コロナで活気が失われた豊洲市場:高級魚が手軽に家庭で味わえるチャンス
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世界で猛威を振るう新型コロナウイルス。安倍晋三首相は4月7日に緊急事態宣言を東京など7都府県に向けて発令し、16日には対象地域を全国へと拡大。外出の自粛や対人接触7~8割削減を強く要請している。
こうした中、国内外から魚を中心に多くの生鮮食品が集まる豊洲市場は、食生活に欠かせない機能を果たしているため、従来通り開場している。日々数百種に及ぶ魚介が取引されているが、さすがに最近は活気がなくなり始めた。
銀座(中央区)や場内のすし店をはじめとした料理店の休業により、高級魚の流通が停滞。業務関係者が買い出しに来る仲卸は、人の往来も少なく、仲買人が暇そうに立ち尽くしている姿が目立つ。「東日本大震災の時以上に売れ行きが悪い」(仲卸)ことで市場の活気が失われているが、一般家庭にとっては高価な魚介類が身近になっているという側面もある。
一般入場禁止で、すし店ガラガラ
豊洲でコロナショックが表れ始めたのは、2月の下旬。都は同月28日、上野動物園と葛西臨海水族園の休業のほか、豊洲市場への一般客の入場を29日から禁止すると発表した。翌日分の仕入れを済ませていた市場内のすし店は「急に言われても…」と困惑気味だった。
市場内には多くの飲食店があり、観光客から人気のすし店では銀座並みに高級なネタを用意し、プロも認める上質なコース料理を提供する。ただ、競り人など市場のプロたちは、仕事の合間に高価なすしを食べることはまれだ。豊洲で1番人気の「寿司大」をはじめ、利用客の大半が一般客という店も少なくないため、入場禁止となれば「商売にならない」(豊洲すし職人)という店ばかり。
マグロやウニ、ノドグロに打撃
品ぞろえは国産、天然、生の高級魚が基本となるため、店を開けるのなら前日から仲卸へ注文を入れて、当日早朝の仕入れも必要になる。ところが、来客は市場関係者しか望めないから、客激減で賞味期限の短い食材が無駄になる、というわけだ。
豊洲市場内の料理店、およそ半数が3月から次々と一時休業。外出の自粛もあって、街の料理店でも営業時間を短縮したり、閉めたりといったケースが増え、高級魚の売れ行き不振が顕著に。本マグロやウニ、ノドグロ、クルマエビといった江戸前すしに欠かせないネタが値崩れ。それぞれ上物で3割以上安くさばかれることもあり、魚のプロたちも頭を抱えていた。
外食不振が強まった半面、比較的活発な取引を行っていたのは、スーパーなど量販店バイヤー。家庭での食事機会が増え、子どもたちも学校の休校長期化で「巣ごもり消費」が主流に。加工品を中心に総菜用の水産物は活発な商いとなった。
本場、富山湾のホタルイカが庶民の味に
今春、旬を迎えた魚介にもちょっとした異変が起きた。初ガツオはいまひとつ漁が振るわなかったものの、富山湾の春の風物詩・ホタルイカ漁が例年にない好漁スタートを切った。
幻想的な光を放ち観光資源にもなっている富山湾のホタルイカ。ここ数年不漁で、市場でも高値取引されていた。ただ、流通の中心は富山県産よりひと回り小さい兵庫県産で、水揚げ量は日本一を誇り、卸値も3分の1ほどと手ごろ。兵庫県産はスーパーなど量販向け、富山県産は料理店向けと区別されることが多い。
ところが今年は状況が一変。富山県の研究機関も「例年になく順調な水揚げが期待できる」と予想し、兵庫産に負けまいと活発な水揚げで、好調な流通量を記録している。一方、料理店からの引き合いは弱まったことで、富山産の相場は昨年よりも大幅に下落。スーパーなど量販店が手当てするようになったのだ。
競り人も「こんなの初めて」
鮮魚量販店では「いつまで仕入れられるか分からないが、ワンランク上のものが安く仕入れられるなら、できるだけ確保し店頭に並べたい」と意気込んでいた。豊洲では「粒もしっかりしていておいしい」と競り人も太鼓判を押し、仲卸やスーパーのバイヤーにPRしていた。
市場で長年ホタルイカを扱う卸会社の競り人は「コロナの影響でどの魚も売れ行きが鈍いが、4月前半、昨対(前年同期比)で4割以上扱いが増えた唯一の魚種ではないか」とし、中旬の週明けも1日1トンの富山産ホタルイカをスーパーに卸売り。「こんなことは入社してから初めて」と話していた。
スーパーや量販店は、料理店に比べると通常、大衆魚を中心に安価な水産物の仕入れが中心。豊洲での高級魚の売れ行き不振、活発になる巣ごもり消費を受けて、ホタルイカだけでなく他の魚種も買い支える傾向が強まっている。
最大手のイオンリテールでは、3月中旬から高級魚を手ごろな値段で提供する「がんばろう 水産物応援セール」を首都圏の店舗で実施。豊洲市場で買い付けたキンメダイやアマダイ、クルマエビやウニといった高級魚介が、比較的手ごろな値段で販売され、話題となった。
豊洲の努力で高級魚を量販
豊洲の卸もこうした事態に手をこまねいているわけではない。行き場を失った高級魚の販売先を求め、珍しい売り方を試みている。通常、卸の競り人は、産地(漁港)から運ばれた魚を、競りや相対で仲卸やスーパーのバイヤーに卸す。1種類の魚を詰め込んだ魚箱を引き渡すだけだが、ある卸は小会社と連携し関東の鮮魚専門店向けに、マダイやキンメダイ、キンキ、メバルやイサキといった高級魚を、数匹ずつ詰め合わせにし、各店舗に配送しやすくするサービスを実施。好評という。
日本一の台所である豊洲市場は「どんな状況になっても運営しなければならない」(都の市場当局幹部)との姿勢で、市場関係者は取引を続けている。コロナ騒ぎの終息がいつになるのか分からないが、しばらくは、これまで手が届かなった高級魚が、スーパーなどで安く買えるチャンスが増えそうだ。外出自粛が続く中、普段は食卓には並ばないような魚を味わってみてはどうだろう。気晴らしにもなり、漁業者の下支えにもなる。
(バナー:新型コロナウイルスの感染防止のため、2月末から一般客の入場が禁止された東京・豊洲市場 写真:筆者提供)