台湾はいかに民主的に新型コロナウイルスとの防疫戦を展開しているのか

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鄭 仲嵐 【Profile】

新型コロナウイルス肺炎の流行が中国で始まったのは1月のことだった。それからたった2カ月で全世界に広まり、今も、猛威を振るい続けている。米国やスペイン、イタリア、ドイツは中国の感染者数を超え、いまや、深刻な「被災地」となっている。一方で、台湾は、現在も感染確認者の人数が抑えられている。政府は、人員を効率よく集団動員して感染症対策を実行し、多くの人が、「政府は、肝心な時に力を発揮してくれる」と信頼を深めている。

デジタル技術をフル活用

また、デジタル技術の活用で、情報の透明化を図ったことも、民主主義・台湾の感染症との戦いを象徴するものだ。テレビのニュースは、長い会見のほんの一部分を編集して放送するだけで、政府側のメッセージが全て伝わるわけではない。今回は政府側が全過程を動画配信し、さらに陳時中衛生部長や当局側スタッフは、質問する記者が納得するまで回答した。日本で、質問したい記者が手を挙げていても、当局側が会見を打ち切るのとは違っていた。多くのネット・ユーザーは動画配信を通じて、記者の質問が専門性を備えたものであるか、当局側の回答が妥当であるかを、チェックすることができた。

さらに、政府はツイッターやフェイスブックも有効活用して、民衆に直接メッセージを伝えることができた。英語での情報発信は、外国メディアにとっての最良の素材となった。蔡英文総統のツイッターは、人目を引く画像と分かりやすいキャッチフレーズで、外国の人にもメッセージが伝わるように工夫されている。自らの書き込みによる親しみを持てる対話感覚とあいまって、シェア数も大幅に増えた。台湾政府は感染症対策の広報戦略で、空前の成功を収めたと言ってよい。

独裁国家は人民の感情に無関心でいられる。しかし民主政治体制においては、常に民意を意識し、臨機応変であらねばならない。台湾は、長きにわたって独裁統治下に置かれた後に、ようやく、民主的な直接選挙制度に移行した。今も、中国という独裁大国と隣り合わせ、戦々恐々としながら共存している。台湾の民主主義の歴史はわずか30年間だが、台湾の民主の内面的な力は、異常なほどに強固だ。今回の肺炎の感染拡大抑止では、改めてそのことが顕在化した。ただし、台湾が示した「高効率」には賛否両論が出た。

行政の厳しさは行き過ぎでないのか

ただし、台湾が示した「高効率」には賛否両論があり、この現状を危ぐする声も上がっているのも事実だ。感染症拡大阻止の成功が、民主的価値が感情に左右されるポピュリズムに向かってはいないか、ということだ。

実際に、台湾での今回の検疫制度と在宅隔離の公務執行は、かなり厳格だ。携帯電話の位置情報で隔離対象者の所在を把握し、隔離期間中に決められた場所を離れれば、100万台湾ドル(約360万円)の罰金を科せられる場合もある。政府が最近になって打ち出した新たな規則では、在宅隔離者が自宅を離れた場合には、強制的に隔離施設に送り、何の補償もしないというものだ。そのため、あまりにも強権的で基本的人権の侵害だという反対の声が出ている。

しかしネット調査によれば、各年代の多くの人が、依然として政府のやり方を支持している。その理由は、台湾の国家体制が中華民国憲法を母体としており、中央の権威が相当に強いことだ。過去の戒厳下の時期に、国家は戦時体制と同様の動乱平定動員条例を策定した。SARSが収束した後に、「中央感染症流行指揮センター実施弁法」を制定し、同センターのトップには大きな権力が付与された。陳時中部長もそのために、今回の感染症流行で重責を担うことになり、人気が突然にブレークしたわけだ。

さらに言うならば、台湾では実質的な独立に向かう方向と中国との統一に向かう方向への政治的な綱引きという背景があり、政治家が政策を遂行する前に様々なことを考えすぎて、場合によっては民衆の歓心を買うということすらある。人々が「気に入らない」と思って次の選挙で別の政党に投票すれば、政治家は政権を担当する機会を失ってしまうわけだ。

2018年の地方選では、各種政策を強行したことが民進党に対する不満の引き金となり、人々が民進党に反感を持ったことで、結果として国民党が圧勝した。国民党の韓国瑜高雄市市長は、スター政治家にまでなった。

民進党はこれを教訓にして、今回は民意に敏感に反応した。感染症が急激に拡大した時期に、大陸委員会は当初、中国に住む台湾人と中国人夫婦の子どもの来台を認めたのだが、一夜にしてネットでは大炎上が起こり、陳時中部長は指揮センターのトップの職権で、大陸委員会の許可を強権的に撤回した。また、台湾で隔離された英国人男女が扱いが悪いと強い不満を持ち、同件がBBCで報道された件では、大量の台湾のネット・ユーザーが英国側に抗議した。抗議発生の結果として外交部(台湾外務省)も介入し、最後に英国人女性に公式に謝罪させることになった。

こうした出来事は、台湾政府が民意を迅速に反映することを示している。ただ、台湾人には「熱くなりやすい」傾向があり、徐々にポピュリズムが進んでいることも示している。

「ポピュリズム化」を懸念する声はその通りではあるのだが、台湾は多くの変革を経験した後に、このような民意を汲んだ戦略を素早く実行し、台湾の特質である効率的な民主制を実証した。「効率的に民衆を管理し動かせるのは独裁体制だけである」という思いこみに対する反証を台湾の政治は示すことができたのだ。

バナー写真=台湾の蔡英文総統がマスクの生産ラインを視察。自ら不織布に触れた(中華民国総統府提供)

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鄭 仲嵐CHENG Chung Lan経歴・執筆一覧を見る

ニッポンドットコム海外発信部スタッフライター・編集者。1985年台湾台北市に生まれ、英ロンドン大学東洋アフリカ研究学院卒。在学中に福岡に留学した。音楽鑑賞(ロックやフェス)とスポーツ観戦が趣味。台湾のテレビ局で働いた経験があり、現在もBBC、DW中国語や鳴人堂などの台湾メディアで記事を執筆。著書に『Au オードリー・タン天才IT相7つの顔』(2020,文藝春秋)。インディーズバンド『The Seven Joy』のギタリストとして作曲と作詞を担当している。

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