台湾「市制百年」:日台の都市発展、これからは相互の交流時代

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台湾に市制が敷かれたのは1920年10月1日のことで、今年、100周年を迎える。この100年の間、日本は台湾の都市計画と都市文化の発展において重要な役割を果たしてきた。戦前に建てられた公共施設は、台湾の現代都市文化の礎となり、戦後、中華民国政府は日本統治時代の都市計画法令をそのまま受け継いだ。日本のまちづくりも台湾に大きな影響を与えている。筆者は台北で日本からのシンクタンクの訪問団に帯同した経験から、将来は日本と台湾間の双方向の「交流」が実現する可能性を強く感じた。本稿では都市発展面での100年余にわたる日台の交流と、未来の展望について紹介したい。

一方通行から双方向の日台交流へ

日本統治時代から現在に至るまで、台湾の都市計画と都市文化は、日本から一方的に影響をに受けてきた。とはいえ、今後、日台間で双方向の交流が生まれる可能性がないとは言い切れない。日本には「地球環境戦略研究機関(IGES)」という環境政策シンクタンクがある。98年に日本政府によって設立され、後に公益財団法人となった非政府組織(NGO)だ。

私は2017年末に故郷台北からIGESへ実習生として3カ月間、研究活動に従事した。その後、台湾に戻ってからもIGESの同僚と連絡を取り続けている。

19年1月、IGESの堀田康彦博士は国際環境組織「ICLEI」の協力のもと、台湾の低炭素社会・循環型社会政策の状況を視察するために、研究チームを率いて訪台した。研究チームは訪台前に私に連絡をくれ、台北市内の視察に招待してくれた。彼らと共に日本統治時代に建設された台北酒工廠を改装して誕生した「華山1914文化創意産業園区」を見学したとき、研究チームは台湾における工業遺産の活性化策を称賛し、日本よりも成功していると感じたと話してくれた。

数日後、堀田博士ら一行はICLEI東アジア地区高雄環境永続発展能力訓練センター国際組組長の廖卿惠(りょうきょうけい)博士と共に、新北市政府と桃園市政府を訪問した。

日本への留学経験があり、日本語が堪能な廖博士によると、IGESの研究チームはこのように話していたという。「国連からの委託研究のために、ここ2年、アジア各国を視察したが、何も成果を得ることはなかった。だが新北市政府と桃園市政府の報告を聞き、私達はようやく理想的な『持続可能な消費と住民の参加』(政府が生産と消費を推進する新しいモデル。資源消費と環境破壊の低減を進め、住民の意見も取り入れながら実行していく)の事例を見つけることができた。近いうちに再び訪台し、さらに理解を深めたい」

「持続可能な開発(sustainable development)」が世界的に重要な議題となった今、私はこんな期待を抱いている。持続可能な開発において、すでに成果をあげている台湾の都市が、今後さらに「文化財の保護と活性化」「環境への負荷が少ない『グリーン都市』の整備」を推進することができれば、日本と台湾の間にある都市計画と都市文化の交流史に新たな1ページが加えられるのではないか。100年余りの間、日本が台湾へ影響を与えてきたという一方向の交流が、双方向の交流という新たなステージに進むかもしれないという期待である。

バナー写真:台北市の100周年記念として、現在の台北市長柯文哲氏(右端)は歴代の台北市長と共に記念キャンペーンに出席した。(台北市政府提供)

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