中田英寿インタビュー:日本文化をつなげるプロジェクト、「にほんもの」に懸ける思い
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全国津々浦々を回り、伝統産業に携わる人たちと出会い、知己に
巷に溢れる「ニッポン凄い!」的な番組はともかくとして、この国には、独特でありながら高い品質を誇る伝統産業が数多ある。
中田英寿は、そこに惹かれた。
イタリアでの生活が長かった彼は、もちろんワインを嗜(たしな)む。パルマ地方を中心に作られる名産の赤の発泡酒、ランブルスコ バーチョの日本販売を手がけていたりもする。
彼はワイナリーに足を運び、醸造家の話を聞いた。伝統産業に携わる人々の誇りに満ちた表情と物腰は、知らず知らずのうちに意識の奥底に刻み込まれていった。
2006年のドイツ・ワールドカップを最後にサッカーの世界から離れた中田は、ほどなく「旅人」と呼ばれるようになった。
漠とした目標だけを定め、あとは気ままに全国を回る。全国とは、ニュアンス通りの場合も、また文字通りの場合もあった。つまり、日本の津々浦々か、全ての国々か──。
旅の経験を重ねる中で、彼は伝統産業に携わる多くの人たちと知己になっていった。
そして、気づかされたことがあった。
「職人たちが作っているものは素晴らしいなあ、素敵だなあと思っても、それがつぶれて無くなってしまうことが多々ある。モノが悪くてつぶれるんじゃない。いいもの、素敵なものを作っているのにつぶれていく」
日本のほんもの、「にほんもの」を紹介する
モノづくりにかける技術は、誇りは、ヨーロッパでワインを作っている人たちと何ら変わるところがない。にもかかわらず、国内のみならず、海外にまで販路を広げているのがヨーロッパの伝統産業だとしたら、青息吐息の状態にあるのが日本の多くの伝統産業だった。
中田はそこに、光を見出した。
「可能性があるというか、可能性しかないと思う。簡単に言えば、日本の伝統産業の多くは、売るためにやらなければならないことを、あまりやってこなかった。伝統産業のほとんどは、地元商売で成り立ってきたので、知ってもらっていて当たり前、知っていて当たり前であり、それで成り立っていたために、PRやマーケティングをする必要がありませんでした。しかし、市場が全国、世界になってきても、やり方が同じではうまく成り立たない。そこを変える仕組みを作りたいと考えています」
状況を打破するために、自分に何かできることはないか──中田は考えた。
その答えのひとつが、「にほん」の「ほんもの」を紹介する「にほんもの」というウェブサイトの立ち上げだった。
「よく、若い人が伝統的なモノを買わなくなったと言われるけれど、実はそれは当然のことで、もし僕が日本酒のことを知らなくて、でも今日は何か呑もうかなって気分になったとしたら、単純に安いモノを手にすると思う。いいモノじゃなくて安いモノ。いまの僕は高くても安くても、いいモノを呑みたいと思うけれど、それは僕が日本酒についての知識や情報を持っているから。要は選び方を知っているから」
多くの匠たちに受け入れられた真摯で地道な活動
つまり彼は、作り手が伝えたい情報を消費者にわかりやすく伝えるツールを立ち上げることで、伝統産業の一助になろうと考えたのである。
「ここに美味しい日本茶があるとする。“釜炒り茶浅蒸し”ってラベルには書いてある。これを読んでそのお茶の美味しさをイメージできる人がどれだけいるか。あ、これなら買わなきゃって、手に取ってくれる人がどれだけいるか。結局のところ、これまでの伝統産業は、業界の中でしか通じないパッケージングになってしまっていたのではないだろうか。僕たちがやりたいのは、たとえばお茶に興味や知識のない人にも良さを伝えるやり方を探していくこと」
とはいえ、日本の伝統産業に可能性を見出した日本人は、中田だけではなかったはずである。また、たとえ誰かが素晴らしい復活のアイディアを考えついたとしても、肝心の伝統産業に携わる人たちが反応を示さなければ何の意味もない。
アイディアの主が誰であれ、立場として部外者であるならば、人によっては余計なお世話、セレブの道楽、単なる上から目線と受け取られる可能性もあった。
だが、中田が描いた未来図、理想像は多くの匠たちに受け入れられた。
「ここ数年、僕がやってきたのは、リアルでの信用を作るということ。日本酒に関しては、まず何よりも時間を使って全国を巡り、より多くの蔵元を訪ねました。さらには全国の100を超える蔵元を集めてのCraft Sake Weekという日本酒のイベントも数年にわたって毎年、開催してきました。重要なことは、“時間を使って”作り手と共に時間を過ごし、友達になり、信用を作ること」
日本酒にのめりこむあまり、日本酒用グラスを開発
現役時代の中田英寿は、時として不遜(ふそん)な印象を周囲に与えることもあった男だが、旅人となってからの彼は、好奇心を前面に押し出しつつ、人の懐に飛び込んでいくような男になった。おそらくはどれほど仕事熱心な酒屋のご主人でも、中田英寿ほど蔵元に足を運び、また様々なスペックの日本酒を口にしてきた人はそうはいまい──第三者としてそう確信できてしまうほど、彼は日本酒の世界にのめり込んでいった。
突き詰めようとしたひとつの道は、新しい道にもつながっていた。
「日本酒についてはずっと疑問というか、腑に落ちないところがありました。それはどうして日本酒にはそれに相応しい器がないんだろうということ。昔からあるお猪口も当時のお酒の味と香りを楽しむためにできたものではないだろうか。その頃のお酒といまのお酒、味はまったく違うはずだけど、同じ器で呑んでいていいのだろうか。ワインにしてもシャンパンにしても、器を変えることによって香りがたつし、味も変わる。きっかけはそこでしたね」
醸造技術の進歩と醸造家たちの情熱は、以前よりもふくよかで華やかな香りと味を醸し、間違いなく日本酒をかつてない高みに押し上げつつある。ならば、新しい時代の酒に相応しい器が必要になってくるのではないか。そう考えた中田は日本酒の香りや味わいを最大限に引き出し、スタイリッシュに愉しむための日本酒専用グラスブランド「Nathand」を開発した。和食だけでなく、多様なジャンルの料理との相性を研究した結果、様々な料理に対応できるグラスとして一流レストランなどでも採用されるようになった。
日本酒に続いてお茶、焼酎、伝統工芸へと広がる関心
この国に生まれて、お茶を呑んだことのない人間はほとんどいない。急須でお茶を淹れる人は減ったかもしれないが、コンビニの棚には各社各種のお茶がズラリと顔を揃えている。一方で、お茶に関する知識、情報はおよそ広がっているとは言い難い状態にある。
日本酒の世界に足を踏み入れた時と同じ匂いを、中田は感じた。
「人間が食事の際に摂る飲み物というと、まず水がある。酒が好きな人は酒。では、お酒は呑めないけれど、水では物足りないという人は何を飲むのか。レストラン目線で考えた場合、お酒を呑まないお客さんからどうやって利益を上げていくのか。水では限界がある。だからこそ、お茶に可能性があると思う。お酒と同じで、お茶も様々な値段でいいものがたくさんあるので、お客さんは食事中のドリンクを楽しむことができて、お店は利益が出せる」
日本でも屈指の日本酒通となった中田英寿は、いま、凄い勢いで日本屈指の日本茶通にもなりつつある。お茶だけではない。様々な伝統工芸や、かつては「得意ではない」と言ってかたくなに口をつけなかった焼酎などの蒸留酒の世界にも、足を踏み入れた。
「いまから思えば、焼酎が苦手だったのではなくて、僕の知識が足りなかったということですね。知識がないから、自分の好みの味を選べなかった。そこで出会った味が好きになれなくて、焼酎は合わない、苦手だと思い込んでいた」
後世まで残るものを世に送り出したい
だが、日本酒造りが伝統産業だというのであれば、焼酎造りもまた伝統産業である。「にほんもの」を立ち上げようとする人間としては、避けて通るわけにはいかなかった。
「作り手の側も、呑んで味のわからない人間の話なんか聞きたくないだろうから、そこは勉強するしかない。時間をかけて、誰よりもやるという心構えは最低限度かなと。そこは、サッカーがうまくなるためには、練習しなければいけないのとまったく同じです」
サッカー選手だった頃の中田英寿は、いわゆる夢のようなものをまるで口にしない選手だった。
だから、お茶や焼酎を嗜(たしな)むようになった中田英寿の口から出てきた言葉には、いささか驚かされた。
「伝統産業とは、自分たちの文化、日本の文化じゃないですか。もし、僕らの始めるプロジェクトが成功したら、彼らのおかげで日本文化が変わったと言ってもらえるかもしれない。とにかく、後世まで残る仕組みを作りたいんです」
中田英寿が足を運び、中田英寿が惚れ込んだ逸品・職人ばかりを集めた情報サイト『にほんもの』は、9月15日からEC機能(『にほんものストア』)を実装する。
取り扱う商品は全て中田英寿が実際に現地に足を運び、セレクトしたこだわりの逸品ばかり。今後はシェフなど、様々なジャンルの専門家にもキュレータとして参加してもらい、こだわりの逸品を生み出す生産者の商品を拡充していく。さらには生産者とのコラボレーションも計画しており、オリジナルの商品も展開していくという。
それらは中田英寿にとって、大いなる夢への第一歩でもある。
に・ほ・ん・も・の・サイト https://nihonmono.jp/
JAPAN CRAFT SAKE COMPANY https://craftsake.jp/
バナー写真:J-WAVEとコラボしたエンターテインメントレストラン、J-WAVE NIHONMONO LOUNGE(東京・港区で7/14~9/6、期間限定オープン)での中田英寿氏。会場には中田氏が全国から集めた様々なジャンルの珠玉の逸品や中田氏がプロデュースした日本酒用のグラスなどが展示された 撮影:上平庸文