面白法人カヤック:鎌倉から「地域の豊かさ」を発信

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神奈川県鎌倉市に本社を構える面白法人「カヤック」は、IT系クリエーター集団。その一方で、移住促進マッチングサービスなど、地域の魅力を発信し、活性化にも取り組んでいる。人とのつながりを指標化し、これまでのGDP指標で足りない部分を補う「地域資本主義」を模索するCEOの柳澤大輔さんに話を聞いた。

柳澤 大輔 YANASAWA Daisuke

株式会社カヤック代表取締役CEO。1974年香港生まれ。 慶應義塾大学環境情報学部卒業後、ソニー・ミュージックエンタテインメントに入社。1998年、神奈川県鎌倉市に本社を置く面白法人カヤック設立。デジタルコンテンツを数多く発信。さまざまなWeb広告賞で審査員を務める一方で、ユニークな人事制度やワークスタイルなど新しい会社のスタイルを提案する。2018年『鎌倉資本主義』(プレジデント社)、2020年『リビング・シフト』(KADOKAWA)など上梓。

JR鎌倉駅西口から歩いて5分。奥まった隠れ家的なスペースに面白法人「カヤック」がある。同社は、デジタルコンテンツのクリエーター集団。インターネット交流サイト(SNS)やウェブプロモーション、ソーシャルゲームの企画開発、eスポーツ、VR(仮想現実)などを手掛け、日本的でユニークなコンテンツを制作している。最近は、人気漫画「鬼滅の刃」キャラアプリを集英社と共同で制作したり、1カ月で2000万回再生された『世にも奇妙なオンライン会議〜西野ン会議(ニシノンかいぎ)〜』や、2カ月半で10万人以上を集めた「うんこミュージアム」を企画したりした。このほか、地方移住を支援するマッチング事業「SMOUT(スマウト)」や、鎌倉で働く人を応援しようと地元ならではのメニューを週替わりで提供する「まちの社員食堂」といった、地域の人々をつなぐ事業も手掛けている。

面白法人カヤックのCEO 柳澤大輔さん
面白法人カヤックのCEO 柳澤大輔さん

「面白法人」が目指す社会

柳澤さんは、大学を卒業後、1998年に学生時代の友人3人で面白法人カヤックを設立した。面白い社会をつくりたいとの願いを込めて「面白法人」と名付けた。 

鎌倉を選んだ理由について柳澤さんは「立ち上げメンバーが、学生時代に好きだった場所が鎌倉なのです。都心から電車で55分なのに海と山があり、文化資本に恵まれている。何より、あのひどい満員電車に乗りたくなかったんです」と打ち明ける。自身も鎌倉在住で、社員にも職住近接を勧めている。とはいえ、一部社員のために秋葉原にもアキバスタジオがある。

ガラス張りの社屋ビル2棟が建つ路地の奥にはワーキングスペースの古民家が並ぶ。
ガラス張りの社屋ビル2棟が建つ路地の奥にはワーキングスペースの古民家が並ぶ。

シリコンバレーをもじった「カマコン」

世の中に面白がる人を増やすには、まず鎌倉をより面白くすればいいのではないかと考えた。そこで、2013年にカヤックを核に地域団体「カマコン」を、鎌倉に拠点を置くベンチャー企業の経営者仲間とともに立ち上げた。「この街を愛する人を、全力支援!」をコンセプトに、企業の経営者や行政、NPOが参加し、アイデアを出し合う。新聞の取材を受けた際、米シリコンバレーをもじって「カマコンバレー」と表現されたことにちなんだ。現在、会員企業43、個人会員142人で、月1回の定例会を開いている。

定例会では、メンバーが、独自プロジェクトのプレゼンテーションを行い、選んだ企画に自由にアイデアを出し合うブレーン・ストーミング(ブレスト)でプロジェクトを選択、メンバーを募り実施する。柳澤さんはブレストを「秘伝のたれ」に例える。 

ブレストを中心としたカマコンの定例会スタイルは、鎌倉から徐々に地方へと広がっている。福岡のフクコン、沖縄県石垣島のイシコンなど今では、全国50近くの地域が導入している。柳澤さんは、「いつやめてもいいぐらいの気持ちで始めた」と言いながら、準備期間の2012年から、毎月一度も休まずに出席している。

ブレストは瞑想

創業時からずっとブレストを取り入れてきた柳澤さんは、仕事を主体的にジブンゴトと捉えてルールを作る側に回ると、まず視座、視点が一つ上がるという。課長が部長の視点になる。実際の役職名を変えることなく、全体の視座が一つ上がる。これを20年間続けてきて、ブレストを一人一人が主体的になりチームワークがよくなるトレーニングだと確信している。Google本社に瞑想(めいそう)部屋があるが、カヤックではブレストが瞑想の働きをしている。ブレストがきちんと行われているかどうかは、社内の健康指標の一つになっているという。

近くの古民家をワークスペースとして使っている。
近くの古民家をワークスペースとして使っている。

働く人の「まちの社員食堂」

カマコンから生まれたプロジェクトの一つに「まちの社員食堂」がある。社員のために福利厚生を充実させようと始めたこの食堂は、今では鎌倉に拠点を置く企業・団体23社(2020年11月現在)が会員として参画し、市内で働く人は誰でも利用が可能。さらに会員の従業員であれば割引が適用される。

「観光地・鎌倉の昼時はどこも大変な行列です。この社員食堂ができてとても助かっています」とカヤックのスタッフ、渡辺裕子さんは言う。鎌倉にある地元のレストラン50店舗が週替わりで平日のメニューを提供する。ミシュランの星を取ったことのある北鎌倉の「鉢の木」から、個性的な若手オーナーシェフたちまでが、ランチとディナーに腕を振るう。週末には地元在住の作家を招いたトークイベントなどが行われ、地元で働く人々のつながりが広がっている。

「まちの社員食堂」。この週は、井上蒲鉾(かまぼこ)店が担当。ハンバーグ定食会員割引価格800円。トレーには会員企業のメッセージ(左)。駅や本社からも近い。
「まちの社員食堂」。この週は、井上蒲鉾(かまぼこ)店が担当。ハンバーグ定食会員割引価格800円。トレーには会員企業のメッセージ(左)。駅や本社からも近い。

移住促進マッチングサービスSMOUT(スマウト)

会社を経営する中で柳澤さんは「誰と働くかがかなり重要」と感じている。何をやるかはもちろん大切だが、「誰と」と「どこで」働くかによって幸福感が大きく変わってくる。絶え間なくアイデアを繰り出すカヤックの源泉だ。

鎌倉発・地域資本主義の取り組みと並行して2018年に立ち上げたのが、移住促進マッチングサービス「SMOUT(スマウト)」だ。移住を希望する人がスキルを登録すると、行政も含めた受け入れ側がそのスキルに合った具体的な募集(スカウト)を届ける。この半年間で、1カ月の平均登録数が約450人から1400人と3倍に増えた。「ネット関係人口スコアランキング」を見ると人気の街が一目瞭然だ。

現在、全国1700の自治体のうち600がSMOUTを通じスカウトを発信している。社員の中には、花粉症に悩まされる時期だけ花粉が少ない北海道で仕事をした人もいる。行政サービス「地域おこし協力隊」の募集にもすぐに人が集まる。コロナ禍で、テレワークなど多様な働き方が推進され、それが追い風になっているサービスの一つだ。

SMOUT募集の一例、サイトから。
SMOUT募集の一例、サイトから。

「地域資本主義」を鎌倉から

カヤックは、市内で唯一の上場企業(2014年東証マザーズ上場)。資本主義の一端を担いながら、従来の資本主義が直面する富の格差拡大や環境問題など、負の側面についても考えるようになった。

そこで資本主義のメカニズムを変えずに、アップデートするための新たな指標をつくることを考え始めた。人とのつながり(社会資本)が増えていくカマコンというコミュニティー活動を通して、地域の持つ豊かさを実感した柳澤さんは、人の幸福度を上げていく指標のヒントになりそうなものが「地域」に眠っているのではないかと直感的に思った。

資本主義の根幹となる従来の地域経済資本(財源や生産性)に加えて、地域社会資本(人とのつながり)、地域環境資本(自然や文化)の3つの「地域資本」をどのように増やしていけるか、それを測るためにどんな指標が必要かを突き詰めることで、資本主義を補完できるのではないかと考えている。「景観においても、コンテンツにおいても、地域独自の良さを誰にでもシンプルに届く形で伝えていくことが、その地域のファンを増やすことにつながる」と柳澤さんは自著『鎌倉資本主義』(プレジデント社)で述べている。

これから選ばれる会社は?

創業から22年、カヤックは社員300人を超える企業に成長した。柳澤さんは、最近読んだ『トレイル・ブレイザー』(東洋経済新報社、マーク・ベニオフ、モニカ・ラングレー共著)から「『成功する会社』が選ばれるのではなく、『善いことをする会社』が選ばれる世の中になるのではないか」を引き、「社会に対する責任を担う企業が、消費者や社員から選ばれる時代になる」と予感している。SNSなどの普及で、社員が企業の評価を自由に発信できる時代になったからだ。

「利益追求だけではなく、もっと人間愛のような深いところに源を探り、自分自身の心が満たされてこそいいことをしようと思うようになる。このような動きが、経営者に限らず、個々の社員の動きとして求められ、広がっていくのではないか」と柳澤さんは将来を見据える。

側道に書かれたメッセージ「仲間を助ける力をもて。仲間に助けてもらう勇気をもて」。
側道に書かれたメッセージ「仲間を助ける力をもて。仲間に助けてもらう勇気をもて」。

写真撮影=川本 聖哉
バナー写真:カヤック本社前の柳澤大輔氏。

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