史上最年少タイトル獲得へあと1勝、神童・藤井聡太は金字塔を打ち立てるか
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将棋界でタイトルを持つことの意味
一人の神童が将棋界四百年の歴史に新たな金字塔を打ち立てようとしています。
2020年6月8日、藤井聡太七段が渡辺明棋聖(36)に挑む「棋聖戦」五番勝負が開幕。この時、藤井七段は17歳10カ月20日。史上最年少でタイトル戦に登場しました。
「棋聖」は現在の八大タイトルの一つ。各タイトル戦には1人のタイトル保持者が存在します。原則的に、他のすべての棋士が対局に参加して勝ち上がった一人がタイトル保持者に挑戦。番勝負(七番か五番)を戦って、タイトルを争う。これを1年1期で繰り返していきます。
将棋界ではタイトルを一つでも持てば、年齢、段位は関係なく、トップクラスの棋士と見なされます。
将棋史上最強と言われる羽生(はぶ)善治九段(49)は、このタイトルを通算99期獲得しました。
渡辺棋聖はタイトル通算25期。棋聖の他に棋王、王将も併せ持つ「三冠」です。また、現在は名人戦にも挑戦中。これまでの実績と現在のポジションを併せて考えれば、現・棋界の第一人者と言ってもよい存在です。
羽生九段、渡辺棋聖、そして藤井七段には多くの共通点があります。その一つは年若くして才能を現したことです。
将棋界では年齢が才能を測る上での大きな指標となります。若くして才能を現した者の中から上位に進む者が現れ、そのまま頂点に立つ。ごくわずかな例外を除けば、そうした歴史が繰り返されてきました。
AI時代の申し子、規格外の強さ
将棋界では「四段」を以て、プロ資格を持つ「棋士」となります。羽生九段は15歳2カ月(史上4位)、渡辺棋聖は15歳11カ月(史上5位)の若さで四段となりました。
渡辺現・棋聖も十代のうちから頭角を現しました。2003年、19歳で羽生王座に挑戦。翌2004年、20歳で森内俊之竜王に挑戦して竜王位を獲得するなど、その才能にたがわぬ活躍を続けてきました。
羽生九段、渡辺棋聖と、将棋界では周期的に強い若者が現れてきます。そうした若者が新たな歴史を築いていくことは、ある意味、既視感がある光景と言ってもいいかもしれません。
しかし、そうは言っても、藤井七段の早熟ぶりは、あまりに規格外でした。
藤井七段が四段に昇格したのは14歳2カ月。これは史上1位の記録です。さらにはデビュー以来、無敗で29連勝。3年連続で勝率8割以上。ここまで史上最高のハイペースで勝ち続けてきました。
藤井七段がいずれトップ棋士になることは、ある程度は予想できました。しかし、この時点でここまでの強さを発揮するようになるというのは、多くの人にとっては予想以上だったはずです。
現段階で藤井七段がトップクラスと遜色ない実力であることは、すでに明らかです。そして、もしここで史上最年少でのタイトル獲得となれば、名実ともにトップクラスの仲間入りと言えそうです。
渡辺棋聖、藤井七段は共に幼少時、家族に将棋を教わりました。そこで将棋の面白さに目覚め、多くの人と指していった。定跡書を読んだり、実戦の棋譜を並べたり、詰将棋を解いたりして、自分で努力を重ね、強くなっていく。そうしたベースとなるところは、いつの時代もおそらくは変わりません。
激しい競争の中で勝ち抜くためには、努力をすることが大前提です。その努力の方法は時代によって少しずつ変化していきます。
いつの時代にあっても、年少者は積極的に合理的な上達法を取り入れます。
渡辺棋聖が若手の頃にはITサービスを利用することが一般的となりました。インターネット上での練習対局、データベース化された棋譜の解析、メールなどでの情報交換が時代の最先端でした。
現代に生きる藤井七段は恐ろしく強くなったコンピュータ将棋ソフト(AI=人工知能)を研究に取り入れました。そして、この点が藤井七段の強さの秘密ではないかという注目のされ方もしました。
AIソフトの利用が藤井七段の実力をさらに伸ばしていることは、おそらく間違いはありません。
ただし、その手法で強くなっているのは、現時点では藤井七段に限ったことではありません。若手だけでなく、豊島将之竜王・名人や渡辺棋聖といったトップクラスの棋士もまた、AIソフトを利用しています。誰にとっても条件はほぼ同じで、そこでそんなに差がつくとは思えません。
下馬評通りに進行しつつある棋聖戦
現在17歳の藤井七段は14歳でデビューして以来ずっと、現役最年少棋士であり続けてきました。そして現在、彼の世代の前後を見渡してみても、十代の棋士は藤井七段しかいません。
ではなぜ、特異とも言える藤井七段の存在があるのか。それはやはり、将棋界四百年の歴史でも図抜けた才能を持って現れてきたから、と理解するほかなさそうです。
次代を担うであろう若手が複数のタイトルを持つような当代の第一人者と番勝負で対峙する際、下馬評は当然のように、「第一人者乗り」が圧倒的となります。そして実際に、まずは若手が苦杯を喫するということが多い。
2003年。19歳の渡辺明五段(当時)が羽生善治王座に初挑戦した際には、途中、2勝1敗として先行。大健闘をしながらも、最終的には2勝3敗で敗れました。終わってみれば、これは下馬評通りだったということになります。
時が移り、渡辺棋聖はトップクラスとして、若き挑戦者を迎え撃つ立場に回りました。特に防衛戦では無類の強さを誇り、年下から挑戦された際にはいつも退けてきました。
しかし、今回の下馬評は筆者が見る限り、「藤井乗り」の声が多かったように思われます。この空気感は過去にはあまり例がなかったのではないでしょうか。
棋聖戦は現在、第2局まで終わっています。いずれも大変な熱戦、名局でした。そして結果は藤井七段が2連勝。棋聖位獲得まであと1勝と迫っています。
「いつ不利になったのか分からないまま、気が付いたら敗勢、という将棋でした」
第2局に敗れた後、渡辺棋聖は自身のブログにそう記しています。敗因不明で負かされてしまった、というわけです。
現在、トップに君臨する渡辺棋聖が弱いわけがありません。それでもいまこうして、藤井七段がタイトルを獲得しようとしているのは、誰も不思議なこととは受け取っていません。ここに至るまで、将棋界の常識では測れないような、底が見えないほどの実力と才能を見せつけてきたからです。
史上最年少四段とはすなわち、史上最高の才能を持つことを意味する可能性が高い。
ただし、それはまだ何とも言えません。将棋界では長きにわたって勝てるかどうかで、才能の有無が明らかとなるからです。
藤井七段が史上最年少でのタイトル獲得という過程を経て、止まることなく史上最強への道を歩んでいくのかどうか。
将棋界は熱い夏を迎えました。注目の第3局は7月9日に行われます。
バナー画像:第91期ヒューリック杯棋聖戦第2局 渡辺明棋聖(左) 対 藤井聡太七段(右)。藤井七段は初の和服姿で対局に臨んだ 東京・千駄ヶ谷の将棋会館にて(産経新聞社)