台湾の「日本式建築」に魅せられて:日本統治時代・レトロ建築の「伝道師」渡邉義孝さん

文化 暮らし

周 恵貞 【Profile】

近年、台湾社会において歴史的建築物を守ろうという風潮が広がりつつある。その中で特に注目されているのが日本統治時代に遺された大量の建築物だ。この時期の日本式建築物は台湾の街中にあふれており、神社の遺構から、役所に官舎、診療所、監獄、鉄道の駅舎、製糖工場、製酒工場、たばこ工場、営林場、製茶工場、精米所や穀倉など枚挙にいとまがない。台湾の至る場所で当時の面影を見ることができるのだ。これらの歴史的建築物は、戦後台湾において長く忘れられた存在だった。だが、今は違う。多くの人が老朽化した建物の随所随所に散りばめられた工芸の美しさに気が付き始めたのだ。この台湾における「レトロ建築ブーム」の立役者はある日本の一級建築士である。渡邉義孝さんだ。

台湾との深い関わり

渡邉さんの調査は、台湾の建築関係者や建物の管理者である自治体、そして市民と交流を深めながら行われている。数年前、渡邉さんと台湾のネットユーザーが協力してGoogleマップ上に『日式建築マップ』を作成した。渡邉さんらが作った地図には台湾全土から集めた約2000カ所のレトロ建築情報が掲載されたそうだ。だが、現在、この地図は非公開となっている。残念なことに一部の建築会社がこの地図を用いて都市開発の名の下、日本統治時代から残る建物を取り壊してビル建設を狙っていることが分かったのだ。日式建築物の保護のため、地図の閲覧は申請制が取られることになった。

渡邉さんが台湾で行った調査には、一般の家屋だけでなく日本統治時代に結核病患者の療養のために建てられた台北松山療養所の所長宿舎や、第二次大戦中に旧日本軍が宜蘭に作った掩体壕(えんたいごう)も含まれる。宜蘭の掩体壕とは、航空機を空襲から守るための格納庫のことだ。

松山療養所所長宿舎の修復を担当した建築家の蔡孟哲さんは「渡邉さんの建築に対する情熱と誠実な態度は、私が知る限りどんな台湾人建築士も及ばないでしょう。台湾には建築物の修復技術はありますが、それでもやはり渡邉さんから多くを学びました。例えば、あるとき渡邉さんは修復現場で建物の梁構造に日本語で何か書かれていることを発見しました。私たちは全く気付いていなかったのですが、それは約100年前に当時の職人たちが建築の際に梁に記した合い印だったのです」と指摘している。

また、日本統治時代の古民家をリノベーションしたカフェレストラン「青田七六(Qitian76)」を運営する作家の水瓶子さんはこう話す。

「台湾では日式建築が政府の資産として管理されているケースが多いのですが、台湾の建築家はその建築物に関して、政府へ意見を出すのをためらいがちです。しかし渡邉さんはそのあたりを変に気にすることなく、政府に対して時に厳しい意見でさえ伝えることもあるのですよ」

渡邉さんのこうした行動は、台湾の建築関係者に深い感銘を与えたという。台北市に勤めるある公務員はこう振り返る。「渡邉さんが台湾での調査を終え帰国した後、滞在中に描いたスケッチと旅行記を小冊子にして調査の中で出会った人達に送ってくれたんです。その冊子が届いたとき、びっくりしましたがうれしかったですね」

このように調査の中で多くの台湾人に強い印象を与えた渡邉さんだが、彼自身は台湾における文化財保存の取り組みには、日本も見習うべき点があると考えているそうだ。そして渡邉さん個人としても台湾での旅から多くを学んでいるという。

渡邉さんの日本での仕事内容は新家屋の設計から歴史的建造物を含む古い建物の修復まで幅広い。しかし、現代風の大型建築にはあまり興味がないそうだ。また建築の知識も、多くの建築士が大学などで学ぶのに対し、渡邉さんは現場で身に付けていった。特に若い頃に携わった地下鉄、ダム、下水道の敷設工事などが強く印象に残っているという。

渡邉さんは当時を振り返りながらこう話す。「手を動かして建物を作るのが好きなんです。仕事をしているうちに『自分で設計もできたらもっと面白いかもしれない』と思うようになり、建築士になりたいという思いが芽生えましたね」

渡邉義孝さんの個性的なスケッチ。これらは澎湖へ旅行した際に描いたもの(渡邉義孝さん提供)
渡邉義孝さんの個性的なスケッチ。これらは澎湖へ旅行した際に描いたもの(渡邉義孝さん提供)

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ジャーナリスト。前香港フェニックス・テレビ、香港TVB記者。英ロンドン大学で修士号(国際コミュニケーション)を取得。ドキュメンタリー番組のプロデュースにも携わり、アジア及びアフリカ企業、米ホワイトハウス職員、WTO国連下の組織の取材などを行う。Nikkei、FTGroup、BBC、サウス・チャイナ・モーニング・ポストなどで執筆。

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