日台バイリンガル教育は、子どもたちの未来にどうつながる?

社会 教育 家族・家庭 言語

近藤 弥生子 【Profile】

日本における台湾ブーム、台湾への企業の進出、台湾からの訪日旅行者の増加――日本と台湾の距離がどんどん近づいている。それに伴い、日本人と台湾人の国際結婚も増加傾向にある。台湾で暮らし、台湾人と結婚し、迷ったり悩んだりしながら2人の子どもを育てる筆者が、バイリンガル教育について深く掘り下げた3回シリーズ。最終回では、これからの教育が子どもたちの未来とどのようにつながっていくのかを考える。

社会人になった日台バイリンガルの実感とは

「社会人となった日台バイリンガルに、その実感を聞きたい」という筆者の願いにビデオ通話によるインタビューで応えてくれたのが、台湾で育ち、2018年10月から東京の広告会社に就職した林 明佳(はやし あすか)さん。

林さんは台湾人の父と日本人の母のもとに長女として生まれ、幼稚園から大学まで台北の現地校に通った。幼稚園の年長から中学2年生までは並行して「台北日本語授業校」に通い日本語を学んだ。同校が設立されて間もない頃から通った初期のメンバーだ。現在25歳。台湾の大学で専攻したデザインを活かし、東京で広告のグラフィックデザインの仕事に就いている。

「幼い頃から日本とのつながりを感じて育ったので、ごく自然にいつかは日本に住みたいと思っていました。大学を卒業してすぐ日本で就職したのは、いつか行くなら若いうちの方が良いと思ったからです。また、日本の方がデザインの歴史が長いので、デザイナーとして学べることも多いとも思いました」

ネイティブレベルの日本語を話す彼女でも、日本で生活してみて初めて知ることがあった。

「日本に来てから『自分のこの部分は台湾人だったんだ』という発見がありました。例えば、日本に来て独特のコミュニケーション方法に苦労しています。曖昧な言葉から相手の意図を察しないといけなかったり、日本人は心の中では同意していないのに『そうですね』と言われて、相手の本心が分からずに悩むことも多いです」

社会に出た今、感じていることもたくさんあるようだった。

「日本語の読み書きができるように育ててくれた両親には感謝しています。会話ができても、読み書きができないと日本で働くことは難しかったと思うから。

日本に来て、日本人は生活や仕事の細かいところまで気を使うので、そういったことが学べるのは自分にとってプラスになりました。台湾も日本も、両方の良いところを取り入れて、良くないと思ったことはスルーするようにしています。

過去に『自分はみんなと違うのかな』と思って不安を感じたこともあったけれど、今の私は台湾と日本両方の文化を知れたから、「ひとつだけが正解なわけじゃない、違っても大丈夫」と思えるようになりました。バイリンガルになれたことはとても良かったと思っていますし、これからは私にできることを探していきたいと思っています」

日台の良い文化を継承する

取材を通して感じたのは、子どもの人格形成の時期において日本と台湾ふたつの異なる文化を体験させることの良さだった。

横澤先生から学んだのは、扱える言語を増やすことは大人になってからでもできるが、「子どもが人生を決める時の材料は、小さい頃からの積み重ねの中にある」ということだった。日台バイリンガルとして社会に出た林さんから教えられたのは、「この文化・習慣を取り入れたい」と思ってもらえるような良さが日本のどこにあるのかを見つめ、継承していくことの大切さだった。そして、林さんが話してくれた「異なる視点を持つことができる」点は、バイリンガルの大きな強みに違いない。

筆者にとって、日台バイリンガル教育の道はまだ始まったばかり。ただ、海外に出た今、これまでは意識すらしていなかった日本の素晴らしさ・残念なところが見えてきたのは事実だ。自分が伝えられる日本の良さを、ここ台湾で暮らす子どもたちへと継承していきたい。

バナー写真=台湾で暮らしいていた頃の林明佳さん(林明佳さん提供)

この記事につけられたキーワード

台湾 国際結婚 日本語教育 バイリンガル バイリンガル教育

近藤 弥生子KONDŌ Yaeko経歴・執筆一覧を見る

台湾台北在住の編集・ライター。日本語・中国語(繁体字)でのコンテンツ制作を行う草月藤編集有限公司を主宰。雑誌『&Premium』で「台北の朝ごはん」「日用品探索」を連載中。プライベートでは二児の母。ブログ「心跳台灣」を運営(www.yaephone.com)。

このシリーズの他の記事