ふるさとの味を求めて――在日台湾人の台湾ロス

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林 翠儀 【Profile】

コロナ禍による世界同時鎖国で、台湾好きの日本人は台湾旅行に行けずに「台湾ロス」に陥った。重度の台湾ロスにかかったのは日本人ばかりではない。日本に暮らす在日台湾人は里帰りもままならず、子どもの頃から慣れ親しんだ味を日本で再現できないことに寂しさを募らせている。似ているようで致命的に違う日台の食材・食文化について、ロスの真っただ中にいる台湾自由時報東京特派員である筆者が写真満載で熱く語ります!

日本ラーメンの台湾代表食材となったメンマ

日本のラーメンの定番トッピング「メンマ」は、マチクのタケノコを発酵させてつくる。戦後、台湾出身の丸松物産の創業者・松村秋水が台湾産のマチクの乾燥タケノコを本格的に輸入したことに端を発する。しかし中華そば(しなそば)のトッピングだったためか、「シナチク」と表示され、1950年代に当時の台湾政府の抗議を受けてカタカナの「メンマ」に変わったという。

台湾産のメンマが日本の庶民グルメであるラーメンの定番食材になったことは、まさに日本の食文化の中心に台湾代表として登場したようで誇らしい。しかしラーメンとメンマの組み合わせがあまり“テッパン”すぎて、日本では他の食べ方をほとんど見掛けない。日本人にとってメンマは、誰もが一度は食べたことがあるが、謎に包まれた食材なのかもしれない。

台湾のさまざまな乾燥タケノコ(何基特提供)
台湾のさまざまな乾燥タケノコ(何基特提供)

ところで、台湾料理で定番の「涼筍沙拉」(タケノコサラダ)で使う綠竹筍(リョクチクタケノコ)はマチクと同じ中国や東南アジアに生育する慈竹(ジチク)の仲間だが、緑竹筍の水煮や凍らせたものはナシのようにみずみずしく甘く、魂すらも奪われそうになる。聞くところでは九州で栽培されているそうだが、生産量が極めて少なく入手は困難だ。

「緑竹筍」を凍らせたものは夏の人気メニューだ(筆者提供)
「緑竹筍」を凍らせたものは夏の人気メニューだ(筆者提供)

日本にもあるのだが、なぜか味が違う食材の代表と言えばサトイモだろう。粘り気が強く、台湾のヤマイモに近い。「檳榔心芋」と呼ばれる台湾で栽培されているサトイモは香りと味に深みがあり、デザートの食材として適している。例えば見た目が大根餅に似たサトイモ餅、肉そぼろなどを混ぜて蒸した「芋頭糕」や「芋粿」、あるいは煮た後にあめを絡ませた「蜜糖芋頭」など、日本のサトイモでこれらを作れない訳ではないが、味や香りでどこか物足りない。修行僧も寺の塀を跳び越えて味わいたくなるぐらいおいしいと名付けられた「佛跳牆」や、近年日本でも人気の火鍋で、日本産のサトイモで代用しようとするならば、必ず大きく失望することになるだろう。

他に替えが利かない食材と言えば「芋頭糕」を蒸す際に使う台湾産の「在来米粉」がある。この在来とは台湾の伝統的な栽培品種のインディカ米を指し、長粒で粘り気は少ないが、タンパク質とアミロース含量が豊富で、大根餅や米をすりつぶしてお碗で蒸し上げた「碗粿」(ライスプリン)、蒸した米をすりつぶして作った麺の「米苔目」などに適している。品種の違いから、日本の米粉やライスミルクは、蒸し炊きしても、台湾風のしょっぱいライスプリンのキュッとした弾力は生まれない。残念と言う他ない。

大根餅を蒸すのに「在来米粉」は欠かせない(筆者提供)
大根餅を蒸すのに「在来米粉」は欠かせない(筆者提供)

いわゆる「ふるさとの味」というのは、食感や香ばしさが重要なポイントになるが、台湾内でも同じ食材や同様の調理法でも違いは生まれ、わが家とよその家の味でさえも違ってくるのだ。外国にいる以上、ある程度妥協も必要で、台湾の味に近いのであれば満足できるのかもしれない。しかし台湾料理レストランで「三杯中巻」(ヤリイカの三杯ソース炒め)や「炒海瓜子」(アサリ炒め)に台湾バジルとも呼ばれる「九層塔」が入っていないと何とも言えない寂しい気持ちになる。日本では香りの強い「パクチー」(香菜)が受け入れられ、パクチー好きも少なからず存在する。しかし残念ながら台湾人が愛してやまない「九層塔」はそこまでメジャーにはなっていない。新型コロナウイルスの影響でなかなか帰省できない今、九層塔の入った玉子焼き食べられたなら、どれだけ多くの台湾ロスの台湾人を慰めることができるだろうか。

九層塔の入った玉子焼き(筆者提供)
九層塔の入った玉子焼き(筆者提供)

バナー写真=台湾の煮物には欠かせない「豆干」(lcc54613 / PIXTA)

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台湾自由時報東京特派員。政治記者として10数年、その後、90年代初めに起こった台湾の日本ブームで、日本語を勉強。その後、社内で編集や日本語翻訳へ活躍の場を広げる。著書に『哈日解癮雜貨店』(印刻出版、2017年)がある。

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