日本初、難病の子どものための「第二の家」―英国小児ホスピスに学んで
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もみじの家とは?
東京都世田谷区の緑豊かな住宅街に建つ「国立成育医療研究センター」。その施設内に、カラフルな文字で「もみじの家」と書かれた鉄筋二階建ての建物がある。大きな窓から日が差し込む建物中央の吹き抜け部には、シンボルツリーのモミジが植えられている。
午前10時。利用者の退所時間になると、重い病気の娘を車いすに乗せた母親が、「お世話になりました!また、よろしくお願いします」と、笑顔で内多ハウスマネージャーやスタッフにあいさつをして帰って行く。
内多さんにハウス内を案内してもらうと、1階にはダイニングキッチン、家族が一緒に泊まれる個室が5つ、3人部屋が2つ。そして、子どもが寝たままで入浴できる最新型の機械浴室と、石造りでジェットバス付きの家族が一緒に入れる一般浴室が完備されていた。各部屋は、大人でもワクワクするパステル調の内装で、浴室には坪庭まで付いていて、旅館かホテルかと見まごうばかりだ。
設計・施工はどんな業者が担当したのか内多さんに聞くと、「今までこういう施設は日本になかったので、建築に携わる方が、看護師さんと一緒に、英国のヘレン・ダグラス・ハウスまで視察をしに行きました」と教えてくれた。
お風呂と並んで人気があるのが、2階にあるミラーボールやウオーターベッドなどで五感を刺激するセンサリールームだという。重い病気の子どもたちが、家族と一緒に楽しめる感覚刺激空間だ。その他にも、防音対策が施された音楽室や、絵本やおもちゃがたくさん置かれた広々としたプレイルームなど、保育園や学校のような雰囲気で、子どもが遊んだり、学んだりする環境が整えられている。
日本版「ヘレン・ダグラス・ハウス」
「もみじの家」は、1982年に英国にできた、世界初の子どもホスピス「ヘレン・ダグラス・ハウス」を手本にして、2016年4月に誕生した。重篤な病気をかかえながら、自宅で医療的ケア(人工呼吸器や経管栄養など)を受けている子どもとその家族が、1回に最長9泊10日泊まれる。公的医療機関が運営する短期入所施設としては、日本初にして唯一の存在である。
きっかけは、英国赤十字評議員だった喜谷昌代さんが、「ヘレン・ダグラス・ハウス」でボランティア活動を続ける中、故郷にも同じような施設をつくりたいと願ったこと。もともと昌代さんの義兄が抗がん剤の開発に成功し、がんや難病患者の治療や支援施設などを支援する喜谷記念財団(KMT)を設立していた関係で、KMTは「ヘレン・ダグラス・ハウス」に財政支援していた。昌代さんはKMTをバックに、1991年に障害を持つ青少年の日英交流事業「もみじプロジェクト」をスタートさせ、「ヘレン・ダグラス・ハウス」の子どもたちを連れて、成育医療研究センターを訪問するなど、日本版ヘレン・ダグラス・ハウスの開設に奔走した。
しかし、病院の敷地内に全く別の棟を新設し、そこで子どもと家族がくつろげる空間を提供するには、膨大な費用がかかる。なかなか話は前に進まなかった。ところが、五十嵐隆・東京大学小児科教授(当時)が、成育医療研究センターの理事長に就任し、山が動く。
「日本では、高齢者向けの施設は多いですが、医療的ケアを必要とする子どもへの理解がありませんでした。自宅で2、3時間に1回、わが子のたんを吸引する家族たち、特に母親の負担は想像を絶します。なんとか支援したいと、赤字を寄付で補塡(ほてん)する算段をつけ、開設に踏み切りました。成育医療研究センターの施設ですが、『もみじの家』と名づけたのは、喜谷さんのプロジェクトに敬意を払ってのことです」
こうして「もみじの家」は、喜谷記念財団が4億円、日本財団が3億5000万円を拠出し、その他の寄付も募って、建物が完成した。そして、内多ハウスマネージャーを筆頭に、看護師15名(毎晩、2名の夜勤体制)、保育士2名、介護福祉士1名、事務長1名を、「もみじの家」の常勤職員とする体制をつくり、0歳から18歳まで、医療依存度が高くても、他の施設では利用を拒否されがちな歩き回れる子でも受け入れている。子どもたちの医療的ケアと生活介助に加え、遊びや学びを提供する日中活動もおこなっており、病児本人と家族が希望すれば、最期まで「もみじの家」で、苦痛症状を緩和しながら過ごすこともできる。
2019年12月までの「もみじの家」の累計利用登録者は684名。延べ利用者は、2,273名。2019年には毎月平均60名が利用しているが、入所希望者は常に80名を超えるため、断らなければならないケースが続いているという。
全国展開をめざして
医療の進歩により、新生児集中治療室で処置を受け、多くの子どもの命が助けられるようになった。その半面、退院後も自宅で人工呼吸器や胃ろうなどを使い、たんの吸引や経管栄養などの医療的ケアが必要な障害児が、日本には2万人近くもいるという。
「もみじの家」のほかにも、難病の子どもための「第二の家」を目指す取り組みは、少しずつ進んでおり、大阪の淀川キリスト教病院ホスピスとTSURUMIこどもホスピス、奈良親子レスパイトハウスなどが開設されている。
しかし、内多ハウスマネージャーは、障害児者のケアや家族のレスパイト(介護からの解放)の観点から、「もみじの家」のような医療機関が運営する短期入所施設を増やしたり、サービスを普及させたりするためには、国の支援が不可欠と語る。
「『もみじの家』と同じような施設をつくりたい方々が、全国各地から視察に来られます。しかし、運営費1億9000万円の約10%に当たる1,900万円が赤字だと言うと、二の足を踏まれてしまいます。どの地域でも、同じスキームでやれるような仕組みをつくることが、今の一番の目標です」という内多さん。
勝負は「障害福祉サービス等報酬」が改定される2021年度に向けての政策提言だという。内多さんは、同じ志を持つ全国の関係者に呼び掛け、検討会議を主催しており、今夏までには要望をとりまとめて厚生労働省に提出する予定だ。
「例えば、入浴回数を増やしたり、保育士さんが子どもと日中さまざまな活動をしたりしても、ご家族からは喜ばれますが、報酬にならず、赤字の原因となっています。義務化するのではなく、良いサービスをやるごとに報酬が増えるようにすれば、インセンティブにもなり、サービスの向上につながると思っています」
さらに、内多さんは、地方自治体にも出向き、運営の補助金支援を依頼している。世田谷区は「もみじの家」に、当初から区民1名の入所当たり1万7000円の補助金を支給している。さらに「お隣の川崎市も、市民が入所する際は、同額の支援をしてくれることになり、感謝しています」という。
なお、「もみじの家」の施設内には、喜谷さんが設立したキッズファム財団も事務所を構えている。この財団では、子どもや家族が安心かつ楽しく暮らせるように、「もみじの家」の施設利用料の一部支援、カメラマンによる家族写真撮影など、利用者への直接支援をおこなっている。
小児ホスピスは、英国「ヘレン・ダグラス・ハウス」が第1号となり、既に英国では40カ所以上、また欧州、北米、オーストラリアなどにも普及している。喜谷さんが、英国から日本に何度も足を運び、開設に貢献した日本版「ヘレン・ダグラス・ハウス」の「もみじの家」。今後、持続的運営の道が切り開かれ、喜谷さんが思い描いていた「もみじの家」のような施設が、全国に広まっていくことを、多くの重い病気を持つ子どもと、その家族は願ってやまないことだろう。
写真撮影=コデラケイ(キッズファム財団提供写真を除く)
もみじの家
国立成育医療研究センターが運営する「医療型短期入所施設」
- <施設概要>鉄筋2階建て(延床面積約1700平方メートル)
- <利用者>医療的ケアが必要な0歳から18歳までの子どもと家族
- <最長滞在可能日数>9泊10日
- <一日最大可能入所数>11名
- <ケア体制>医師・看護師・保育士・介護福祉士・ソーシャルワーカーなど
- 住所:〒157-8535 東京都世田谷区大蔵2-10-1
- 電話:03-5494-7135 平日9:00~17:00
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