台湾はいかに民主的に新型コロナウイルスとの防疫戦を展開しているのか

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鄭 仲嵐 【Profile】

新型コロナウイルス肺炎の流行が中国で始まったのは1月のことだった。それからたった2カ月で全世界に広まり、今も、猛威を振るい続けている。米国やスペイン、イタリア、ドイツは中国の感染者数を超え、いまや、深刻な「被災地」となっている。一方で、台湾は、現在も感染確認者の人数が抑えられている。政府は、人員を効率よく集団動員して感染症対策を実行し、多くの人が、「政府は、肝心な時に力を発揮してくれる」と信頼を深めている。

SARS流行時、中国との交渉担当だった蔡総統

一方で、台湾は中国から100キロも離れていないにも関わらず、感染者数の増加をさほど深刻ではないレベルに抑えている。新型コロナウイルス肺炎が中国武漢市だけで発生していた2019年12月末の段階で、台湾に到着した航空機利用客の機内検疫を開始。武漢が都市封鎖を宣言する前の1月末には、航空便の運航停止を率先して実施した。それから2カ月あまりが経過したが、欧州や日本への航空便の運航停止がやや遅かったことを除けば、台湾当局にほとんど失点はなかったと言える。むしろ、ニュージーランドや日本の政治家からは「台湾に学ぶべきだ」との声が上がるほどだ。

中国で爆発的な感染拡大が始まったのは、蔡英文総統が高得票で再任を決めた2020年1月11日の総統選から間もない時期だった。台湾は2003年の重症性呼吸器症候群(SARS)の流行では、大きな痛手を受けている。蔡総統は当時、中国大陸部関連の業務を担当する「大陸委員会」の主任委員で、陳建仁副総統は衛生署長だった。2人は感染症防止の最前線で中国当局と何度も交渉した経験を持つ。今回は、その時に鍛えられた突発事態への対応能力が生きたのだ。当初から、「敵を深く広く知る」との方針を立て、医療専門家の判断を仰ぎ、マスク生産ラインの急ピッチでの増設をまたたく間に進めた。

民主主義はしばしば、政策決定が遅すぎて非効率と批判される。日本や欧米では、今回、この弱点が露呈したが、蔡英文政権は感染症防止の戦いで、相当に迅速な対応を取った。その象徴とも言えるのが、絶対の信頼を置く陳時中衛生福利部長(衛生福祉相)を感染症対策の指揮センターのトップに据え、多くの権限を与えたことだ。政府は、陳時中部長や疾病管制署を信頼し、重要な政策の発表は彼らに任せた。

欧米や日本では、大統領や首相が政策を発表し、国民にメッセージを送った。しかし、医療、とりわけ感染症の専門家ではない政治家に、世界が巻き込まれている事態と今後なすべきことを分かりやすく説明することはできない。台湾の指揮官となった陳時中部長はもともとは歯科医であり、医療の専門知識と患者に接するような分かりやすく説得力のある言葉で民衆に語り掛けた。

政府上層部も、手柄を取られるなどといった心配はせずに、専門性を完全に尊重した。台湾テレビ局のTVBSが実施した世論調査では、陳時中部長の支持率が91%に達した。世論調査でここまで高い数字が出ることは、極めて珍しいことだ。

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ニッポンドットコム海外発信部スタッフライター・編集者。1985年台湾台北市に生まれ、英ロンドン大学東洋アフリカ研究学院卒。在学中に福岡に留学した。音楽鑑賞(ロックやフェス)とスポーツ観戦が趣味。台湾のテレビ局で働いた経験があり、現在もBBC、DW中国語や鳴人堂などの台湾メディアで記事を執筆。著書に『Au オードリー・タン天才IT相7つの顔』(2020,文藝春秋)。インディーズバンド『The Seven Joy』のギタリストとして作曲と作詞を担当している。

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