「魚は獲らない」―ある漁師の選択 : コロナ禍で価格暴落

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新型コロナウイルス感染症の拡大で多くの人の生活がガラリと変わってしまった。不要不急の外出自粛を求められ、飲食店の営業も大幅な縮小を余儀なくされている。そしてその向こう側では、農業や漁業の一次生産者が納品先を失い、価格の暴落に途方に暮れている。そんな中で、「しばらく魚は獲らない」という決断をした漁師が、船に乗らない代わりにペンを取った。(本当は、ペンではなく、スマホで執筆したそうです)

コロナってすごいな。全国的に魚が獲れていない。それなのに魚が爆安!

おい(=私)は宮城県のとある浜(=漁村)で漁師をしています。「新型コロナウイルスとの戦いが重大な局面を迎えています」と連日報道されています。漁師も例外ではありません。ウイルス対策はもちろんのこと。それに加えて、今、私達漁師が直面している問題があります。

それは「大不漁」と「魚価の暴落」です。

「秋鮭が不漁です」とか、「本マグロが不漁です」とか、「明石のマダコが不漁です」とか、皆さんも、テレビのニュースや新聞などでちょいちょい目にしたことがあると思います。不漁は宮城県だけではなく全国規模で、しかも魚種を問わず。

アナゴも、サケも、マダコも不漁!

おいは、秋鮭を中心に、アナゴ、マダラ、マダイ、ヒラメ、ホヤ、金華サバ、サワラ、マダコ、ミズダコ、カニ等々書き切れないくらいの、1年を通してその季節の旬の魚を獲っています。とても豊かな漁場です。いや、「豊かな漁場でした」と言うのがが正しいのかもしれません。

撮影 : 山下雄登
撮影 : 山下雄登

不漁は今始まったわけではありません。メインの秋鮭はここ3、4年はほとんど皆無の状態。2019年の秋もまるでダメでした。夏のアナゴも冬のタコも残念ながらパッとしません。でも漁獲が少なくても、これまではなんとかなっていました。

ざっくり言うと、通常、「魚が獲れていない」時は「市場への供給量が減る」 ので、当然、単価が上がります。だから、魚が少ない分は、単価がカバーをしてくれるからある程度の水揚げ(編集部注 : 売り上げのこと)になります。

筆者提供
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逆に魚が豊漁で沢山獲れているときは、「市場への供給量が多い」ので、単価が落ち着きます。単価が安いこんな時は、漁獲量がカバーしてくれる。簡単にいうとこんな感じです。

それを踏まえた上で、魚が獲れていない今、魚の値段は上がると思いますか?下がると思いますか?

答えは、「値上がりする!」

「正解!!!!」……例年通りならね。

でも、今年は、ビックリするくらいの安値です。獲れていないのにアホほど安いのです(笑)。

年の初め頃、中国の武漢で謎の肺炎患者が出ていると聞いた時には、「新型コロナウイルス? なんだそれ?」と、大して気にも留めずにいました。コロナがこんな大ごとになるとは、思ってもみませんでした。中国では日に日に深刻化しているようでも、「どうせ日本には来ないだろう」と甘くみていました。ここまで世界規模で流行するとは、その時は思いませんでした。

上物の鯛が大衆魚価格に

おいの船は、近年、良い真鯛を獲る船と言われていて、仲買いさんや料理人さんからは、「日本一」とお褒めの言葉をいただくこともあります。

筆者提供
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先日、食料品を買いにスーパーに行きました。スーパーでは、毎回、魚売り場を必ず見ます。「どんな魚が揚がっているかな?」「いくらで売られているのかな?」――漁師なりの市場調査という面もありますが、なんといっても、「海から離れている時にも、魚の顔が見られる!」―これがおいにとってのスーパーでの楽しみです。

そこでは、大きな大きな天然真鯛が売られていました。しかも丸々肥えた上物です。

「安くても1万円?」「もしかして、2万円近くはするだろうな」と近づいて値札を見て、驚きました。桁が違いすぎました。目を疑いました。大型で上物の真鯛が、なんと900円。100グラムの値段ではありません。1匹まるごとです。他にも10キロクラスの天然寒ブリ。これも肥えた良い魚。脂の乗りも間違いない寒ブリもなんと2000円代。

しばらく外出を控えていたので、気付くのが遅れました。まさか、こんなことになっていたとは…これが今の末端の価格であるならば、いったい、漁師はいくらに買いたたかれたのだろう。これはもう、奥さんお買い得過ぎます!そして、漁師には厳し過ぎます!

でも、この記事は、「漁師が大変です!助けてください!」というために書いているわけではありません。

撮影 : 山下雄登
撮影 : 山下雄登

新型コロナウイルスの影響で、魚も肉も安くなってます。感染拡大のために不要不急の外出の自粛が求められ、営業自粛している飲食店さんも多い。営業していたとしても、宴会や接待需要は激減していて、極端な話、今 水揚げされた魚は行き場を無くしています。平時であれば、料亭や高級店に行っていたであろうお魚が、お値打ち価格でスーパーにも並び始めています。

横浜に住む知人は、「ニュースで魚の値段が暴落していると言っているのに、近所のスーパーでは、値段変わってないよ」と言っていましたが、おいの推測ですが、値段は同じでも、多分、質の良い物になっているのではないかと思います。

消費者さん目線で言うと、かつては高級店に行っていた魚が、行き場をなくしてご近所のスーパーに出回っている。そんな高級魚を格安で買えるチャンスでもあります。店頭や通販等で見かけたら、お家でプチ贅沢をしてみてください。

「不要不急の外出は控える」ことが日本全体に求められています。でも、“おうち時間”もだんだん飽きてきて、ストレスも溜まりますよね。それならば、魚でも肉でも、美味しい食材を活用して、ちょっと凝ったメニューに挑戦してもいいかもしれません。「何を作ろうかな?」と考えながら、調理して、食べて、家族に喜んでもらえる。のんびりしながらも贅沢する。そんな時間をたまには作ってみてはいかがでしょうか。

「魚は泳がせておく」という選択肢

かくいうおいは今後、漁を自粛します。

「値崩れしまくりの魚の命をわざわざ獲る必要がない」―おいは、こう思います。

全国各地にはたくさんの漁師がいます。それぞれ、置かれている環境も立場も、浜の事情も違います。「魚を獲って、なるべく高く売りたい」という考えも、もちろん、アリだと思います。「せめて、乗組員さんの給料だけは稼ぎたい」と必死に頑張っている船長がいるのも知っています。

だから、各漁師がそれぞれに判断すればいいことで、どれが正解というものでもありませんし、それぞれの判断が尊重されるべきです。ましてや、こんな大変な時に、悪者探しをしたり、いがみ合ったりしている場合ではありません。

ただ、せっかく、このような機会をもらったので、おいの個人の意見を書かせていただきました。

いろいろな考え方がある中で、おいは「獲らない」という選択をします。わざわざ値崩れしている魚を獲るのではなく、「魚は泳がせておくことも大切」という思いです。泳がせておけば、おっきくなって高くなる。産卵さして次の世代の魚も生まれる。資源が戻れば、最高(笑)!

おいは年間を通じて、自分の浜でしか漁をしません。おいは自分の浜の魚を宝物だと思っています。漁師は、その宝物である魚の命を奪う職業です。だから、安売りする気はありません。

もしあなたが漁師だったら、「100匹で1万円」と「1匹で1万円」――どちらを選択しますか?  おいは後者を選択します。暴落している命を獲らない。という選択肢もあって良いのではないかと 、そう思います。

漁師は海で仕事をするイメージが強いと思いますが、実は、陸での仕事もそこそこあります。魚を獲らない間は、網の修理や新しい仕掛けの製作など、漁の準備をします。季節に合わせてさまざまなな魚を獲るということは、魚種に合わせて仕掛けも替えなければなりません。自給自足のための「おかずとり」の漁くらいはしますが、しばらくはジッと我慢で陸の仕事に励みます。

漁師だけが大変なわけではありません。ニュースを見ていれば、業種を問わず、誰もが大変だと分かります。それでも、戦争や津波よりはマシじゃん、と思います。

頑張っていきましょう。

筆者提供
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バナー写真 : 山下雄登撮影

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