ふるさとの味を求めて――在日台湾人の台湾ロス
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台湾人の日本七不思議その1:日本には「豆干」がない
日本と台湾は距離が近く人の行き来も盛んなことから、日本でおいしい台湾料理を食べることは他国に比べれば比較的容易だ。しかし、自宅でふるさとの味を再現しようとすると、往々にして「ひと味足りない」問題に直面する。台湾では空気と同じように手に入る食材が日本ではとにかく手に入らない。その代表とも言うべきものが「豆干」(=ドウガン、豆乾と表記することもある)だ。
在日台湾人にとって日本で豆干が買えないことは、まさに七不思議の1つだろう。日本の大豆は大きくみずみずしく、豆腐を筆頭に加工食品の種類が豊富でおいしい。スーパーに行けば、絹豆腐、木綿豆腐、高野豆腐、寄せ豆腐、それに厚揚げ、油揚げ、湯葉など、さまざまな種類の豆腐製品が所狭しと商品棚に並べられている。しかし、そんな中で唯一、豆干だけが無いのだ。
豆干は台湾料理には欠くことのできない食材だ。日本人がイメージする豆腐より弾力があり、食感はカマボコに似ている。例えば、客家(はっか)炒め、回鍋肉(ホイコーロー)、豆干と豚肉の細切り炒め、豆干ときゅうりの細切り和え、豆干と煮干し炒め、台湾風煮物の中の豆干など、ほとんどの台湾人が郷愁に駆られる料理に必ずといっていいほど登場する。この食材が手に入らないことで、ふるさとの味を再現できない・・・。かなり重大な事だと理解いただけるだろう。
日本の豆腐は、およそ奈良時代に遣唐使の僧侶が中国から持ち帰ったと言われ、奈良や京都などの寺院の精進料理として出され、それが貴族や武士らに伝わり、室町時代にようやく一般人の食卓に上るようになったそうだ。
四川料理の麻婆豆腐は日本でも定番の家庭料理となったが、豆干炒めが依然として遠い異国の料理なのは、圧縮して脱水した豆干が、日本人にとっては豆腐の仲間には分類できない別の食材だからかもしれない。徳島県の山間部の郷土食材「岩豆腐」や、富山、石川、福井など北陸地方にも水分の少ない「堅豆腐」と呼ばれる豆腐があるが、食感は台湾の「百頁豆腐」(押し豆腐)のようであり、弾力のある豆干とは違う。
今ではインターネット通販や不定期に開催される台湾フェア、物産展などで豆干を購入することはできる。ただ、輸入品のため割高で、もはや台湾人の知っている庶民の食材ではない。しかも高温殺菌後に真空パックされるため、新鮮さの指標である弾力性が失われていて、本来の豆干とは違うものになっている。
台湾人の日本七不思議その2:日本の豚肉は皮が付いていない
在日台湾人にとっての七不思議の2つめは、「皮付き豚肉」がないことだ。日本のスーパーで売っている豚肉はことごとく皮が付いていない。長崎では豚の角煮が有名で、一説では中国の東坡肉(トンポーロー)に由来すると言われる。真っ白いモチモチの饅頭にトロトロの角煮が入った角煮まんは、一見、台湾の刈包(グウアバオ)にうり二つだ。だが肉をよく見ると、脂身付きの豚肉には豚皮が付いていない。日本で皮付き豚肉を食べたければ沖縄に飛ぶしかないのかもしれない。泡盛と黒糖で煮込んだ沖縄風角煮「ラフテー」なら少し慰めになるだろうか。
豚バラに皮が付いていないと、台湾風の角煮にはならない。滷肉飯(ルーローハン)に入れる肉も、ブロック肉をカットして煮込んで使うことが多く、皮のプルプルとした食感と八角の香りがあってこそ、故郷の味なのだ。
韓国料理の影響もあって、最近は日本でも豚足を食べるようになった。しかしスーパーで売られているのは、せいぜいひづめからひざにかけての部位で、太ももまで付いたものは見たことがない。これでは台湾料理の定番宴席メニューの「筍乾封肉」(タケノコの豚角煮乗せ)が作れないので、シェフは困り果てるだろう。
日本では豚の大腸も売っていない。福岡名物のもつ鍋は、今や日本中どこでも食べられるようになった。もつ鍋の中身はほとんどが豚や牛の小腸で、スーパーでも買えるのに、なぜか大腸がないのが不思議でならない。豚大腸がなければ客家料理の「薑絲炒大腸」(ショウガ豚大腸炒め)は作れない。
肉類でもう一つ忘れてはならないのは、鶏肉に骨が付いていないことだ。手羽先以外、スーパーで売っているのは、全てが骨抜き。鶏一羽丸ごと買っても頭は付いてこない。日台の食文化の違いが現れて興味深い。
台湾グルメの豚角煮で忘れてならない脇役といえば、台湾の干しタケノコだろう。緯度の違いから日本と台湾とでは植生が異なる。台湾はマチクが多いが、日本ではモウソウチクが主流でマチクはほとんど見かけない。種類によって食感はやはり違うのだ。
日本ラーメンの台湾代表食材となったメンマ
日本のラーメンの定番トッピング「メンマ」は、マチクのタケノコを発酵させてつくる。戦後、台湾出身の丸松物産の創業者・松村秋水が台湾産のマチクの乾燥タケノコを本格的に輸入したことに端を発する。しかし中華そば(しなそば)のトッピングだったためか、「シナチク」と表示され、1950年代に当時の台湾政府の抗議を受けてカタカナの「メンマ」に変わったという。
台湾産のメンマが日本の庶民グルメであるラーメンの定番食材になったことは、まさに日本の食文化の中心に台湾代表として登場したようで誇らしい。しかしラーメンとメンマの組み合わせがあまり“テッパン”すぎて、日本では他の食べ方をほとんど見掛けない。日本人にとってメンマは、誰もが一度は食べたことがあるが、謎に包まれた食材なのかもしれない。
ところで、台湾料理で定番の「涼筍沙拉」(タケノコサラダ)で使う綠竹筍(リョクチクタケノコ)はマチクと同じ中国や東南アジアに生育する慈竹(ジチク)の仲間だが、緑竹筍の水煮や凍らせたものはナシのようにみずみずしく甘く、魂すらも奪われそうになる。聞くところでは九州で栽培されているそうだが、生産量が極めて少なく入手は困難だ。
日本にもあるのだが、なぜか味が違う食材の代表と言えばサトイモだろう。粘り気が強く、台湾のヤマイモに近い。「檳榔心芋」と呼ばれる台湾で栽培されているサトイモは香りと味に深みがあり、デザートの食材として適している。例えば見た目が大根餅に似たサトイモ餅、肉そぼろなどを混ぜて蒸した「芋頭糕」や「芋粿」、あるいは煮た後にあめを絡ませた「蜜糖芋頭」など、日本のサトイモでこれらを作れない訳ではないが、味や香りでどこか物足りない。修行僧も寺の塀を跳び越えて味わいたくなるぐらいおいしいと名付けられた「佛跳牆」や、近年日本でも人気の火鍋で、日本産のサトイモで代用しようとするならば、必ず大きく失望することになるだろう。
他に替えが利かない食材と言えば「芋頭糕」を蒸す際に使う台湾産の「在来米粉」がある。この在来とは台湾の伝統的な栽培品種のインディカ米を指し、長粒で粘り気は少ないが、タンパク質とアミロース含量が豊富で、大根餅や米をすりつぶしてお碗で蒸し上げた「碗粿」(ライスプリン)、蒸した米をすりつぶして作った麺の「米苔目」などに適している。品種の違いから、日本の米粉やライスミルクは、蒸し炊きしても、台湾風のしょっぱいライスプリンのキュッとした弾力は生まれない。残念と言う他ない。
いわゆる「ふるさとの味」というのは、食感や香ばしさが重要なポイントになるが、台湾内でも同じ食材や同様の調理法でも違いは生まれ、わが家とよその家の味でさえも違ってくるのだ。外国にいる以上、ある程度妥協も必要で、台湾の味に近いのであれば満足できるのかもしれない。しかし台湾料理レストランで「三杯中巻」(ヤリイカの三杯ソース炒め)や「炒海瓜子」(アサリ炒め)に台湾バジルとも呼ばれる「九層塔」が入っていないと何とも言えない寂しい気持ちになる。日本では香りの強い「パクチー」(香菜)が受け入れられ、パクチー好きも少なからず存在する。しかし残念ながら台湾人が愛してやまない「九層塔」はそこまでメジャーにはなっていない。新型コロナウイルスの影響でなかなか帰省できない今、九層塔の入った玉子焼き食べられたなら、どれだけ多くの台湾ロスの台湾人を慰めることができるだろうか。
バナー写真=台湾の煮物には欠かせない「豆干」(lcc54613 / PIXTA)