弘斌撮影)
2015年からスリーフィンガー・チェンジアップをマスターしたチェンは投球の幅を広げた(李弘斌撮影)

日米野球の違い その3:指導待ちvs. 自ら問題提起

「日本では選手からコーチに話しかけることはあまりなく、選手はコーチが指導してくれるのを待っているようにみえる」

ある台湾人選手は、長年、日本で見て来た選手とコーチのコミュニケーション方法をこう話した。「コーチはチームの中で目上の存在です。選手がコーチの前で冗談を言うようなことはほとんどない。コーチと普通に会話できるのは実績のあるベテラン選手くらいで、入団したばかりの若手選手には到底無理です」

確かに育成年代の指導を見てみると、団体でのトレーニングが主だ。たとえばランニング。一斉に行う下半身の強化と基礎体力づくりは、必ずしも悪いことではない。だが、若い選手はまだ自分が何を必要としているかも分かっていない段階。最高レベルのスポーツにおいて、その勝敗を左右するのは往々にして他人とは違う能力を持つ選手である。もしかしたら、MLBが野球の世界最高峰であるのは、彼らが個を重視した指導をしているからかもしれない。

メジャーリーグは自主トレを重視し、選手のトレーニング方法も各人各様だ。2013年撮影、チェン(右)と元中日のトレーナー中沢好宏(左)(李弘斌撮影)
メジャーリーグは自主トレを重視し、選手のトレーニング方法も各人各様だ。2013年撮影、チェン(右)と元中日のトレーナー中沢好宏(左)(李弘斌撮影)

また、日本ではランニングが重視され、米国ではウエイトトレーニングを重視するという違いがある。チェン・ウェインはその両方を経験、日米野球を融合し、集大成を果たした。今回の日本プロ野球復帰後に見せた好投が何よりその証左と言えるだろう。近年、チェンはシーズン終了後に台湾に戻った際、トレーニングキャンプを主催し、自身の経験を若い選手に伝えている。

チェンは2020年最後の試合となったソフトバンク・ホークス戦で、先発3回1アウトで3被弾、5点を失い、KOされた。だがこの負けが先の4試合での評価に影響することはないだろう。来シーズンの日本での契約は問題ないと見られ、将来、再びMLBの門を叩く可能性もある。現在、チェン・ウェインの成績は日米通算で95勝。100勝目をどこで飾るのか楽しみだ。

バナー写真=2020年のシーズンにNPBへ復帰し、ロッテに入団した台湾人投手チェン・ウェイン(陳偉殷)、2020年10月21日、対西武ライオンズ戦(共同)

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スポーツ記者。台湾中国時報スポーツ部主任。FOXスポーツチャンネル、イレブンスポーツチャンネル、エリートアスリート賞選考委員(台湾体育署主催)、アジアゴールデングローブ賞選考委員(体壇週報主催)。中時電子報助理副編集長、中華サッカー協会メディア連絡員、麗台運動報記者等を歴任。

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