台湾野球と日本(中)〜チアリーダーと観客が熱く盛り上がる
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2020年は世界中のスポーツファンにとって試練の年だ。新型コロナウイルスが覆う影の下、多くのスポーツが試合を中止せざるをえない状況に追い込まれた。テレビでスポーツ中継がないのはもとより、競技場に足を運んで生で観戦する楽しみを取り上げられてしまったことが悔しい。そんな中、今のところ最も「平常運転」に近い運営をしているのが台湾プロ野球リーグではないだろうか。
台湾で「父の日」に当たる8月8日、中部の台中インターコンチネンタル球場には1万991人の観客が入った。台湾プロ野球では、8月末までに観客1万人以上の試合が4試合行われている。世界中で新型コロナウイルスがまん延する中、台湾の野球ファンは本当に幸せとだと言えるだろう。
観客を入れての試合ができるようになったのは、やはり台湾政府の新型コロナに対する感染拡大防止策が成果を上げたからに他ならない。9月28日現在の確定患者数はわずか513人と他の先進国よりウイルス封じ込めに成功している。
台湾で世界に先んじてプロ野球が開幕したのは4月12日。感染拡大の抑制に成功していたとはいえ、世界的には流行の真っただ中で、政府にとっては感染対策の穴となる可能性があった。そのため、運営には相当慎重な対策が取られた。無観客試合からスタートし、その後、1000人、2000人、収容人数の50%まで、75%までと段階的に入場者数を引き上げていった。制限の緩和は、台湾プロ野球にとって大きなチャレンジだった。
ファンも協力的で、球場に入る前の体温計測やアルコール消毒に書類の記入などに不満の声は上がらなかったという。
こうして少しずつ制限が解除される中で、声を出しての応援も可能になった。ついに球場にみんなで一緒になって応援する「熱気」が戻って来たのだ!このような従来通りの野球観戦の復活は決して容易なことではない。
日本、米国、韓国などのプロ野球の試合は、いまだに無観客、あるいは入場制限をかけ、応援にも制約がある状態だ。先日、筆者が埼玉西武ライオンズの本拠地であるメットライフドームに取材に行った際、声を出して応援したいところをグッと我慢している観客の気持ちが手に取るように伝わって来た。
人気チアリーダー・チュンチュンが感じた台湾の野球熱
台湾プロ野球でファンと一緒になって応援を盛り上げているのがチアリーダーだ。今では全球団が専属のチアチームを持っている。そのきっかけとなったのが、2004年に台湾で開催された韓国プロ野球との交流試合だ。チームに同行してやってきたチアリーダーの姿に刺激を受け、台湾でも次々と専属のチアチームを創設。台湾でも韓国プロ野球の曲を流しながら一斉に歌を歌うというにぎやかな応援方式を取り入れ、さらに台湾プロ野球独自の「熱気」あふれる応援へと発展させたのである。
チアリーダーの応援は、今では球場で最も人気のあるコンテンツの1つだ。派手なデジタルミュージックに合わせてセクシーなダンスを披露し、ファンもチアリーダーと一緒になって歌い、踊り、日頃のストレスを発散している。すっかりアイドル化していて、観客とのハイタッチやツーショット撮影などチアのファンサービスを目当てに球場にやってくる人もいるほど。試合後のコンサートを望む声もある。ただ、コロナの影響で、チアの活動もずいぶんと制限されていた。
台湾プロ野球チーム「中信兄弟」の人気チアリーダー・チュンチュン(峮峮)さんは、nippon.comの取材に対して「(観客がいるといないのとでは)全然違うものでした」と話す。
新型コロナの感染者が出始めた1月末、一度は恐怖に包まれた台湾社会だったが、3月末頃にはウイルスの流行は抑制された。4月12日、史上初の無観客試合でプロ野球が開幕し、チュンチュンさんも未知の環境に臨むことになったのだ。
「もともと、私たちは客席の方を向いてパフォーマンスをしていましたが、無観客試合となったので、選手の方に向かって応援するようになりました」
開幕直後は球場に入れるチアの人数にも制限があったという。移動中はもちろんマスク着用で、チアリーダー同士のソーシャルディスタンスの確保も必要だった。
観客の入場が解禁された後も、観客との距離を相当取らなければならなかった。台湾でのコロナの感染者数の増加が落ち着いてくるにつれて、観客数も増え、観客とチアとの距離も縮まっていった。
チュンチュンさんは「開幕直後は、球場には私たちチアと選手だけで、ジェスチャーでしかコミュニケーションを取れなかったんです。そんな中で、なんとかテンションを上げようと頑張りました」と言う。ようやくファンサービスができるようになって、改めて、「無観客試合」がいかに異様だったかを振り返っていた。
チュンチュンさんの日本ロス
チュンチュンさんは2019年12月に「週刊少年ジャンプ」でグラビアデビュー、日本でも「かわいすぎるチア」としてファンがどんどん増えている。2020年には日本での握手会が予定されていたが、コロナの影響で中止となってしまった。「日本の皆さんに直接会えず、ネットのコメントを見ているだけでは、なんだか現実感がないんです」と、残念そうに話していた。
チュンチュンさんは「哈日族(台湾の日本大好き族)」の1人だ。これまでに旅行した中でも一番好きな国は日本で、5年前に中信兄弟のチアリーダーになってからも、シーズンオフの冬には毎年、日本に旅行に来ているという。今年も2月26日から北海道旅行を予定していたが、コロナの影響で泣く泣くキャンセルしたという、「あの頃、日本もまだそこまで深刻な状況ではなかったので、本当に迷ったけれど、でも、リスクを考えると無理はできないなと思ったんです」。
いつか日本のファンと交流するため、チュンチュンさんは日本語の勉強に励んでいる。台湾で放送されている日本のバラエティ番組を見てヒアリングの練習をしているという。リアリティ番組の『テラスハウス』も、放送打ち切りになる前はよく見ていたそうだ。
すっかり日本ロスになってしまったチュンチュンさん。今、日本で一番行きたい場所を聞くと、「熊本に行ってみたい。岐阜の合掌村もいいですね。合掌村は一年を通して景色が美しく、とても幻想的だと思います」とのことだった。
野球がかなえた民族の団結
台湾プロ野球は1989年に4チーム体制でスタート。全盛期は2リーグ・計11チームまで増えたが、何度も野球賭博事件が起こり、連盟自体が消滅の危機に瀕したこともあった。少しずつ信頼を取り戻し、現在は中信兄弟、富邦ガーディアンズ、統一ライオンズ、楽天モンキーズの4チームで、2021年には味全ドラゴンズが加入する予定だ。台湾人は政治的なことで意見が分かれることがあっても、野球だけは一致団結できるものだった。国際試合があれば、仕事を休んででも、伝統の「台日」「台韓」対決を見に行く人も少なくない。
現在、日本のプロ野球では入場や応援方法に制限があり、多くの野球ファンが球場に足を運べていない状況だ。だがチュンチュンさんは、テレビの前で応援しているファンの心は、選手に伝わっているはずだと話す。
「早く日本の新型コロナウイルス流行が収まりますように。これは何よりも大切なことです。遠くない未来に必ず日本に行けるようになると思っています」。チュンチュンさんは、日本の新型コロナウイルスの状況を心配すると同時に、日本の国民がしっかりと身を守り、感染対策に励んでいくことを願っている。
コロナのせいで世界中で多くの娯楽が失われた。時間はかかるかもしれないが、野球も、いつかきっと以前のような試合ができるようになるはずだ。台湾プロ野球は先んじて日常を取り戻した。これは各国で参考になる先例となるだろう。感染拡大防止と景気回復へと歩む中で各国が手を取り合い、世界中で1日も早くスタジアムに声援がこだまし、ファンも選手も熱くなれる日が戻ってくることを願うばかりである。
編集部からのメッセージ : nippon.com編集部がチュンチュンさんに取材したのは8月20日でした。その後、チュンチュンさんの恋人が病気で急逝されたことに編集部としても大変、心を痛めております。チュンチュンさんの心の安寧を日本からも願っています。
バナー写真=台湾プロ野球チーム「中信ブラザーズ」のチアリーダー、日本でも知名度の高いチュンチュンさん。(提供元:宏將多利安國際)