日米野球の融合と集大成:千葉ロッテ左腕チェン・ウェイン

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李 弘斌 【Profile】

9年ぶりに彼が日本プロ野球に帰って来た。2020年、千葉ロッテマリーンズに途中加入した台湾人左腕チェン・ウェイン(陳偉殷)だ。10月以降、4試合に先発出場。打線の援護に恵まれず、白星こそ挙げられなかったものの、1年以上もペナントレースに出場していない投手が4試合連続クオリティ・スタート(6回以上投げて、自責点3以内)を達成し、防御率2.42は上出来だ。米メジャーリーグに渡ったチェン・ウェインを5年にわたり、取材してきた筆者はチェンをどう見ているのか。

日米野球の違い その1:根性の完投vs厳格な球数制限

投手がまず感じる違いは、メジャーのボールが滑りやすいこと、そして2アウト・チェンジ前の投手の様子が全く違うことだろう。日本のようにベンチ前でキャッチボールをしてウォームアップすることができないのだ。とにかくこれは慣れるしかない。

だが、投手にとって最も大きな違いはMLBでの登板頻度が日本より高く、先発投手は中4日の間隔でマウンドに上がる。投手は毎シーズン、200イニング登板できるだけのスタミナの維持と故障率低下のために、厳格な球数制限がある。

日本で「完投」といえば闘魂を燃やした証だ。投手は一球一球にベストを尽くし、完全燃焼した達成感と感動がある。

しかし、MLBでは投手の肩・腕を「消耗品」とみなす。毎試合の先発投手の球数は原則100球に制限されている。先発投手の任務はこの100球以内で可能な限り長いイニングを投げること。5イニング投げることができれば、先発投手としての責務を果たしたと言える。

「平成の怪物」と呼ばれた松坂大輔はメジャー移籍直後、その野球文化の違いに苦しんだと言われている。5イニングに届かぬうちに100球を投げきってしまうのだ。「一生懸命」を座右の銘とし、コーナーを突く投球を持ち味としていたチェン・ウェインも、自身の完璧主義から抜け出せず、異なる野球文化になかなか馴染めなかった。チェンは自身をボルチモア・オリオールズに引き入れたバック・ショーウォルター監督に対し、不満を漏らすこともあったという。

2013年マイナーリーグで調整する松阪投手。MLBでは投球数制限に悩まされ、早い回で降板させられるなど、持ち味を発揮しきれなかった(李弘斌撮影)
2013年マイナーリーグで調整する松坂投手。MLBでは投球数制限に苦しみ、早い回で降板させられるなど、持ち味を発揮しきれなかった(李弘斌撮影)

チェンは2015年シーズン初の登板を対戦相手タンパベイ・レイズの本拠地で迎えた。オリオールズは2イニングで6点リードしたが、5イニング終了前に100球をほぼ投げきり、降板。勝利投手の権利を失った。試合後、ショーウォルター監督は「シーズンはまだ長い。チームメイトが大量リードを取ってくれたのなら、投手は三振にこだわらないことも必要だ」と話した。

2週間後のボストンマラソンの日、チェンは降り続く雨の中、レッドソックスの本拠地フェンウェイ・パークでの試合に登板した。先発4イニング1アウトまでに5回もフォアボールを出してしまい、100球を待たずに降板となった。試合後、湿気に満ちた球場で監督は「ボールを完全にコントロールできる人間はいない。投手は戦略を変えなければならない。まずストライクゾーンに入れること、それができれば、ほとんど成功したようなものだ」と話した。その言葉はメジャー移籍4年目のチェンにも伝えられた。

「時に小さなこだわりを捨て、大局を見なければならない」

それがMLBの考え方だ。あの日のフェンウェイ・パークの試合も162試合のうちの1試合にすぎないのだ。

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スポーツ記者。台湾中国時報スポーツ部主任。FOXスポーツチャンネル、イレブンスポーツチャンネル、エリートアスリート賞選考委員(台湾体育署主催)、アジアゴールデングローブ賞選考委員(体壇週報主催)。中時電子報助理副編集長、中華サッカー協会メディア連絡員、麗台運動報記者等を歴任。

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