台湾の「先手防疫」と日本の「ホトケ防疫」、違いはどこから来るのか?

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栖来 ひかり 【Profile】

世界から称賛を集めている台湾の新型コロナウイルス対策。逆に日本の方はその対応の緩さや遅れから、台湾の人々に「ホトケ防疫」ではないかと心配されている。台湾と日本の違いを、台湾から考えてみた。

人権との両立の問題も

そもそも公衆衛生とは、自由や人権とは必ずしも相いれないものである。非常事態が起これば都市封鎖で住民の外出まで制限することのできる中国が、人権侵害の問題を常に抱えていることでも明らかだ。台湾もほんの30年ほど前までは独裁政権の戒厳令下にあったが、1990年代の李登輝総統時代に4度の憲法修正を経て、「国民の基本的権利を抑圧し蒋介石・蒋経国の強圧的な権力行使を可能にしてきた各種の法律は改廃された」(台湾の民主化と憲法改正問題/小笠原欣幸)しかしプライバシーに関していえば、個人の出入国を病院窓口でチェックできるなど、個人情報がIDカードや保険証にひもづけされていることに、国民自身も比較的抵抗がないように見える。

しかし同時に、このように国民の管理が進んでいるということは、その時々の運用者の「徳」にすべてが委ねられる。逆に言えば、上に立つ人によって、いくらでも悪用できてしまうのである。それほどに、「効率性」と「人権と自由」とのバランスが難しいことは、心に留めておきたい。

暗い時代を耐えて民主を勝ち取り、その危うさをよく知っている台湾の人々は、人権侵害など問題が起こればすぐに何千何万人規模のデモを行うことで政治を見張り、選挙でも真剣に投票するのだろう(今年の総統選挙の投票率は75%)。蔡政権の迅速かつ的確な対応は、「生きた民主主義」とセットになった好循環で成り立っていると言えるかもしれない。

日台の対応の違いに影響したと思われることがもうひとつある。日本人が日本以外のアジアの状況について、無関心で来たことである。

例えば、春節休暇には中華圏の人々が大移動するため、伝染病の拡散リスクが各段に高まること。早くからマスクの買い占めを予測し、マスクの増産に取り掛からねばならなかったこと。シンガポールのような熱帯でも感染が広まっていることが周知されていれば、「暖かくなれば」という誤解も生まなかっただろう。NHKの新型コロナウイルス特設サイトでは、全く感染状況の違う台湾と中国とを同じカテゴリーに入れたことで、台湾でも大きな反感を買った。

過去において、台湾や香港は2003年のSARS、韓国も2015年のMERSで危機に陥った経験が、今回の防疫に生かされている。そうした意味で、日本は戦後、そこまで深刻なパンデミックにも至ることなく済んできた幸せな国だった。しかし、人も言葉も疫病も国境を自由に越えて行き来できるいまの時代に合わせて、日本も変わって行かなければならないタイミングを迎えている。今回の新型コロナウイルスの経験が転機となるかどうか、おとなり台湾の柔軟な先進性に、日本が学ぶべきことは多い。

バナー写真=中国武漢市からチャーター機で帰国した台湾人の体温を計測する空港検疫官(中央流行疫情指揮中心提供)

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台湾在住ライター。1976年生まれ、山口県出身。京都市立芸術大学美術学部卒。2006年より台湾在住。台湾に暮らす日日旅の如く新鮮なまなざしを持って、失われていく風景や忘れられた記憶を見つめ、掘り起こし、重層的な台湾の魅力を伝える。著書に『台湾と山口をつなぐ旅』(2017年、西日本出版社)、『時をかける台湾Y字路~記憶のワンダーランドへようこそ』(2019年、図書出版ヘウレーカ)、台日萬華鏡(2021年、玉山社)。 個人ブログ:『台北歳時記~taipei story

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