コロナ時代の中国習近平外交―対外戦略と国内政策の矛盾
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コロナ禍のなかの中国外交
世界が新型コロナウイルスと戦うなかで、先んじて経済を再開し、通常の生活を取り戻した中国は、いまウェブ会議を利用して積極的な外交を展開している。6月17日には中国とアフリカ諸国はコロナ関連のサミットを開催し、13カ国のアフリカ政府首脳が参加した。6月18日には中国主催の一帯一路国際協力のテレビ会議に中国を含めた26カ国が出席したという。また同18日に、米中外交トップであるポンぺオ国務長官と楊潔篪中央外事工作委員会弁公室主任がハワイで会談し、中国とEUとのサミットも22日ウェブ開催された。
コロナ問題の前から米中対立はエスカレートしており、中国は日本やEU諸国との関係を強化し、「発展途上国」を中心に影響力を拡大しようとしている。こうした戦略は1955年に新興独立国などを集めて開催されたバンドン会議の時代の中国外交を彷彿させる。米中対立が顕著であった1950年代半ばに、中国は米国と対話を持ちつつ、日本、英国などの西側先進国との関係強化に乗り出し、アジア・アフリカ諸国の支持を取り付ける外交を展開したのである。しかしながら、昨今の中国の外交展開の効果はバンドン会議の頃と大きく異なっている。
最近、中国外交に関する話題は事欠かない。今年4月に中国初の国産空母「遼寧」とその随伴艦艇は宮古海峡や台湾海峡を通過し、第一列島線を越え、南シナ海で遠洋訓練を実施した。さらに同月の19日には、中国民政部は海南省三沙市に新たに「西沙区」と「南沙区」を設置した(※1)。南シナ海で実効支配を強める中国に対し、米国も自由航行活動を強めているが、両国の軍艦が100メートルほどの距離まで接近するという事件が4月に発生し、偶発的な衝突の可能性は高まっている。また中国公船が4月14日から連続して尖閣諸島周辺で航海し、その航行の連続日数が過去最長となったことは日本のメディアで広く報道された(※2)。
2020年5月に開催された中国全国人民代表大会で「香港国家安全維持法」の導入が決定された。これに対し、主要7カ国(G7)は中国に再考を促す共同声明、米国、英国、オーストラリア、カナダの欧米4カ国は中国を批判する声明を出した。
6月に中印国境係争地域のラダック地域で両軍が殴り合いと投石の衝突が起き、インド側は20人余りの死者を出したが、中国側の死傷者数は不明である。この衝突は1975年の中印国境紛争以降の45年の歴史のなかで初めての流血事件となった。
コロナ禍のなかで、中国は多くの国に必要な医療物資を提供し、医療専門家チームを派遣している。中国によるマスクや人工呼吸器などの医療機器などの援助に対し、G7のなかで最初に一帯一路への参加意思を表明した国でもあったイタリアのディマイオ外相はフェイスブックで謝辞を述べ、セルビアのブチッチ大統領も「我々を救ってくれるのは中国だけだ。ヨーロッパの求心力など存在しない」と発言した。
コロナ禍で中国の影響力は拡大したとの声がある一方で、強硬な対外姿勢が中国の国家イメージを損ね、各国の反中政策を助長しているとの見方もある。実際のところ、中国外交部報道官がツイッターでコロナ米国起源説(持ち込み説)を説いたり、在外中国大使が駐在国のコロナ対応を批判し、中国の政治制度の優位性を宣伝したり、中国に批判的あるいは台湾寄りのスタンスを示した他国に制裁を加えたりする外交展開は、「戦狼外交」と揶揄され(※3)、新たな摩擦を生み出している。
集権体制下の中国国内政策の方向性とその矛盾
胡錦涛体制の下では「政令が中南海から出られない」という言葉があるほど、中央で制定された政策は地方や現場では実施されず、経済の構造改革が実行できない状況が続いた。習近平体制は10年近くの歳月をかけ、外交の分野において「一つの声で」臨む体制を概ね構築することができた。しかしながら集権体制下でも、穏健な対外戦略と、国内政策を反映した強硬な対外行動が矛盾するという問題を抱えているのである。
戦争に直面していないにもかかわらず、習近平政権は中国の安全情勢がますます厳しくなっているとみており、「西側の敵対勢力によるイデオロギーの浸透により、国際レベルにおいては主権、安全、発展利益、国内では政治安全、社会の安定による圧力が強まっている」(※4)と受け止めている。「主権と安全」、「経済発展」、「政治安全」、「社会安定」は中国の国内政策のキーワードとなっている。
尖閣諸島周辺での中国公船の動き、南シナ海での中国の政策、「香港国家安全維持法」制定、そして中印国境での衝突などはすべて中国の主権にかかわる問題であり、「国益の擁護」は習近平体制の下で最重要の政策目標となっている。
2018年にCCTV(中国中央電視台)が製作したドキュメンタリーシリーズ(「すごいね!わが国(厲害了、我的国)」)は中国国内で一世を風靡した。「中国のすごさ」をアピールする内容は習近平体制の愛国主義キャンペーンの主軸であり、政権基盤を固めようとする国内の動きは外交分野でも広がっている。対外的に統一した声、統一した動きが求められるいまの中国の集権体制の下では、自国の政治体制の優位性を示す「中国経験」を広める動きが加速している。
(※4) ^ 「居安思危、共筑国家安全精神長城」『中国国防報』2017年4月12日。
進む世界の分断と国際秩序の流動化
今の中国は、世界情勢は「百年以来未曾有の大変局」に直面し、国際秩序における米国のリーダーシップが退潮していると認識している。こうした国際認識のもと、国際的な公衆衛生上の脅威に直面している世界で、中国はリーダーシップを発揮しようとしている。
他方、中国政府は自国が厳しい国際情勢に直面しているとも理解している。コロナ禍による中国経済、そして世界経済への打撃、米国が主導するQUAD plus(日米豪印プラス)やグローバルインフラ開発の国際基準を促進するBlue Dot Networkの展開、高まる中国への経済依存への警戒意識など、中国の台頭と経済発展にとって不利な要素が山積している。こうしたなか、中国政府は米中対話、日本などの西側諸国との関係強化、「発展途上国」への影響力拡大を柱とする対外戦略を展開している。
イタリアのほか、スペイン、セルビア、ハンガリーなどの一部の欧州諸国では中国のマスク外交を賞賛する声が上がっている。またコロナとの闘いをめぐる中国の対外支援の重点地域の一つはアフリカであり、「アフリカ大陸は中国のコロナ対策を学ぶべきだ」(※5)と宣伝している。
しかしながらここにきて、国内政策のプライオリティを反映した「統一した声と行動」と国際情勢を考慮した中国の対外戦略との矛盾も露呈し始めている。
主権を重視する中国の動きは米中の分断、そして米国と関係国との関係強化の流れを後押ししている。インドはオーストラリアと軍事基地の相互利用を可能にする軍事協定を締結し、米国がリードするQUAD plusの枠組みなどを積極的に参加する姿勢を見せている。またフィリピンも米国との訪問部隊地位協定(VFA)の廃棄を延期した。他方、昨年から中国を「政治体制の競争相手」と位置付けたEUは、中国の「高まる自己主張(growing assertiveness)」を議論するための会合を米国に持ち掛けている。さらに、新型コロナの起源に関して国際調査を求めたオーストラリアに対して同国の大麦に5年間の反ダンピング課税を課すなど、自国の利益を守ることを目的とした中国の制裁措置が、先進国の対中経済依存の再考を逆に促している。
各省庁や地方政府が自分の利益のために中央の政策を無視して動いた胡錦涛体制下のゆがみを正すために集権体制の強化に舵を切った習近平政権は、対外戦略と国内政策を反映した対外行動とのズレに直面するようになり、世界秩序の流動化と世界の分断をもたらしている。国際関係を重視する動きをとりながら各国との関係を損ねる展開も見せるといった矛盾は集権体制の構造に由来する問題であり、今後も持続するであろう。
バナー写真:香港国家安全維持法成立 「2度目返還」で完全統治 中国全人代の開幕式に臨む習近平国家主席(左下)と香港の林鄭月娥行政長官(上右端)=5月、北京の人民大会堂(共同)
(※5) ^ 「非洲大陸需学習中国五大抗疫挙措」