ふるさとの味を求めて――在日台湾人の台湾ロス

暮らし 文化

林 翠儀 【Profile】

コロナ禍による世界同時鎖国で、台湾好きの日本人は台湾旅行に行けずに「台湾ロス」に陥った。重度の台湾ロスにかかったのは日本人ばかりではない。日本に暮らす在日台湾人は里帰りもままならず、子どもの頃から慣れ親しんだ味を日本で再現できないことに寂しさを募らせている。似ているようで致命的に違う日台の食材・食文化について、ロスの真っただ中にいる台湾自由時報東京特派員である筆者が写真満載で熱く語ります!

台湾人の日本七不思議その1:日本には「豆干」がない

日本と台湾は距離が近く人の行き来も盛んなことから、日本でおいしい台湾料理を食べることは他国に比べれば比較的容易だ。しかし、自宅でふるさとの味を再現しようとすると、往々にして「ひと味足りない」問題に直面する。台湾では空気と同じように手に入る食材が日本ではとにかく手に入らない。その代表とも言うべきものが「豆干」(=ドウガン、豆乾と表記することもある)だ。

在日台湾人にとって日本で豆干が買えないことは、まさに七不思議の1つだろう。日本の大豆は大きくみずみずしく、豆腐を筆頭に加工食品の種類が豊富でおいしい。スーパーに行けば、絹豆腐、木綿豆腐、高野豆腐、寄せ豆腐、それに厚揚げ、油揚げ、湯葉など、さまざまな種類の豆腐製品が所狭しと商品棚に並べられている。しかし、そんな中で唯一、豆干だけが無いのだ。

日本にはさまざまな種類の豆腐製品が販売されているが唯一「豆干」だけない(筆者提供)
日本にはさまざまな種類の豆腐製品が販売されているが唯一「豆干」だけない(筆者提供)

豆干は台湾料理には欠くことのできない食材だ。日本人がイメージする豆腐より弾力があり、食感はカマボコに似ている。例えば、客家(はっか)炒め、回鍋肉(ホイコーロー)、豆干と豚肉の細切り炒め、豆干ときゅうりの細切り和え、豆干と煮干し炒め、台湾風煮物の中の豆干など、ほとんどの台湾人が郷愁に駆られる料理に必ずといっていいほど登場する。この食材が手に入らないことで、ふるさとの味を再現できない・・・。かなり重大な事だと理解いただけるだろう。

ほとんどの台湾人が郷愁に駆られる料理に「豆干」は欠かせない(何基特提供)
ほとんどの台湾人が郷愁に駆られる料理に「豆干」は欠かせない(何基特提供)

日本の豆腐は、およそ奈良時代に遣唐使の僧侶が中国から持ち帰ったと言われ、奈良や京都などの寺院の精進料理として出され、それが貴族や武士らに伝わり、室町時代にようやく一般人の食卓に上るようになったそうだ。

四川料理の麻婆豆腐は日本でも定番の家庭料理となったが、豆干炒めが依然として遠い異国の料理なのは、圧縮して脱水した豆干が、日本人にとっては豆腐の仲間には分類できない別の食材だからかもしれない。徳島県の山間部の郷土食材「岩豆腐」や、富山、石川、福井など北陸地方にも水分の少ない「堅豆腐」と呼ばれる豆腐があるが、食感は台湾の「百頁豆腐」(押し豆腐)のようであり、弾力のある豆干とは違う。

今ではインターネット通販や不定期に開催される台湾フェア、物産展などで豆干を購入することはできる。ただ、輸入品のため割高で、もはや台湾人の知っている庶民の食材ではない。しかも高温殺菌後に真空パックされるため、新鮮さの指標である弾力性が失われていて、本来の豆干とは違うものになっている。

台湾風煮物の豆干は台湾人にとってソウルフードだ(何基特提供)
台湾風煮物の豆干は台湾人にとってソウルフードだ(何基特提供)

次ページ: 台湾人の日本七不思議その2:日本の豚肉は皮が付いていない

この記事につけられたキーワード

食文化 台湾 料理

林 翠儀LIN Tsuei Yi経歴・執筆一覧を見る

台湾自由時報東京特派員。政治記者として10数年、その後、90年代初めに起こった台湾の日本ブームで、日本語を勉強。その後、社内で編集や日本語翻訳へ活躍の場を広げる。著書に『哈日解癮雜貨店』(印刻出版、2017年)がある。

このシリーズの他の記事