何かと話題の電通って、どんな会社?
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20年勤務した元社員から見た電通の実像
「電通とはどういう会社か」という原稿依頼があったのは、「持続化給付金事業」問題でマスコミ各社から取材を受ける機会が多かったこともあり、かつて20年間勤務した電通についていろいろと考える機会が増えた折りのことだった。
自分に各方面から取材が来たのは、コメントしにくい現役の社員ではなく、元電通社員ならば話しやすいと考えたからだろう。さしずめ2020年4月に『企業人から大学教員になりたいあなたへ ―元電通マンの大学奮闘記』(ゆいぽおと)を上梓したばかりだったので、元電通社員で検索すると、新著が検索結果の1ページ目に表示されることが多かったのが要因ではと思われる。
しかしながら、それら一連の取材ではまったく違う意味で引用されたり、私の本意ではない使われ方をした。それでも本稿の依頼を引き受けることにしたのは、マスコミからの取材と違い、コメントが編集されることなく原稿を執筆でき、電通の実像を伝えられると思ったからだ。
私は2012年から大学専任教員をしており、1年生に「企業を知る」というテーマで授業を行ってきた。担当クラス(15人程度)の学生に私が作成した企業リストの中から任意に企業を選んでもらい、その企業について15分程度のプレゼンテーションを行ってもらうのだが、リストには電通も含めていたので、毎年、電通に関するプレゼンがあった。
電通を選んだ学生の発表における頻出キーワード(中には都市伝説的なものもあった)と、取材で記者からよく問いかけられたキーワードについて、リアルな実態を伝えたいと思う。それらを踏まえて、元電通人から見た「電通人のリアルな姿」を物語るキーワードを挙げ、「電通の強さ」の秘密にも迫りたい。
根強く流布する「体育会系」「軍隊式」のイメージ
まず、学生たちから出たキーワードの「体育会系」「軍隊式」というイメージについて。巷では、電通の新入社員の3~4割程度は大学の体育会に所属経験があると言われている。たしかに私の同期入社組も同様の体育会系出身比率であり、入社当時は年次による縦の関係は体育会のように厳しいものだった。
新入社員の鍛え方はまさに軍隊形式で行われていた。例えば、新入社員研修が行われた集合研修のホールは電通築地本社ビル(当時。現在本社ビルは汐留)の13階にあったが、そこまで研修期間(当時は3カ月もあった!)はエレベーターを使わず、毎日階段を使うことを課せられていた。
始業前になると、まるで軍隊の行軍のように新入社員は階段を13階まで登っていた。これは新入社員全員参加の毎年の恒例行事である富士登山(毎年、研修を終えた7月頃に新入社員は富士山の頂上を目指して登頂させられる。私の代の1位はトライアスロンの全国優勝経験がある女子だった)に向けた訓練の意味もあったのだろう。
手荒い新人歓迎会が「通過儀礼」
しかし、それはまだほんの序の口で、本格的に「体育会系・軍隊式電通」の洗礼を浴びることになったのは、名古屋支社に配属が決まった新人歓迎会(若手社員主催の自主的なイベント)でのことだった。
その年に開催されるバルセロナ五輪に因んだ記念企画として、古代ギリシアと同様、裸で行う10種競技の出し物が先輩若手社員により用意されていた。すべての競技を裸で競うわけだが、配属された新人(全員男性)はムキムキの体育会系が多かったので、ムチムチの非体育系だった自分は断トツ最下位の屈辱を味わった。
他にも酒の早飲み競争や、顔ほどの大きさのある電マン(創立記念日に全社員に配布される大きな饅頭)の一気食い競争のどれも、体育会系の同期には敵わなかった。それだけでなく、とても紙面では書けないような下品な競技も含め、延々といろいろな競技をやらされた。
時代背景もあり、先輩たちは軍隊の上官のように絶対服従を誓う存在であった。これほど厳しい会社で、仕事をやっていけるのかと不安になったが、本社での新人歓迎会はさらに過酷なものだったという(こうした新人歓迎会は20年ほど前から行われなくなった)。
もちろん、これは今ではありえないハラスメント満載の実話ではあるが、今なお、体育会系出身者が多く入社するのは、当時とあまり変わっていないようだ。
ちなみに、電通のライバルである博報堂は、「サークル系」と言われており、先輩後輩の関係は緩く、「フレンドリーである」というのが業界内の定説である。
コンプライアンスが今ほど厳しくなかった時代ならではの、この「体育会系」「軍隊式」の組織文化は、メディアで度々報じられるパワハラ、セクハラ、ブラック企業のイメージ、過労死問題を引き起こす素地になっているのは衆目の一致するところだが、後に考察する「電通の強さ」となっていることも否めない。
コネ入社組は得意先の扱いを継続するための“人質”
次のキーワードは学生がよく質問してきた「電通はコネ入社の社員が多いのですか」というものである。世間では電通を「コネ通」という。大手スポンサー企業・テレビ局・新聞社の役員、著名な映画監督、タレントのご子息、ご令嬢まで幅広い。苗字を聞くと、お父さんの顔が浮かぶ社員が実に多かった。某アイドルグループメンバーの弟の入社が週刊誌などで話題になったのは、記憶に新しいところ。
コネ入社組は電通にとって得意先の扱いを継続するための“人質”の意味もある。ただし、コネ入社だから仕事ができないかというと、そうでもない。
たまたま、お父さんが有名人であるだけで、当の本人も有名私立大学の体育会系出身者だったり(前述の某アイドルの弟もそのようだ)、元々ポテンシャルの高い人材が意外に多い。ゆえに、立派な社員に成長し、活躍するコネ入社組も少なくない。
一方、マスコミの方からよく聞かれるキーワードは、「政治家との癒着」だ。これは多くの記者が持っているイメージであり、まさに「電通神話」の一つだ。私は大学時代に選挙キャンペーンの研究をしていた。電通は当時も自由民主党を得意先として、その選挙キャンペーンなどのコミュニケーション業務を請け負っていたが、それは今なお通常のビジネス行為の一環として行っている。
国会議員との癒着は幻想
しかし、それは政党のコミュニケーション支援業務(選挙のプロモーションなど)のためだけであって、記者達が想像するような、特定の国会議員に政府業務の受注を働きかけるような話は電通内でも聞いたことがない。今回の持続化給付金の案件で、電通が国会議員に陳情をしたのではないかと、まことしやかに聞いてくる記者もいたが、そんなことはありえない話だ。
逆に私にとっては、大手新聞社の記者が官僚機構のトップと自宅で賭け麻雀をしていたことの方が驚きだ。記者の方が政治家や官僚機構と「癒着」をして情報を入手することの方が多いように思う。そういう記者自身の経験からのアナロジー(類推)により、「電通も国会議員と癒着して官僚に食い込んでいる」と思い込み、「電通は政治家と癒着している」という「電通神話」が生き続けているのではないか。
ここからは20年の電通勤務の経験から私が見た「電通人のリアルな姿」をいくつかのキーワードと共に紹介する。
「モチベーションの高さ」「多趣味の社員が多い」「女優やアナウンサーと結婚する社員が多い」「超優秀な社員がいる」「クリエイティビティが高い」「トレンドに敏感」「チームをまとめる力」「何事にも嗅覚が鋭い」「徹底した得意先ファースト」など、ポジティブなワードもあれば、「社内営業が面倒」「超多忙を極める社員が多い」「自分が一番できると思い込んでいる社員が多い」「他人に仕事を振るのが上手い」「あれは俺がやったと言う社員が多い」「モーレツ社員が多い」「社内競争の激しさ」などのネガティブワードも多々ある。
ここに挙げたキーワードすべてを説明する紙幅の余裕はないので、「電通の強さ」の要因となる、いくつかの電通人を特徴づけるワードに絞り、具体的に説明していく。
持続化給付金問題の中心人物は私の同期だった
世間を賑わせた持続化給付金事業の問題で注目された渦中の中心人物Hは、まさに「超優秀な社員がいる」というキーワードの代表格のような存在である。彼は私の同期で、一緒に仕事をしたことも度々あった(Hは2019年に退職)。
電通時代に私が会議室で競合プレゼンの企画の方向性をホワイトボードに懸命に書いていたところ、Hは通りすがりにそれをわずか数秒ほど眺めて、おもむろに会議室に入り、赤字訂正を入れて立ち去って行った。
結局、チームはその訂正に沿った企画の方向性で企画書を作成・提出して、競合プレゼンに勝つことができた。この件だけでなく、彼とは会議で一緒になることが多かったのだが、粒ぞろいの電通マンの中でも、いつも彼の初動における戦略眼とそれに基づく事業設計力には感服するほかなかった。
事業を設計する力において、彼を超える電通社員には未だお目にかかったことがないし、おそらく競合他社にもいないのではないか。
電通にはHだけでなく、クリエーティブやプロモーションなどの各分野に、Hのように切れ者の敏腕な社員がいる。そこが「電通の強さ」の秘密であろう。
しかし、個々の優秀さだけでは、「電通の強さ」を説明するのには十分でない。なぜなら、電通が受注する得意先のコミュニケーション業務(企業や政党のキャンペーン広告などの情報受発信業務)やソリューション業務(得意先の課題を解決する業務)は、個人の力だけではできないからだ。
チームワークに優れた体育会系社員たち
一つのイベントやCMを完成するまでには、社内外の多くのスタッフの協力が不可欠だ。そこで、「チームをまとめる力」が必要となる。体育会で鍛えられた社員はこの「チームをまとめる力」を持っていることが多い。
ラグビーや野球などのチームスポーツ経験者は、協力し合い、他のメンバーを慮(おもんばか)るチームスピリットを叩き込まれている。そんな経験のあるプロジェクト・リーダーの指揮下で仕事をすると、人の動かし方について多くのことを学べる。
また、「モチベーションの高さ」も電通の強さの秘密だろう。勝利へのモチベーション、世の中をあっと言わせたいモチベーション、得意先のキャンペーンを成功させたいモチベーション、そんな高い覇気が電通の強さの源泉になっている。
そして、「クリエィティビティの高さ」も電通の強みである。コロナ禍の期間中に、私の顧問先である中小企業と電通のトップクリエーターとオンライン会議で新しい事業や商品開発などのプロジェクトをスタートさせた。
8年ぶりに電通のクリエーターと仕事をしてみて、改めて「電通の強み」はその「クリエイティビティの高さ」にあると感じた。顧問先企業が持っている技術に、電通人のクリエイティビティが加わることで、イノベーションを起こすことができるのだ。
グローバル企業へと変貌を遂げる電通
キーワードを中心に、従来の電通像について書いてきたが、最後に今後の電通について触れて筆を置きたい。
電通グループは今や、系列会社を含め連結ベースで売上高が5兆円を超える企業群に成長した。しかも売上総利益のほぼ6割を海外で稼ぐグローバル企業群に変貌を遂げている。旧知の社員に話を聞くと、マネージメントも外資系企業のようになったという。
これからはグローバル企業として、これまで育んできた組織文化は大きく変わっていくだろう。先に紹介した「体育会系」「軍隊系」の組織文化も既に変わりつつある。
人材も国内中心ではなく、海外でのリクルートメントも必要になってくるため、「コネ採用」のあり方も変わらざるをえない。
これまでの電通の組織文化の醸成には、電通第4代社長吉田秀雄が残した「鬼十則」(末尾資料)が土台になっている。社員登用試験では十則について書かせる問題が出題されるなど、電通人の遺伝子のような機能を果たしてきた。
しかし、2015年に起きた女子社員の過労自殺事件以降、社として「鬼十則」を暗記させるような研修は行っていないと聞く。そういう中で電通のこれまでの組織文化を継承していくことは難しい。さらに、コロナ禍でオンラインによる業務が増えてくると、先輩による後輩の教育や指導も従来とは異なってくるだろう。
電通のグローバル化や国内のビジネス環境の変化などで、これまで電通を支えてきた組織文化も変質せざるをえない。そうなれば、電通の強さを支えてきた組織文化の変化は「電通人の特性」をも変容させていくに違いない。
電通はその中でビジネス環境の変化に適合した新しい企業ビジョンを策定し、グローバル化とデジタル化に対応した組織文化を早急に作り上げる必要に迫られているのではないか。
「電通 鬼十則」
- 仕事は自ら創るべきで、与えられるべきでない。
- 仕事とは、先手先手と働き掛けていくことで、受け身でやるものではない。
- 大きな仕事と取り組め、小さな仕事はおのれを小さくする。
- 難しい仕事を狙え、そしてこれを成し遂げるところに進歩がある。
- 取り組んだら放すな、殺されても放すな、目的完遂までは…。
- 周囲を引きずり回せ、引きずるのと引きずられるのとでは、永い間に天地のひらきができる。
- 計画を持て、長期の計画を持っていれば、忍耐と工夫と、そして正しい努力と希望が生まれる。
- 自信を持て、自信がないから君の仕事には、迫力も粘りも、そして厚味すらがない。
- 頭は常に全回転、八方に気を配って、一分の隙もあってはならぬ、サービスとはそのようなものだ。
- 摩擦を怖れるな、摩擦は進歩の母、積極の肥料だ、でないと君は卑屈未練になる
バナー写真:電通本社ビル(東京都港区 時事)