「週刊文春」新谷学編集局長インタビュー「スクープこそ、我々の生きる道」(下)
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潮目の変化を実感したNHK紅白プロデューサー横領事件
週刊誌はメディアの情報ヒエラルキー(階層組織)の最下層だった――。
現在、「週刊文春」編集局長を務める新谷学氏の述懐である。
1989年に文藝春秋に入社した新谷氏が初めて「週刊文春」に配属されたのが30歳。情報を取る術もないので、ひたすらオウム真理教の南青山道場に通い、新聞社の社会部記者たちと名刺交換を繰り返した。
「ヒエラルキーの頂点にはNHK、次に大手新聞、テレビの順です。当時の仕事は新聞社の政治部、社会部、経済部などのエース記者に気に入ってもらうこと。何も分からないので教えてください、と図々しくレクチャーを受けていました。ウチでは書けないからいいよ、と“おこぼれ”を頂戴する記事が多かった」
潮目が変わったと実感したのは、特集班のデスクとして、2004年に紅白歌合戦プロデューサーの横領を暴いた時だった。
「プロデューサーが勤務実態のない放送作家に金を振り込む形を取り、後からキックバックをしていた事件でした。相手は最強のNHKです。決定的な証拠が欲しかったので、中村竜太郎記者(当時、現在フリー)を1カ月間近くも潜伏させたら、支払明細書を入手してきた」
「結局、プロデューサーは逮捕され、新聞全紙、各テレビ局が追いかけ、私と中村記者は“ハイ、次、読売さん、では毎日さん、どうぞ”と、連日、コンタクトを取って来る記者たちにレクチャーをする側に回った。これって昔と完全に逆じゃん!と感慨深かったですね」
情報を持つ側が主導権を握り、状況をコントロールできる。これがオレたちの生きる道だと確信した。
「紅白プロデューサーの横領事件は、やがて受信料不払い運動に発展し、NHKの改革にもつながりました。世の中に多少なりとも良い影響を与えたと思います」
「それ以降、『骨はしっかり拾ってやるから、スクープを持って来い!』とますます記者の尻を叩き続けた。2004年の福田康夫官房長官の国民年金未納・未加入問題や2003年の大島理森農水相秘書の贈収賄疑惑など、政治家のスクープを連発した頃には、新谷班を“殺しの軍団”と呼ぶ人までいました」
スクープで稼ぐサイクルを作る
2012年4月に編集長に就任し、スクープ路線をさらに強化したが、編集局長になってからは「スクープで稼ぐ仕組みを作ることが使命」だと思うようになった。
「渡部さん(アンジャッシュ)の不倫を報じた号は50万部以上刷って完売です。しかし、大局的に見て紙の雑誌の右肩下がりは否めない。潤沢な予算を確保できず、コストカットを強いられるようになれば、優れた人材も集められず、誌面もつまらなくなり、リスクにも弱くなる。デジタルシフトは至上命題でした」
スクープには手間暇がかかり、コストやリスクもついて回る。負のスパイラルに陥らないためには、“文春砲”でしっかり稼げるサイクルを作り出す必要があった。
「週刊文春の発売は木曜日(首都圏など)。しかし前日にはオンラインで記事をバラ売りしています。渡部さんの時は、1本300円で4万本以上売れたので、1200万円になる」
「さらにオンライン上では、ダイジェスト記事を2本出し、これが8000万PV(ページビュー)くらいだったので、仮に3掛け(30%)が広告収入になると想定すれば、2400万円という計算になります」
また、テレビ局に対しては、1番組1回使用ごとに記事5万円、動画10万円の使用料を設定した。
「以前はテレビ局がウチの記事を取り上げてくれると言えば、“どうぞどうぞ、良い宣伝になる”、と喜んでいました。でも、場合によってはベッキー問題だけで、1時間も番組を作っているわけです。視聴者はこれだけでお腹一杯になり、雑誌を買わなくなってしまう」
「これはさすがにコンテンツ・ビジネスとして課金しなくてはダメだろうな、と考えました。こうして今では、紙の雑誌売上以外にも大きな収益が生まれる構造を作ることができた。それが新しい取材の原資にもなるんです」
スクープがスクープを呼ぶ「文春リークス」の存在
さらに、スクープを連発することで、情報提供の窓口である「文春リークス」に寄せられるネタは質量ともに急速に高まっているという。
「文春リークスを役員会で発案した時は、反対されたんですけどね。今では1日百数十件の情報が寄せられ、編集長と特集班デスクはすべて目を通し、そのうち何本かを精選して、記者に割り振っていきます。持続化給付金関連の情報などは、その後も続々と集まってきています」
「ただ、これはなかなか信じてもらえないのですが、まずネタを持ち込んでいただいた方々には、“我々は情報を買っていません”と伝えています。結果的に取材をして記事になった場合には謝礼をしますが、それも原稿料と同じ概念で、常識的な額です」
マネーゲームには参加しない。しかし、それでも文春には続々と記事になりうる確度の高いネタが持ち込まれる。
「河井克行、案里夫妻の問題も、きっかけは文春リークスへの情報提供でした。最初の1行にはこう書いてあったんです。“最初は警察に持ち込もうと思いましたが、途中で握り潰されそうなので、文春に送ります”」
「“相手がいくら強くても、忖度せずに戦ってくれる。あるいはリスクを取り、お金をかけてでも暴いてくれる”。それこそが週刊文春のブランディングであり、勲章なのだと思います」
スクープを放つ→テレビ、ネットなどで拡散する→収益を生む→信頼される(恐れられる)→さらに情報が集まる。理想的な好循環が生まれ、今ではスクープと言えば、「週刊文春」のほぼ独壇場と化している。
「昔は週刊文春がスクープを出しても、“一部週刊誌によると”とか、ひどいところだと、情報源も示さずに、ただ“~であることがわかった”としか報じないメディアがありました」
「私が編集長時代には、直接、相手メディアの責任者に電話をして、しっかりと誌名を書くように抗議をし続けてきました。われわれはスクープで勝負をしている。もっとスクープに敬意を払ってほしかった。ようやく最近はNHKも読売新聞も、“文春によると”と伝えるようになりました」
大手紙からの転職組も
もはやスクープを極めるなら文春だと、ライバル誌に限らず、大手新聞社からも門を叩く記者がいる。
「ここで勝負したい、と汗をボタボタたらしながら、情熱的に語ってくれる記者を見ると、本当にうれしくなります。会って話してみれば、スクープを取りそうな人は分かる。愛嬌、図々しさ、真摯さ。この3拍子を揃えた人たらしであることが基本です」
慢心はないが、同じスクープ路線で競りかけてくるライバルの出現を望み難い状況も客観視している。
「ある大手メディアの幹部がこぼしていました。(経営陣は)内容証明が来ただけでオタオタして、“訴えられたら、自腹で払えよ”なんて言われてしまうそうです。これでは現場は戦えない」
「実際、スクープは急に取れるものではありません。筋肉が落ちてしまっていると、いざという時に走れないし、パンチもヘナチョコになる。逆にオレたちは、そういう戦場でひたすら勝負し続けてきたわけですからね」
「最近は世の中全体が強い相手への反骨心を失いつつある気がする。たとえドン・キホーテだとしても、一つくらい、どんな相手にもファクトで武装して、とことん立ち向かうメディアがあってもいいんじゃないかと思っています」
たかが週刊誌――。しかし、ガムシャラに戦い続ければ、いつか周りの景色が変わってくる。新谷氏はそう信じて来た。
今、少しだけ見たことのない景色を、視界に捉え始めたような気がしている。
バナー写真:「週刊文春」2020年7月2日号 アンジャッシュ渡部建の独占告白を掲載し、大きな話題となった(高山浩数撮影)