『復活の日』『日本沈没』を生んだSFの巨星・小松左京が問う人類の歴史と未来 : 世界的ベストセラー『三体』にも影響

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板倉 君枝(ニッポンドットコム) 【Profile】

戦後日本のSF(サイエンス・フィクション)の創成期から黄金期までをけん引した作家・小松左京が、いま再び注目を集めている。コロナ禍の世界を予見したかのようだといわれている『復活の日』をはじめ、いつの時代にもリアリティーを失わない小松作品の本質と魅力について、SF翻訳家・書評家の大森望さんに話を聞いた。

大森 望 ŌMORI Nozomi

SF翻訳家・書評家。1961年生まれ、京都大学文学部卒。SF作品を中心とした翻訳・評論を長く手掛ける。著書に『21世紀SF1000』(ハヤカワ文庫)など。現在、劉慈欣著『三体』3部作の翻訳チームを率いる。

中国SF『三体』に影響を与えた『日本沈没』

パンデミックで再び注目を集めているSFには、マイケル・クライトンの『アンドロメダ病原体』もある。1969年に米国で刊行されると、『復活の日』からヒントを得たのではないかと、小松左京自身が冗談交じりに口にしたこともあるという。「確かに当時、20世紀フォックスに『復活の日』のあらすじをまとめた映画化用の資料を託していたとのことで、それをクライトンが見たとしても不思議ではありません」と大森さんは言う。「ただ、物語の出発点は似ていても、二つの作品は展開が全く違う。『復活の日』は人類がほぼ絶滅してしまった状況を壮大なスケールで描きますが、『アンドロメダ』は、墜落した人工衛星に付着していた未知の病原体を巡る科学者たちの苦闘の5日間をノンフィクションタッチで追うスタイルです」

『復活の日』の英訳版は2012年に刊行された。一方『日本沈没』は1976年の英語版『Japan Sinks』 をはじめ、欧州、アジア、中南米などの国々で翻訳されたが、世界的なベストセラーにはならなかった。「日本の長編SFがほとんど翻訳されていなかった1970年代に、『Japan Sinks』 は刊行されたものの、半分ぐらいの長さに縮められてしまい、英語圏であまり注目されませんでした。あのときもし、しっかりとした翻訳で刊行していれば、いまの『三体』のようなヒット作になった可能性はありますね」

異星人による地球侵略をテーマとする中国SF『三体』3部作は、米国で100万部超、全世界で2900万部が売れているという。著者の劉慈欣(りゅう・じきん)氏は、小松左京の『日本沈没』に影響を受けている。

「『日本沈没』が刊行された当時、中国では文化大革命の時代でした。海外の小説はほとんど翻訳されていなかったのですが、『日本沈没』とアーサー・C・クラークの一部の長編は例外的に早く翻訳が出て、劉さんは学生時代にそれを読み、強い影響を受けたようです。中国で小松左京、アーサー・C・クラークの一部の長編は例外的に早く翻訳が出て、それ以外の多くの日本SFや英米SFが大量に中国で翻訳出版され始めたのは80年代以降です」

『三体』の翻訳チームを率いる大森さんは、3部作の第1部はクラーク、2部はアイザック・アシモフ、そして全体としては、小松左京の影響を強く感じると言う。「地球がもし滅びたらどうなるのかが大きなテーマの一つで、『日本沈没』の全人類バージョンといえます。人類史や銀河系を俯瞰(ふかん)するような巨視的なものの見方と同時に、市井の生活者のリアルにも気を配る人間くさいところに左京的なものを感じます。特に第3部(現時点で日本語版は第2部まで早川書房から刊行)になると、まさに『日本沈没』を思わせるシーンが随所に出てきます」

大阪万博に尽力、行動するSF作家

小松左京は「SF界のコンピューター付きブルドーザー」と異名を取るほど行動力があり、人脈も広かった。人類学者の梅棹忠夫、社会学者の加藤秀俊などをはじめ、京都大学の人文科学研究所や霊長類研究所などの学者たちと交流したことが、『日本沈没』の構想に影響を与えた。また、梅棹らの「万博を考える会」に参加したことがきっかけで、1970年の大阪万国博覧会ではテーマ館のサブディレクターを務めた。

「小松さんは作家でありプロデューサーでもありました」と大森さんは言う。「70年、万博とは別に『国際SFシンポジウム』開催の陣頭指揮を執り、小松さんは精力的に企業などを回ってスポンサー集めに奔走しました。アーサー・C・クラークをはじめ、東西両陣営のSF作家たちが初めて一つの場所に集い、当時としては画期的な国際会議になりました」

小松左京ほど行動力があり、社会と積極的に関わって影響力を持つSF作家は二度と現れないのではと大森さんは言う。

「SFに何ができるか、社会でどんな役割を果たせるか、小松さんを筆頭に日本SFの第一世代は考えていたと思う。日本に限らず、90年代以降、現実世界とSFは断絶してしまった印象があります。アニメや映画ではSFがたくさん作られていても、SF小説は世界と接点のない特殊なジャンルになってしまっていた。ただ、近年は変化の兆しも見えます。特に『三体』が世界的ベストセラーになったこともあり、SFの持つ力がまた見直されています。7月には日本の第一線のSF作家たちがアフターコロナの世界について語る番組が地上波で放映されました。YouTubeの配信もあってネット上で注目され、社会に向けて積極的に発信するSF作家たちの存在を印象付けました。また、この夏の芥川賞を受賞した高山羽根子さんはもともとSF出身で、出版界全体でもSFに対する注目度が飛躍的に高まっています。同時代のSF作家たちがどんな存在感を示すかに期待したいですね」

バナー写真:小松左京(共同イメージズ)、書影『復活の日』(角川文庫)、書影『日本沈没(上)』(角川文庫)

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出版社、新聞社勤務を経て、現在はニッポンドットコム編集部スタッフライター/エディター。

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