女子プロゴルフ界はジャンボ尾崎、中嶋常幸門下生の時代が到来か?
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原、笹生、西郷、ジャンボ軍団女子部強さの秘密
プロ通算113勝の前人未踏の記録を持つ尾崎将司とツアー通算48勝、シニアを含め日本タイトル7冠を手にしている中嶋常幸。この両雄に青木功を加えた3人はAONと呼ばれ、1970年~2000年代初頭にかけて国内男子ツアーを牽引したゴルフ界を代表するレジェンドだ。そのジャンボ尾崎と中嶋の門下生が近年、国内外の女子ツアーで目覚ましい活躍を見せている。
特にコロナ禍でシーズンの開幕がずれ込み、変則スケジュールとなった2020年は、ジャンボの弟子たちがメディアをにぎわせた。まず、6月の開幕戦のアース・モンダミンカップで、19年プロテストに合格したばかりの西郷真央がプロデビュー戦でいきなり優勝争いを演じ、5位に入った。すると、8月のニトリレディースでは、大器と期待される笹生優花(さそう ゆうか)が史上4人目となる初Vからの2試合連続優勝をマーク。そして10月に開催された国内最高峰の日本女子オープンでは、8頭身の抜群のスタイルと攻撃的なゴルフで人気を集める原英莉花が国内メジャー初優勝を飾った。
かつて、ジャンボの薫陶を受けた男子プロはジャンボ軍団と称され、男子ツアーを席巻したが、その系譜を引く原や笹生、西郷らはジャンボ軍団女子部とも呼ばれ、ファンの注目の的となっている。門下生に共通しているのはその豊富な練習量だ。
ジャンボが2018年に立ち上げた「ジャンボ尾崎ゴルフアカデミー」でコーチ役を務める山田竜太プロは「普段の練習量がそのまま彼女たちの結果に表れています」と話す。
女子部の「お姉さん格」の原は、今でこそ畑岡奈紗や渋野日向子らとともに、黄金世代をリードする旗手と目されているが、高校時代は無名に近かった。身長1メートル73センチの恵まれた体から繰り出される1W(ドライバー)の飛距離は、頭抜けた存在だったものの、粗削りで成績は安定しなかった。その才能が埋もれるのを見かねた関係者の紹介で、ジャンボに弟子入りしたのが高校2年生の時だった。
最も重視するのは土台となる体づくり
当時の原からすれば、ジャンボは雲の上の存在。最初は「お姉ちゃん」と言われ、名前で呼ばれなかったが、うまくなりたい気持ちは誰よりも強かった。ジャンボが原にまず言ったのは強い球を打つためのクラブの使い方、そしてそれができるようになるための体のつくり方だった。
「一つ一つの言葉がとても重くて、ちゅうちょなく振ること(が大事だ)と教えられました」と原は入門後に語っている。
レギュラーツアーで無敵を誇っていた頃にジャンボがよく口にしていたのが「心技体という言葉があるが、オレは体が先だと思っている。スポーツ選手は体が充実してはじめて、技と心がついてくる」というトップアスリートとしての「哲学」だった。それは指導に比重を置くようになった今も揺らぐことはない。門下生を教える際に常に優先するのは、土台となる体づくりである。
その真意を山田プロは「練習する体力、力強いスイングをするための体力が大事だということです。練習でいっぱい、いっぱいになるようでは、プロの世界では戦っていけない。何より、しっかりした体ができれば、大きなケガもしなくなります」と説明する。
入門後の原もその教えを守り、男子に交じって練習した。山田プロは当時の原について「女子は英莉花1人だけでしたが、今までのジュニアの中で彼女が一番ジャンボさんの言葉を信じて、練習していたんじゃないでしょうか。覚悟があったんだと思います」と明かす。
ジャンボの呼び方もしばらくすると「お姉ちゃん」から「英莉花」に変わった。現在、「ジャンボ尾崎ゴルフアカデミー」には約40人が在籍。門下生は千葉県内にあるジャンボ専用の広大な練習場で指導を受けている。そこには約300ヤードの打撃レンジがあり、バンカーや練習グリーン、それに野球のティーバッティングに似た運動ができる専用のスペースも設けられている。そもそもジャンボが同アカデミーを立ち上げたのは、この施設をジュニアに開放し、将来を担う選手を育ててゴルフ界に恩返しをするためだった。
練習は朝9時から始まり、午前中は基礎トレーニングを中心にメニューを消化。ジャンボ特製の500グラム~1キログラムのミニクラブで台の上に置いたソフトボールを打ち、タイヤ引きなどを行う。午後からは打撃レンジやバンカー内からのショット練習を繰り返す。
軍団メンバー間の競争心が相乗効果を生む
ミニクラブを使った練習は、ジャンボ軍団オリジナルのトレーニング法だ。その効用について山田プロは次のように説明する。
「重くて短いクラブなので遠心力が利きません。それを自分で遠心力が出るように振る。そうすると自然と振る力が付いて、効率的な体の使い方が分かるようになります。それに加え、クラブが短いので、前傾姿勢が浅くなり、クラブをより水平に振れるようになる。ジュニア特有の右肩が落ちてジャンプして振るような悪い癖も修正されやすくなります」
もともとジャンボの指導者としての能力は、現役時代から一頭地を抜くものだった。健夫、直道の2人の弟をはじめ、飯合肇、羽川豊、東聡、金子柱憲、伊沢利光ら数多くの一流選手を育て上げた。彼らがそろって目を見張るような成績を収められたのは、もちろん師匠の指導力の賜物(たまもの)ではあるが、見逃せないのが軍団メンバー間の競争心だ。
その伝統は軍団女子部にも受け継がれ、誰かが結果を出すと、それを発奮材料に他の選手が好成績を収める好循環が出来つつある。山田プロはいう。
「同じ集団の中で英莉花があれだけやっているんだから、おまえたちはやらなくていいのかってよく言っています。英莉花はいい意味でゴルフバカ。英莉花が本当にいいお手本になってくれています」
ジャンボの門下から次々と有望な選手が出てくるのは偶然ではなく、必然とも言えそうだ。
トミーアカデミーが重視するのは試合を想定した練習
一方、ジャンボとはまた違う形で次世代の育成に力を注いでいるのが中嶋だ。2012年に自らのスポンサーである森ビルの協力を得て「ヒルズゴルフトミーアカデミー」を設立。年に3、4回、3日間の合宿を行い、小、中、高校生のジュニア世代の指導に当たっている。
中嶋がアカデミー生を指導する際、重視しているのが試合を想定した練習だ。合宿ではダッシュをして心拍数が上がった後にラウンドをさせたり、2人1組のマッチプレー形式で、緊張感を持たせながら練習させたりしている。
同アカデミーのスタッフは「技術的な部分はいろいろなコーチが教えられますが、その上の段階の、試合でどう戦っていくかというところは、実際に経験して優勝争いした者じゃないと教えられませんので、(中嶋は)そういうところを鍛えるようにしています」と話す。
合宿中はトレーニングにも十分な時間を割くようにしている。松山英樹の専属トレーナーの飯田光輝氏にも協力を仰ぎ、体力アップやトレーニング知識の習得のサポートをしてもらっている。15年の宮崎合宿では親交のある松山英樹をサプライズゲストに招き、門下生を喜ばせたこともあった。「世界のトップレベルにいる選手がどんなプレーをして、どういう練習をどんな形でやっているのか、子供たちに間近で見てもらい、何かを感じて欲しかった」と中嶋。
合宿のメニュー作りは毎回スタッフと話し合って工夫を凝らす。また、生徒の中から1人を選抜し、自身がテレビ解説を務める海外メジャーのマスターズに同行させ、現地で一緒に観戦しながら学ばせる視察研修も行っている。
20年10月の国内メジャーの日本オープンで優勝争いに加わり、ローアマチュアに輝いた日体大3年の河本力(かわもと りき)もその視察メンバーの1人だった。
これまでトミーアカデミーからは、米ツアー通算3勝を挙げ、今や日本のエースとなった畑岡や19年から米ツアーに挑戦している山口すず夏らが巣立っている。また、河本の姉・結(ゆい)も弟がアカデミー生だった縁で、18年の合宿に特別参加し、その経験をステップに翌年の女子ツアー、アクサレディースでツアー初優勝を果たした。今季は山口と同じように米ツアーに主戦場を移し、奮闘中だ。
19年、渋野が海外メジャーの全英女子オープンで、樋口久子以来42年ぶりとなる日本選手のメジャーVを飾り、大きな話題を集めたのは記憶に新しい。しかし男子はジャンボも中嶋もメジャータイトルに近づきながら(尾崎は全米オープン最高6位、中嶋は全米プロ最高3位)、ついにそのチャンスをつかむことができなかった。2人が果たせなかった夢を、彼らの弟子達がいずれかなえる日がくることを楽しみに待ちたい。
バナー写真:2019年の冬に行われたジャンボ尾崎(中央)主催のジュニアレッスンイベントに講師として参加した原英莉花(右隣) GGMG